2017年ツーリングまとめ

Z4のオドメーターは現在50,221km..2017年のスタートが45,998kmだったので,1年間で約4,200kmしか走らなかったことになります.今年はほんとに乗れなかった.昨年も6,000km程度でしたが,今年はそのレベルをはるかに下回ってしまいました.200km前後は走ったドライブをまとめると以下.

目的地
概算距離
(km)
1月和歌山白崎海岸,明恵遺蹟 250
3月三ツ塚史跡梅林 200
4月兵庫・清住 200
4月常照皇寺・美山 200
4月丹後半島  400
5月白毫寺 200
5月砥峰高原 200
6月熊野三山  500
9月美山    200
10月信州    950
合  計 3300


これではチョイ乗りを繰り返していたも同然です.それでも,なかなか乗れないだけに乗り飽きることはなく,いつまでも結構新鮮な気分とも言えるかな.まあ何とか秋に信州ツアーに出られたのはよかった.冠雪した山々を見ながらのドライブはZ4ではこれまで経験がなかったので,最初の2日間が最高の好天だったこともあってとても楽しめました..来年はもう少し遠出がしたいものです.


クリスマスコンサート2017@カトリック夙川教会

今年もクリスマスはカトリック夙川教会.テレマン室内オーケストラとテレマン室内合唱団の演奏を聴きました.

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これで4年連続ですが,演目は基本的に毎年バッハの「クリスマス・オラトリオ」第1部から第3部がプログラム後半に演奏されるのは同じです.これはこの演奏会が教会におけるクリスマス礼拝の位置づけでもあるからで当然のことです.今年はそれに先だって,いずれもJ.S.バッハの
  管弦楽組曲第3番ニ長調より序曲(第1曲)
  モテット 第1番「主に向かって新しき歌を歌え」
が演奏されました.

第4番まである管弦楽組曲のうち,この3番が選ばれているのは,やはり序曲における金管楽器の扱いを含めて祝祭的な色合いがもっとも濃いためであると思いました.ただ,私がこれまでいろいろな録音で聞いてきた同曲の演奏に比べるとテンポがものすごく速くて,最後まで少し違和感を感じたまま馴染めませんでした.もともとバッハの曲はゆっくり演奏してもらうのが好きなので.

2曲目のモテットも,特に合唱団にとっては難曲だなあという印象が残りました.指揮はテレマン協会代表の延原武春氏ではなく,アルゼンチン出身のパブロ・エスカンデ氏.

今年は,私の側で宗教曲を聴く心と耳の準備ができていないまま教会へ行ってしまったような気がします.少し間を空けてみるのもいいかなと思った演奏会でした.


エルミタージュ美術館展

エルミタージュの収蔵品から,17,18世紀の西洋絵画を中心に公開.兵庫県立美術館.

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入口に,エルミタージュ美術館を創設したエカテリーナ2世の大きな肖像画が架けられ,ここだけは写真撮影が許可されていました.展示は以下の5区画.

1.イタリア:ルネサンスからバロックへ
2.フランドル:バロック的豊穣の時代
3.オランダ:市民絵画の黄金時代
4.スペイン:神と聖人の世紀
5.フランス:古典主義的バロックからロココへ
6.ドイツ・イギリス:美術大国の狭間で

イタリア絵画の部.ルネサンス期には3人の大天才が,それこそ画題から構図から筆致に至るまで完璧というしかない作品を生み出していたわけですが,ここではそれより少し下った時代の作品群.パンフレットの「羽根飾りのある帽子をかぶった若い女性の肖像」では,いまだ深い知性が身についているとは言えない感じの女性が,明らかに男物の軍服のような衣装をまとっていていろいろな想像を喚起します.楽器を弾いている画題もありましたし,人物ばかりではなく風景画も現われています.

フランドル絵画.日本人なら誰でも知っている「フランダースの犬」で,やはり思い出すのはルーベンス.その工房作品を含め,4点が展示されていました.印象に残ったのはその弟子のヴァン・ダイクによる「王妃ヘンリエッタ・マリアの2人の侍女」.ヴァン・ダイクにはヘンリエッタ・マリア自身の華麗な肖像画作品もありますが,二人の侍女の,美女とは言いがたいけれど生活者としての人格が見通せるような表情は見応えがありました.その他ではブリューゲル親子の作品も1点ずつ.変わったところではスネイデルスの2点.「鳥のコンサート」と「果物鉢と切ったメロン」ですが,前者はなんでこんな絵を描きたいのが意図がわからないし,後者のメロンはいかにも不味そうでした.

オランダ絵画の黄金期と言えばちょうどこの時代で,まずはフェルメールやレンブラントの名が浮かびます.エルミタージュにはフェルメールの作品はなく,今回来たのはレンブラントの「運命を悟るハマン」1点.重苦しいテーマで,画面からは危機的状況に直面した3人それぞれの表情が描かれています.その他は私の記憶にはない画家ばかりでしたが.当時強力な海運国家としてその基盤が確立していたオランダ社会で,一般市民の家庭における営みや身近な風景が好んで描かれた様子が見て取れます.アールト・ファン・デル・ネールの「月明かりの川の風景」を見ていたら,ふと「マティスとルオー展」で印象に残ったルオーの「人物のいる風景」を思い出しました.あれもレンブラントの影響が感じられる作品でした.

スペイン絵画のコレクションからは5点のみ.すべて宗教画題でしたが,中でもフランシスコ・デ・スルバランの「聖母マリアの少女時代」はその祈りの姿の純朴さが強く心に残ります.聖母となった後に描かれる姿とは異なり,現代の子供を描いたと言われても納得できるような親しみやすさがありました.

フランス絵画は,宗教画から当時の運河や港湾といった人工物を描いた作品まで幅広く展示されていました.ただし,私にとっては初めて知る画家ばかりだったこともあり,19世紀以降に最も突出した発展を見せたのがフランス絵画であったことを考えると,今回出展された作品には他と比べてそれほど顕著な特徴を見いだせませんでした.

最後は,上記の文化圏に比べてやや遅れをとっていたイギリスとドイツの絵画です.全6点でしたが,何といってもクラーナハの「林檎の木の下の聖母子」が来ていたのはうれしかった.この春のクラーナハ展で接した,ひやりとした表情の女性像がここでも.16世紀初頭の絵画で,今回出展されていた作品群の中でも上掲パンフレット「羽根飾りのある帽子をかぶった若い女性の肖像」と並んでもっとも古い時代に描かれた作品ですが,当時こんな聖母子像はかなり異端的であったのではないでしょうか.

余談ながら,エルミタージュ美術館展は,2001年に新潟県立近代美術館で開催されたときにも見に行きました.この時は原始文化から東洋・西洋の美術に至るまで非常に幅広い時間スケールでの展示品を見ることができました.今回はあれに比べると西洋美術のオールド・マスター展という位置づけであったため,私にとっては全体にやや単調な印象でした.

熊野三山に参詣する -後半

神倉神社は現在では熊野速玉大社の摂社とされていますが,その立地の魅力から今回もっとも行ってみたかった場所でした.速玉大社からはクルマで10分足らずの所にある神倉神社の駐車場へ.ここから,源頼朝の寄進と伝えられる石段を登りますが,これがかなりの急坂で,かつ「階段」と思うには一段分の高さがありすぎます.勾配の緩い「女坂」が設けられていることに,下ってくる時気付きました.

苦労して500段余りを登りきると,やがて大きな岩の蔭に押しつぶされそうになって建てられている小さな社殿が見えてきます.この巨岩-ゴトビキ(ひきがえる)岩-が神倉神社のご神体で,しめ縄が架けられています.周囲は断崖になっていて,新宮市街の向こうの太平洋までが見晴らせました.

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前半で柱状節理に触れたように,紀伊半島には火山こそありませんが,古い時代に活発なマグマの活動があった痕跡がそこここに確認できます.私はこれまたまだ行ったことがないのですが,有名な古座川の一枚岩も火山性の凝灰岩だそうです.紀伊半島南部の地下には鉛直方向投影面積が神奈川県ほどもある超巨大岩隗が埋まっていて,古座川の一枚岩はそれが地表面に露出している部分を見ているだけだというのだから壮大な話です.ゴトビキ岩のみならず,この地域の顕著な巨岩信仰がこのような地理的特徴を背景として醸成されたことは間違いないと思います.

さて,神代の雰囲気を満喫したら下山です.ここは2月の火祭りでも有名ですが,夜の闇の中,大勢の上り子たちが松明を持ってこの石段を駆け下りる様を思いました.次は三山最後の熊野那智大社へ30分ほどの移動です.ご神体の那智の滝.関西人なのに,生まれて初めての参拝です.梅雨前なので,残念ながら滝の水量はちょっと少なめでした.

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滝まで行ってから社殿も見てみようと石段を登り返します.そんなに遠くないだろうと甘く見ていましたが,結構登りました.クルマは那智の滝直近の駐車場から少し下った所に置いてしまっていたのですが,上の神社境内にも駐車場があるので,体力に自信がなかったり歩く時間のない場合はクルマで上がらないとかなり大変なことになりますね.

社殿まで来たら結構疲れてしまっていたのと,人が多すぎたこともあって写真を撮る気をなくしてしまいまいました.この那智山には熊野大社だけでなく,隣接して青岸渡寺が建立されています.神仏混淆の香りが濃厚で,古い時代の空気が漂っています.那智の滝と三重の塔の共存はそれを象徴した景色でしょう.

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もう16:30になっていました.登ってきた石段を下っていると,外国人のカップルにバス停までの道を聞かれたので一緒に下りることになりました.男性は英国から,女性はアルゼンチンから旅行に来ているそうです.熊野古道を歩いてきたようでした.さっきの神倉山の頂上では台湾の若い女の子二人組に会ったし,最近はどこかへ出かける度に,しかも観光地としては大して知られていないような場所でさえ,外国人旅行者に会うことが本当に多くなりました.

下りきって二人と別れ,Z4に乗り込んだら17:00でした.日が長い季節とはいえ,夜走るのは好きではないのでそろそろ帰らないと.一日中晴れていて特に昼間のオープンドライブはかなり暑かったけど,夕刻になるとさすがに過ごしやすくなりました.三山を回ってきてここで橋杭岩を見ると,「火の国熊野」という形容が確かに相応しい思いがしました.

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熊野三山に参詣する -前半

私はこれまで,熊野本宮大社だけは二度参詣したことがあるものの,新宮周辺の二つの社へは那智の滝を含めて一度も行ったことがありませんでした.すべて見てこようというツアーです.とは言っても,これはもう半年も前6月上旬の話.梅雨入り直前,景色も緑が重ったるいばかりで大して写真も撮らなかったこともあって放置していたのを今頃アップしています.

いつものように湾岸線を南下.まずは本宮大社を目指します.距離的にはともかく,時間的には田辺まで行って熊野街道(中辺路)を辿るのが早いはずですが,今回はあえて五条からR168を南下し,十津川村を越えて本宮に至るコースを取りました.これまで走ったことがなかったので.

梅雨入り間近とは思えない快晴でした.近畿道美原JCTから南阪奈道に入り,京阪奈道を経てR24へ.五条まで行ってR168へ左折したら,後はひたすら南下します.山が深いです.神武天皇が東征時に難渋したのも無理ありません.


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出発して4時間近く,ようやく熊野本宮大社着.神武天皇を導いた八咫烏に迎えられ,鳥居をくぐって石段を登ります.言うまでもなく旧社地はかつて熊野川・音無川・岩田川の三川合流地点中洲にある大斎原でしたが,130年ほど前の水害で現在の場所に移されています.

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大しめ縄をかけられた神門をくぐって神殿に入ります.中には多くの神様を祀ってあり,参拝順序も決められているようなのですが,これはいつも適当になります.写真は撮影禁止なので,外からだけ.


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昼ご飯を食べ(たはずだがどこで何を食べたか忘れてしまった),規定順路に従い次は新宮へ.熊野川対岸にくっきりとした柱状節理が見えてきます.これほど大きいものではなくても,この辺りの熊野川沿いでは至る所に確認できるようです.私にとっては,南紀で柱状節理と言えば,やはり楯ヶ崎を思い出さないわけにはいきません.


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楯ヶ


本宮大社からは40分ほどで熊野速玉大社到着.朱塗りの拝殿前には歴代上皇・法皇・女院の熊野御幸記録を記した石碑が建てられていました.ここを新宮と呼ぶのは,熊野速玉大社の主祭神の一とされている熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)が元々祀られていた神倉山上の社殿-神倉神社-を元宮とするからのようです.

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(後半へ続く)
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Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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