スポーツカーのホイールベース/トレッドは本当に黄金比なのか? -その2:データ収集

黄金比周辺には面白い話題が豊富で,「ホイールベース/トレッド比」にひっかかる理由も元はと言えばその点にあるのですが,今回は実際のクルマについてデータを集めてみた結果を示します.

とはいっても,元々「テスト勉強が進まないと全然関係ない本が読みたくなる」みたいなきっかけで始めたことで,網羅的なサーヴェイができるとはハナから考えていません.あとで2次元のマップを作ってみようと思っていたこともあり,データ数が多すぎるとわかりづらくなります.結局思いつくまま50車種程度を集めたところで打ち切りにしました.メーカー/ブランドには大きな偏りがあることは自覚しています.また,各メーカーのHPを参照する際の転記ミスなども十分あり得ると思います.

車体レイアウトという観点からは,ストレッチリムジンとか霊柩車なども載せてみると面白かったかもしれませんが,収拾がつかなくなりそうなのでここでは自家用として現時点で一般に販売されている乗用車に限りました.ただし例外もあり,センチュリーはとうに販売終了していますが後席優先車の代表として頭に浮かんだので入れてしまいましたし,スーパー7が一般的乗用車かと言われると即座に肯定はしかねますが,まあこの辺は学術研究ではないので勘弁してもらうことにして.

そうして集めたデータをメーカー別に並べたのが下表です.トレッドはフロントとリアで異なるクルマも多いので,単純に算術平均をとりました.ホイールベースをW,前後トレッドの平均値をTとしてW/Tの比を計算し,この値を黄金数1.61803398874989...で割った値を「Ratio」として示してあります.

このRatioの値が1ならちょうど黄金比だし,1より大きければホイールベースが長く,1より小さければトレッドが広いクルマということになります.また,クルマのサイズを表す尺度としてホイールベースとトレッドの積W*Tをもう一つのパラメータとして示してあります.四輪で路面をカバーする面積を表しています.土地1坪で約3.3m2であることが良い比較対象になると思います.

Name Brand WheelBase Tread
(F)
Tread
(R)
Tread (Ave.)
W/T Ratio W*T
[mm]  [mm]   [mm] [mm] [-] [-] [m2]
Abarth 595 Abarth 2300 1415 1410 1412.5 1.628 1.006 3.25
4C/Spider Alfa Romeo 2380 1640 1605 1622.5 1.467 0.907 3.86
Giulietta Alfa Romeo 2635 1555 1555 1555 1.695 1.048 4.1
Mito Alfa Romeo 2510 1485 1475 1480 1.696 1.048 3.71
TT Coupe/RS Audi 2505 1565 1545 1555 1.611 0.996 3.9
Z4 35i BMW 2495 1510 1535 1522.5 1.639 1.013 3.8
M4/M3 BMW 2810 1580 1605 1592.5 1.765 1.091 4.47
750Li BMW 3210 1620 1630 1625 1.975 1.221 5.22
750i BMW 3070 1620 1630 1625 1.889 1.167 4.99
540i BMW 2975 1600 1595 1597.5 1.862 1.151 4.75
320i BMW 2810 1530 1570 1550 1.813 1.12 4.36
MINI Cooper BMW 2495 1500 1500 1500 1.663 1.028 3.74
Super 7 480 Caterham 2225 1336 1336 1336 1.665 1.029 2.97
Corvette Conv. Chevrolet 2685 1575 1540 1557.5 1.724 1.065 4.18
Copen Daihatsu 2230 1310 1295 1302.5 1.712 1.058 2.9
California T Ferrari 2670 1630 1605 1617.5 1.651 1.02 4.32
488 Spider Ferrari 2650 1679 1647 1663 1.594 0.985 4.41
Accord LX Honda 2775 1585 1585 1585 1.751 1.082 4.4
Fit Honda 2530 1480 1470 1475 1.715 1.06 3.73
S660 Honda 2285 1300 1275 1287.5 1.775 1.097 2.94
F-Type Jaguar 2622 1597 1649 1623 1.616 0.999 4.26
Aventador LP750-4 Lamborghini 2700 1720 1680 1700 1.588 0.981 4.59
ELISE Sport220 Lotus 2300 1455 1505 1480 1.554 0.96 3.4
Atenza Sedan Mazda 2830 1585 1575 1580 1.791 1.107 4.47
Roadster ND Mazda 2310 1495 1505 1500 1.54 0.952 3.47
P1 McLaren 2670 1658 1604 1631 1.637 1.012 4.35
SLC200 Mercedes 2430 1550 1555 1552.5 1.565 0.967 3.77
SL550 Mercedes 2585 1610 1635 1622.5 1.593 0.985 4.19
GT-R Nissan 2780 1590 1600 1595 1.743 1.077 4.43
Fairlady Z Nissan 2650 1535 1540 1537.5 1.724 1.065 4.07
Fuga Nissan 2900 1575 1570 1572.5 1.844 1.14 4.56
Note Nissan 2600 1480 1475 1477.5 1.76 1.088 3.84
ELGRAND Nissan 3000 1600 1600 1600 1.875 1.159 4.8
Boxter/Cayman Porsche 2475 1515 1530 1522.5 1.626 1.005 3.77
911Carrera Porsche 2450 1540 1520 1530 1.601 0.989 3.75
911 Turbo S Porsche 2450 1540 1590 1565 1.565 0.967 3.83
Macan Porsche 2805 1655 1650 1652.5 1.697 1.049 4.64
Cayenne Porsche 2895 1655 1670 1662.5 1.741 1.076 4.81
Panamera Porsche 2950 1670 1660 1665 1.772 1.095 4.91
MEGANE RS Renault 2640 1590 1545 1567.5 1.684 1.041 4.14
Fortwo Smart 1875 1470 1470 1470 1.276 0.789 2.76
Swift RS Suzuki 2450 1480 1485 1482.5 1.653 1.022 3.63
Prius Toyota 2700 1530 1540 1535 1.759 1.087 4.14
Crown Toyota 2850 1545 1545 1545 1.845 1.14 4.4
Century Toyota 3025 1575 1575 1575 1.921 1.187 4.76
Estima Toyota 2950 1545 1550 1547.5 1.906 1.178 4.57
Voxy Toyota 2850 1500 1480 1490 1.913 1.182 4.25
Harrier Toyota 2660 1570 1570 1570 1.694 1.047 4.18
86/BRZ Toyota/Subaru 2570 1520 1540 1530 1.68 1.038 3.93



これを,W/T比の小さいクルマ順(トレッドがホイールベースに対して広い順)にソートし直したのが下表です.スマートのフォーツ-はやや特殊とすると,アルファロメオ4Cの0.907という値は優れて特徴的です.その次にくるのが,我らが(ユーザーでもないのにすみません)マツダ・ロードスター.ロータス・エリーゼやイタリアン・スーパーカーを抑えてのこの位置は,NDのレイアウトに対する明確な意図を感じます.

もう少し下に行って,黄金比に最も近いレイアウトをもつクルマとしては,今回調べた中ではまずジャガー・Fタイプ,アウディ・TTクーペ/RS,ポルシェ・ボクスター/ケイマンという順です.このあたりまでは基本的に2座のクルマによって占められています.私のZ4 35iも1.013と実はかなり黄金比に近いですね.

ここから表の下へ行くに従って,「走る」から「運ぶ」目的のクルマが増えてくるようです.道路の幅は拡げられないので,人・モノをたくさん運ぼうとするとクルマを前後に長くするしかなく,その要請にしたがってホイールベースも長くなるからでしょう.



Name Brand WheelBase Tread
(F)
Tread
(R)
Tread
(Ave.)
W/T Ratio W*T
[mm] [mm] [mm] [mm] [-] [-] [m2]
Fortwo Smart 1875 1470 1470 1470 1.276 0.789 2.76
4C/Spider Alfa Romeo 2380 1640 1605 1622.5 1.467 0.907 3.86
Roadster ND Mazda 2310 1495 1505 1500 1.54 0.952 3.47
ELISE Sport220 Lotus 2300 1455 1505 1480 1.554 0.96 3.4
SLC200 Mercedes 2430 1550 1555 1552.5 1.565 0.967 3.77
911 Turbo S Porsche 2450 1540 1590 1565 1.565 0.967 3.83
Aventador LP750-4 Lamborghini 2700 1720 1680 1700 1.588 0.981 4.59
488 Spider Ferrari 2650 1679 1647 1663 1.594 0.985 4.41
SL550 Mercedes 2585 1610 1635 1622.5 1.593 0.985 4.19
911Carrera Porsche 2450 1540 1520 1530 1.601 0.989 3.75
TT Coupe/RS Audi 2505 1565 1545 1555 1.611 0.996 3.9
F-Type Jaguar 2622 1597 1649 1623 1.616 0.999 4.26
Boxter/Cayman Porsche 2475 1515 1530 1522.5 1.626 1.005 3.77
Abarth 595 Abarth 2300 1415 1410 1412.5 1.628 1.006 3.25
P1 McLaren 2670 1658 1604 1631 1.637 1.012 4.35
Z4 35i BMW 2495 1510 1535 1522.5 1.639 1.013 3.8
California T Ferrari 2670 1630 1605 1617.5 1.651 1.02 4.32
Swift RS Suzuki 2450 1480 1485 1482.5 1.653 1.022 3.63
MINI Cooper BMW 2495 1500 1500 1500 1.663 1.028 3.74
Super 7 480 Caterham 2225 1336 1336 1336 1.665 1.029 2.97
86/BRZ Toyota/Subaru 2570 1520 1540 1530 1.68 1.038 3.93
MEGANE RS Renault 2640 1590 1545 1567.5 1.684 1.041 4.14
Harrier Toyota 2660 1570 1570 1570 1.694 1.047 4.18
Giulietta Alfa Romeo 2635 1555 1555 1555 1.695 1.048 4.1
Mito Alfa Romeo 2510 1485 1475 1480 1.696 1.048 3.71
Macan Porsche 2805 1655 1650 1652.5 1.697 1.049 4.64
Copen Daihatsu 2230 1310 1295 1302.5 1.712 1.058 2.9
Fit Honda 2530 1480 1470 1475 1.715 1.06 3.73
Corvette Conv. Chevrolet 2685 1575 1540 1557.5 1.724 1.065 4.18
Fairlady Z Nissan 2650 1535 1540 1537.5 1.724 1.065 4.07
Cayenne Porsche 2895 1655 1670 1662.5 1.741 1.076 4.81
GT-R Nissan 2780 1590 1600 1595 1.743 1.077 4.43
Accord LX Honda 2775 1585 1585 1585 1.751 1.082 4.4
Prius Toyota 2700 1530 1540 1535 1.759 1.087 4.14
Note Nissan 2600 1480 1475 1477.5 1.76 1.088 3.84
M4/M3 BMW 2810 1580 1605 1592.5 1.765 1.091 4.47
Panamera Porsche 2950 1670 1660 1665 1.772 1.095 4.91
S660 Honda 2285 1300 1275 1287.5 1.775 1.097 2.94
Atenza Sedan Mazda 2830 1585 1575 1580 1.791 1.107 4.47
320i BMW 2810 1530 1570 1550 1.813 1.12 4.36
Fuga Nissan 2900 1575 1570 1572.5 1.844 1.14 4.56
Crown Toyota 2850 1545 1545 1545 1.845 1.14 4.4
540i BMW 2975 1600 1595 1597.5 1.862 1.151 4.75
ELGRAND Nissan 3000 1600 1600 1600 1.875 1.159 4.8
750i BMW 3070 1620 1630 1625 1.889 1.167 4.99
Estima Toyota 2950 1545 1550 1547.5 1.906 1.178 4.57
Voxy Toyota 2850 1500 1480 1490 1.913 1.182 4.25
Century Toyota 3025 1575 1575 1575 1.921 1.187 4.76
750Li BMW 3210 1620 1630 1625 1.975 1.221 5.22



この表のままだとクルマのサイズとの関係がよく見えてこないので,最初に言ったように2次元のマップを作ることにしました.見やすくするのにちょっと苦労しているので,これは次に回します.
(続く)

スポーツカーのホイールベース/トレッドは本当に黄金比なのか? -その1:まずは黄金比のこと

先日,ヱビスビールの350cc缶6本パックを買ったら「黄金比タンブラー」というオマケがついてきました.ここで黄金比というのは,ビールを注いだときの泡の比率が3:7がベストだということを言っています.こういう企画を作る人たちも当然わかっていて使っているのですが,もちろん「黄金比」あるいは「黄金数」は正しくはそんな数ではありません.

実は8月の盆休み,今年は元々遠出ができる時間もなく,休み明けの仕事の準備をせざるをえない状況でした.暑すぎて何を考える気にもならないでいる日,たまたまポルシェの営業さんが置いていった立派な全車カタログを見ていて,唐突に「スポーツカーのホイールベース/トレッドは黄金比になるように設計されている」という都市伝説(?)を思い出しました.

結論をまず言うと,設計者がそれを“狙って”図面を描いているなどということは決してありません.雑誌やブログなどでそういう記事を見かけても,そんなのは完全な嘘っぱちなので信じないで下さい.ただ今回,私が集めてみたデータを見ると,調べた車種にはかなり偏りがあるにせよ,黄金比を基準に整理するのは結構面白いのではないかと感じました.上のような伝説がささやかれるのもあながち理由のないことではない気がしたので,2~3回に分けてまとめてみようと思います.

黄金比に相当する数学概念としては,紀元前3世紀頃の編纂とされるユークリッドの『原論』第6巻30に外中比として現われるのが最初ではないかと言われています.『原論』中の記述とは異なりますが,説明のため下の図のような横長(x>1)の長方形A を考えます.この短辺で構成した正方形Bと,残りの縦長長方形Cとに分割したとき,Cを90°回転した横長の長方形が,もとの長方形Aと相似となるような縦横比とはどうあるべきでしょうか.

goldenRatio.jpg
相似の条件として簡単な比の計算より二次方程式
20170910.gif

が導かれ,ここから当然二つの解
20170910_1.gif
が得られますが,長辺はこのうち正の方の値となり,
20170910_2.gif
これが黄金数と呼ばれる無理数で,そもそも3:7のような整数比で表わすことはできません.また,負の解の方もちゃんと意味があるのですが,あまりそのことに触れた解説はないのかな? といっても特に難しいことではないので,もしこれをここまで読んで関心を持たれた読者がおられたとすれば,ご自身で考えてみられるのも楽しいと思います.

さて,黄金数の幾何学的解釈の一つが上の外中比ですが,西洋ではその自己完結性からこの比率が絶対化され,視覚的な美観と関連づけられてきました.この比をもつ長方形は黄金長方形と呼ばれて,最も美しいとされました.しかし人間の視覚ほど当てにならないものもなく,「大体これくらいの縦横比が安定感がある」という程度の話とは区別しなければなりません.スポーツカーのホイールベース/トレッド比が黄金比だから優れているなどという迷信も,何となく神秘的な数というところからくるのかもしれませんね.

黄金数は意外に思えるようなところで現われる不思議な数です.たとえば12~3世紀頃のイタリアの数学者Fibonacci(フィボナッチ)が,ウサギの個体数の増殖モデルとして考えたと言われるフィボナッチ数列.
1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144,...
というものですが,各項の値がその一つ前ともう一つ前の項を足し算したものになっています.数式で書くと,
20170910_4.gif
となりますが,隣り合う2項の比を見ていくと,
1,1 → 1
1,2 → 2
2,3 → 1.5
3,5 → 1.6666...
5,8 → 1.6
8,13 → 1.625
13,21 → 1.6153...
21,34 → 1.6190...
34,55 → 1.6176...
55,89 → 1.6181...
89,144 → 1.6179...
となって,大きくなったり小さくなったりしながら徐々に黄金数に近づいていくことがわかっています.フィボナッチの考えたウサギの増殖ルールは次のようなものです.
 1. 1つがいの子ウサギは,1年で親ウサギになる
 2.親ウサギとなった1つがいは,その1年後から毎年1つがいずつ子ウサギを産む
 3.ウサギが死ぬことはない
ウサギの繁殖能力は個体ごとに異なりますし,そもそも不死身のウサギなんているわけないので,こんな無茶な話はありません.しかしこれが生物個体群の増殖パターンの本質をついて実に奥が深いのです.ウサギの頭数が増える比率が一定になるということは,すなわち指数関数だということです.つまり,このモデルでいけば,「時間が十分経った後,ウサギの個体数は黄金数を底とする指数関数に従って増えてゆく」のです.

以上,読み返してみると「やっちまった感ハンパない」とか言うんでしょうかね.結局スポーツカーと何の関係もないことを書いている.タイトルとはかけ離れていて怒られそうですが,次はもう少しちゃんとします.
(続く)



『怖い絵』展

「怖い絵」シリーズで有名なドイツ文学者・中野京子監修による,恐怖をテーマとした絵画展.兵庫県立美術館.

20180819.jpg


展示は肉筆画と版画で,次の6部に分けられていました.

1.神話と聖書4.現実
2.悪魔,地獄,怪物5.崇高の風景
3.異界と幻視6.歴史

1.は古代ギリシャ神話と旧約聖書.ルドンによるオルフェウスの首は怖いと言えば怖いテーマだけど,描写はリアルではなく神話の霞に覆われて想像力を刺激します.オデュッセウスとキルケーやセイレーン.エロティックな美女は古今東西を問わずいつでも怖ろしいもののようで.同じセイレーンでも,20世紀に入って描かれたドレイパーの作品はまるでルネサンス期の画風だし,同時代のモッサのセイレーンは猛禽の足爪を持ち,口からは船乗りを食った血を滴らせています.

2.ではフューズリの『夢魔』やダンテの『神曲』からの題材など.ギュスターヴ・ドレの『神曲』挿絵など見ていると,映画『エイリアン』の最初の方のシーンを思い出しました.キリスト教圏の人々が不気味と感じる造形として,感受性の奥底に沈殿しているイメージなのかもしれません.あとはゲーテの『ファウスト』やオスカー・ワイルドの戯曲によって現代的な意味を強化されたと言っていい『サロメ』など.

3.は何と言ってもムンクの『死と乙女』,『マドンナ』の2点.虚ろな眼をしたマドンナの周囲に精子が描かれているのは知りませんでした.アンソールの作品も3点.この画家については,ちょうど1年前,姫路で見たベルギー近代美術の精華展で初めて知りました.やはりどこかひねくれているというか,権威に対する反骨・反発といった態度が感じられます.ピラネージの描く廃墟のような牢獄や建築物は,エッシャーの無限階段をさらに荒廃させたようで陰鬱です.また,ルドンのリトグラフが3点.この画家の幻想を好んだ故・武満徹が,モノクロのリトグラフに惹かれると語っていたことを思い出しました.

4.では一転して戦争や貧困による惨禍をリアルに.芸術作品と言えるが微妙な気がしますが,写真がまだ発明されていない時代,絵画による現実の告発活動として意味があったのだろうと思います.驚くのはセザンヌ.後に色彩や構図,タッチといった,絵画の基本要素のみに着目して近代絵画の基礎を築く画家の一人となったあのポール・セザンヌが,殺人のシーンを描いています.もちろんまだ自身の画風を確立する以前の作品ですが,こんな闇もあったのだと再認識.また,ムンクの版画がここでも2点展示されていました.

5.は今回私にとって最も“気づき”のあったパートです.絵画を見るのは好きでも,美術史や体系的な美学にはまったく疎い私は,「崇高(Sublime)」という概念が,美術において重要なカテゴリーを構成していることにこれまで気付きませんでした.もっとも崇高という訳は本質の一部しか示しておらず,雄大とか荘厳,荒々しさなども含んだ語のようです.人間にとって危険で,であるからこそ畏怖を感じるような対象.考えてみれば,整って安心できる風景よりも,荒涼としてこちらを寄せ付けないような景観に惹かれて怖いもの見たさで近寄りたくなるようなところは誰しもあるのではないでしょうか.

ここでは,英国王室における権力闘争の沈鬱を象徴的に描いたターナーの『ドルバダーン城』,火山の噴火によって滅亡した『ポンペイ』,ギュスターヴ・モローによる旧約聖書の『ソドム』などが眼を引きますが,もっとも印象的だったのがクリンガーのエッチング『死の島』.この原画はベックリン作で,アドルフ・ヒトラーが好んで別荘に飾ったとのことですが,前衛芸術を退廃と断じてあれほど嫌ったヒトラーが,こんなテーマを好んだのはどうしても受け入れられず不思議でした.ラフマニノフの交響詩『死の島』もまさにこのクラインガーの作品からインスパイアされて作曲されたとのことで,非常に興味深い画題です.

そして「史実」がテーマの6.ここはやはり上のパンプレットにも一部が採用されている,ポール・ソラルーシュ『レディ・ジェーン・グレイの処刑』が圧倒的です.250×300cmの大作.英国王室の政争に巻き込まれ,16歳で女王に即位して9日後に処刑されるという,まさに斬首直前のシーンです.光沢のある白い衣装,それにもまして若々し姿態とつややかな肌.美しい両手が首を置く台を探しています.まだギロチンが発明される前のことで,パンフレットではトリミングされていますが,画面右端には屈強な執行人が巨大な斧を持って待機しています.

陰惨さと無垢な美しさの対比が痛々しい.夏目漱石もロンドン留学中にこの絵を見て感銘を受け,小説『倫敦塔』にジェーン・グレイを登場させています.私は昔見た『1000日のアン』という映画を思い出しました.ジェーン・グレイ処刑のほんの20年ほど前,イングランド王妃であったアン・ブーリンがやはりこのロンドン塔で斬首されています.こちらは処刑時30代後半で,グレイにくらべてアン自身にずっと深い闇があります.

中野京子は,文学者としての立場から感性のみに訴える美術教育は間違っていると考えたことが,『怖い絵』を書いた動機の一つであるとしています.今回見たような絵画は,神話,文学,歴史上のコンテクストを知って初めて理解できる作品ばかりで,鑑賞者は時間・空間をはるかに隔てられていることにより相対化された危機や恐怖をある意味愉しむという側面が強いでしょう.もちろん,そうした文脈を一切排したところで追及される純粋絵画も軽視されるべきではない.そんなことは氏にとっては自明であるということでしょうね.

蛇足ですが,鑑賞に来ていた人の少なくとも7割は若い女性でした.いつにも増して女性比率の高い美術展であった印象です.

甲山大師・神呪寺の蓮

六甲山の東側をクルマで走っていると,時々この寺の名を見かけました.何しろインパクトが強い名前なので以前から気にはなっていました.今夏,境内に蓮池があると聞いて行ってみることに.ただしもう3週間も前の話です.自宅からは遠くありません.

ところで神呪寺は「かんのうじ」と読みます.この「呪」という字にひっかかるわけですが,これは寺のHPから由来を引用させてもらいます.要するに「呪」はマントラを意味するようです.

 「仲哀天皇の御代(時代)、神功皇后が国家平安守護のために、山に如意宝珠・金甲冑・弓箭・宝剣・衣服等を埋めたと伝えられ、このことから甲山と名付けられた」という説が有力だが、他にも「(山の)形が甲に似ているから」という説もある。
 また、当山の寺名の神呪寺は「かんのうじ」と読む。これは、「神の寺」→「かんのじ」→「かんのうじ」となったようだ。神呪は本来「じんしゅ」と読み、「神秘なる呪語」「真言(仏様のお言葉)」という意味であり、「じんしゅじ」の時代もあった。
 ただ、開山当時の名称は「摩尼山・神呪寺(しんじゅじ)」で「感応寺」という別称もあったようだ。山号も後に「武庫山」と変わり、先代・光玄のときに現在の「甲山」となっている。


阪神間,特に六甲山東部ならそのカブトに似た山容がどこからでも見えるので「甲山」は子供でも知っています.たぶんほとんどの人が「形が似ている」からカブト山だと思っていて,上記のような伝承を知る者は少ないのではないかと思います.私も恥ずかしながら今まで知りませんでした.

広い駐車場から階段を数段上がったところに小さな蓮池がありました.カメラをもった人が何人か.私もそのうちの一人です.撮った写真を何枚かメモとして貼っておきます.

さらにそこから階段を数十段上ると,本堂や寺務所のある境内に出ます.この寺のご本尊はとても有名な秘仏らしいですが,詳しいことは私の知識の外です.眺望が良く,西宮市街からその向こうの大阪湾までがよく見渡せました.

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世界報道写真展2017

第60回世界報道写真コンテストの結果を受けて開催されている報道写真展.大阪梅田・ハービスHALL.

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毎年お盆休みの時期に開催されていることが多いこの写真展.興味はあったのですが,比較的開催期間が短いことに加えて,この時期は用があったり旅行に出かけたりしています.そんなわけでこれまで見たことはなかったところ,今年は諸事慌ただしい中遠方へは行けず,そのおかげでというべきか初めて会場へ.

「一般ニュース」,「スポットニュース」,「現代社会の問題」,「日常生活」,「人々」,「自然」,「スポーツ」,「長期取材」という8部門に対して,約5千人のプロカメラマンによる8万点の作品の応募があり,そこから審査を経て選ばれた45人,62点の作品を今回見ることができました.

その中で今回の「大賞」となったのは,アンカラの美術展で註トルコ・ロシア大使が当日非番であったトルコ人警察官に射殺されたシーンを撮影した写真です.あまりにクリアに撮れていて,かえって現実感がないほどです.到底信じがたいことが実際に目前で起こったときには,誰しもこんな感じを持つのかもしれません.

パンフレットの表側に使われているアカウミガメは,放置された漁網に絡まって動けなくなっているところを撮影されました.これも非常に美しい写真でしたが,美しすぎでウミガメに起こっている悲劇がかえって伝わりにくいのではとさえ思えました.

すべてに感銘を受けたわけではなく,たとえば「スポーツ」の部でウサイン・ボルトがゴール間近で首を曲げて笑いながらこちらを見ている図.流し撮りでボルトの表情がしっかり捉えられており,写真として一級なのはわかりますが,私自身が持っている快さの感覚からははるかに遠いです.

やはり報道写真展ということで,世界各地で起こっている社会問題に焦点を当てた作品が多く,見所もそこにあります.ただ,8万点の中からの62点ということで,被写体に偏りがあるのは致し方ないとは思います.イラク,シリアなどでの難民の状況,ウクライナの状況を捉えた作品も選ばれていました.ただ,アジアからはフィリピンの麻薬犯罪取り締まりの状況くらいで,深刻な状況はあちこちにあるにもかかわらず採り上げられていないのは,やはり民主的な報道が欧州に偏っているためだろうと思います.

特に,21世紀になっても国内10億人以上の人権を抑圧し,そうした状況に異を唱えた人々(ノーベル平和賞受賞者含む)を拘束して間接的に処刑しているといっても過言ではないような国家がいまだ存在するにもかかわらず,そうした状況を伝える作品が皆無であったのは残念です.

1956年から続いているというこの報道写真展.今後も報道にかかわる人々の視線が困難な状況に公平に注がれ,かつ受賞作品の選考にも中立性が維持され続けることを願います.

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Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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