桜見ドライブは今年も京都・常照皇寺へ

今年の桜は瞬く間に満開になり,週末の花見を心待ちにしていたら,金曜夜の嵐で満開状態だった花はあらかた散ってしまいました.遅い桜を探して走るしかありません.毎年行っていることもあるし,京都北部の山中の常照皇寺ならまだ大丈夫でしょう.

この時期,短期間だけ「花街道」となる京都府道19号園部平屋線を走ります.出発がちょっと遅くなったので,早い時間だと快走路のこの道もそれなりのペースになってしまいました.「花街道」は私が勝手に呼んでいるだけで,ほかにもいくらでもドライブ中に桜見のできる道はあると思います.ふだんはいたって地味な田舎道ですが,この時期はなかなか美しいです.


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常照皇寺山門前のしだれ桜は今年もよく咲いていました.もっとのびのびとした構図で写真を撮りたいのですが,まわりに結構人工物があり,人も多いので毎年こんな感じになります.参道を上がって勅額門を通ると,勅使門越しに満開の「御車返し」が見えました.


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毎年見ているので毎年同じことを書いているけど,御車返しの花の色は毎回少しずつ異なって見えます.一昨年は緑がかったグレー,昨年はピンク,今年は白っほい感じがします.いつもよりやや渋さが減じて,今年は幾分可憐さを感じます.


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奥にある先代の九重桜は今年も存命ですが,支柱の本数が増えたようです.こうして人々がこの木を支え,すでに数百年に達する樹齢を少しでも長らえてくれるよう努力しておられます.やはりこの桜は私にとって特別な印象があります.ただし,花自体は今年はもうほぼ終わっており,周囲が散った花弁で埋まっていました.

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帰ろうとしたら,受付の人に「仏像は見ましたか」と聞かれました.方丈につながる奥の怡雲(いうん)庵(開山堂)に安置されている仏像もぜひ見ていったらいいと言うのです.もちろん,怡雲庵にはこれまでも何度か入ってみたことがあるのですが,とにかく薄暗くて,何ら予備知識を持たない私はそのまま出てきてしまっていたのでした.

受付の人は,阿弥陀三尊像の
右脇侍勢至菩薩が好きだとおっしゃる.好きだと言われると見に行きたくなるもので,方丈から降りて履いた靴をまた脱いで上がりました.しばらく20℃を超えるような暖かい(暑い)日が続いていましたが,金曜の嵐のあと気温が急に下がり,この日京都市内でも最高気温13℃.この山中ではおそらく10℃を下回っていたのではないでしょうか.

怡雲庵の中はそれよりもさらに寒さを感じ,床から冷気が上がってきました.暗い中,入口左手の三尊像に対面します.しばらくたたずんでいると,暗さに目が慣れてきました.確かに確かに.右の勢至菩薩のやわらかい表情は言われるとおりとても魅力がありました.写真撮影可ということでしたが,他の参拝者もいる中だったので,フラッシュを使わず撮りました.ちょっと暗いけど,実際に対峙したときの印象はこれくらいだと思います.

中尊・阿弥陀如来像.
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左脇侍・観音菩薩像.
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右脇侍・勢至菩薩像.
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帰ってきて調べたら,国の重要文化財に指定されているのだそうです.入場の時に寺でくれるパンフレットには,仏像のことは一言も書かれていません.これまで桜のことしか見てなかったけど,次は遅まきなから怡雲庵のことも少し調べてから行くことにします.

理髪店で聴いたジャズ -「Michel Plays Petrucciani」 Michel Petrucciani

散髪が終わって帰ろうとしたら,これがかかりました.

Michel Plays Petrucciani

思わず,「ここでペトルチアーニがかかるのは初めて聴いた」と言ったら,店主が「前もそれとおんなじこと言いましたよ」って.やれやれ.自分のしゃべったことをすぐ忘れて,同じことを何回も口にするなんて,オレもモーロクしたもんだまったく.しかもこのアルバムをここで聴いたことがあることもひっくるめて全部忘れてるとは...まわりに向かって,「私,日常生活ちゃんと送れてますか?」と聞いて回らないとちょっと不安.

ともあれ,ミシェル・ペトルチアーニについては,過去このブログでかなり書いています.

ナイト・ブルーミング・ジャスミン
ミシェル・ペトルチアーニのこと
ミシェル・ペトルチアーニのこと(続)
情熱のピアニズム

CDも,本人名義でリリースされたものはほとんど持っていると思いますが,このアルバムは中でもがなりよく聴いた一枚です.1988年の作ですが,LPでも発売されたため曲順はSide 1,Side 2 と2面に分けて記載されています.両サイドでメンバーが異なっており,リズムが比較的オーソドックスな曲が配置されたSide 1では,ベースがゲイリー・ピーコック,ドラムスがロイ・ヘインズという痺れる組み合わせ,一方ラテン,ワルツ,ボッサといったリズムに特徴のある曲が並ぶSide 2 では,ベース:エディ・ゴメス,ドラムス:アル・フォスターというこれも配慮の感じられる起用.

Sude 1 の1曲目“She Did It Again”はペトルチアーニらしい疾走感を満喫できます.2曲目“One For Us”ではギターのジョン・アバークロンビーが入ったカルテットになりますが,アバークロンビーの淡さ・物憂さとペトルチアーニの明晰が好対照.3曲目“Sahara ”は美しいバラードです.透徹した耽美性とでもいいましょうか.4曲目“13th”はノータイムで入ってだんだん様式が醸成されていく場面がかっこいい.5曲目“Mr. K.J.”は本アルバムの中では比較的シンプルでドライな感じのブルースです.

Sode 2.1曲目の“One Night At Ken And Jessica'”は陽気なラテン音楽です.Side 1に見られたような耽美性とこの楽天性が同居しているのがペトルチアーニの音楽の大きな特徴だと思います.2曲目“It's A Dance”は,タイトルから明らかなワルツ.ここでもまたアバークロンビーが入って繊細なエモーションが注入されます.4曲目のバラード“La Champagne”ではペトルチアーニのピアノとベースのエディ・ゴメスの対話に耳を澄ませたいところです.そして最後の“Brazilian Suite”.遠い記憶を呼び起こすようなボサノヴァ.かすかな哀感が余韻として残ります.

全9曲すべてペトルチアーニのオリジナル曲で構成されていて,ただの1曲も緩みがありません.久しぶりに通して聴きましたが,今聴いても名盤ですね.

三田・方広寺でモクレンを見てサクラの能勢周遊

東京ほどではないようですが,阪神間でも今年のサクラは開いたと思ったらもう満開.一気に上がった気温のためです.春は来て欲しいけど,もう少しゆっくり来て欲しい.

そういう気分でいたら,三田市の山中にある禅宗の古刹・方広寺でハクモクレンが満開との知らせ.ちょっと季節を遡るつもりで田舎道をドライブ.参道の前にある駐車場に着くと,先客のクルマが数台駐まっていました.外からもモクレンの白い花がたくさん見えています.門前の老婦人に入山料を支払って中へ.

生け垣で囲われた参道の右側にハクモクレンの木が少なくとも数十本は植えられていて,それがただ今満開.香りも漂っています.景色の淡い色合いが,まだ本格的な春には早いと思わせてくれます.

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方広寺は,17世紀中葉にこの地域を統治していた麻田藩藩主青木重兼によって創建された黄檗宗の寺です.明治期には荒廃していたようですが,その後地域の人々の努力もあって今の復興が成ったようです.これは本堂の由緒書でも読めますが,私は参拝し,庭をみせてもらって外へ出るときに門脇におられた地元の女性に話を聞きました.こうしたガイドは,ボランティアによって支えられているようです.

明治期の廃仏毀釈思想によって仏教寺院の経営は深刻な痛手を受けたわけですが,地域の人々の心のよりどころとして復興の段階で参拝者を集めるためにも,他寺院との差別化を図る必要がありました.近代になって庭園を整備したり季節ごとの樹木を植えたりするのも,多くはこうした寺院経営の戦略に基づくものであるようです.いや話が逸れました.そんな下世話な勘考とは関係なく春はやって来て,ハクモクレンが咲き乱れています.

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京都の龍安寺石庭に似た庭があります.今の時期に龍安寺に行くと,庭の向かいの壁越しに枝垂れ桜が見えていることでしょう.方広寺石庭の向こうには,山の斜面に紅梅が花をつけているのが見えて野趣を感じさせます.鐘楼の向こうには黄色いサンシュユ.本堂の前にはさらにシデコブシやツバキ,枝垂れ桜など.裏へ回るとトサミズキが盛りでした.まるで春の野山を散歩しているような.

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天気も良かったので,方広寺のあとさらにドライブ.北上してR372へ出て東へ.R173は今現在土砂崩れで通行止めが続いているので,R477までのんびり走って南下.途中,「日本一の里山」を標榜する黒川の桜の森が見えました.ここは何十回と通っているけど,このような光景を見たのは初めてです.夕刻迫る里山へ下り,記録のためにいつもの場所で写真を撮りました.


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Z4法定一年点検とエンジン出力低下警告

Z4を定期点検に出しました.これで8年乗ったことになります.消耗品関係は以下.すべてディーラー任せで総額8.2万円.

○エンジンオイル,フィルター交換
○エアコンマイクロフィルター交換
○エアコンエレメント交換
○ブレーキオイル交換

走行距離:50,755km
  Fブレーキパッド残量:L 12mm,R 12mm
  Rブレーキパッド残量:L 9mm,R 9mm
  Fタイヤ残量:L 6.5mm,R 6.5mm
  Rタイヤ残量:L 6.0mm,R 6.0mm

去年の車検から1年ちょっとで走行4000km余り.タイヤもブレーキパッドもまだ大丈夫です.

なお,点検に出す前日,淡路島へ行くために阪神高速に乗る直前,信号待ちをしていたらメーターパネルに「エンジン出力低下」というメッセージが出ました.発進時,特に異常はなかったのでそのまま高速に乗り,料金所を出たところでZ4を脇に停め,エンジンを再起動したらメッセージは消えました.そのまま1日走りましたが,終日異常は感じませんでした.

その時のログが点検時に見つかったのですが,点検の見積書を見ると「高圧ポンプ交換」で費用約18万円(!)とあります.1回だけの警告で随分用意がいいなと思ってサービスさんに詳しく聞いてみると,35iのエンジンN54Bでは他の車種に搭載されているものの含め,結構起こる故障だと白状しました.

今回は1度警告が出ただけでその後不調は感じなかったから様子見になりました.しかし気になったので家に帰ってから調べてみると,N54Bエンジンの直噴高圧ポンプ故障は“持病”のようなもので,かなり頻発しているようです.米国ではリコールになっているそうで,BMWジャパンでは一応理由を挙げていますが,やはりこれを日本で放置しているのは許せないですね.しばらくはビクビクしながら走ることになりそうです.

クリスチャン・レオッタ シューベルト・プロジェクト -リサイタルⅢ

クリスチャン・レオッタのシューベルト・プロジェクト.前週に続き,リサイタルⅢを聴くことができました.京都府立府民ホール“アルティ”.

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3月18日(日),プロジェクト第3回の曲目は以下.

ピアノ・ソナタ第4番イ短調 D 537
ピアノ・ソナタ第13番イ長調 D 664

休憩

ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D960

前半1曲目.第4番イ短調はシューベルトがまだ二十歳の時の作.ひきしまって厳しい感じの第1楽章第1主題ですが,リズミックなのでそれほどの深刻さは感じません.展開部は情感に満ちています.続く第2楽章の主題は,のちに第20番ピアノソナタの終楽章(第4楽章)に転用されることになります.それをわかった上で聴くと,ここでは確かに愛らしいメロディではあるものの,独り言のような語り口のスケールは小さく,これが11年後,平明さを残しつつもあれほどに感動的な20番の終楽章へと発展するのかと感慨深いものがあります.第3楽章もまたきまじめな感じの問いかけから始まりますが,すぐにそれは肯定的な気分に覆い隠されます.こういうところはやはり若さのいたすところでしょうか.

2曲目の第13番.第20番と同じ調が与えられています.シューベルト21歳の作.この作曲家のピアノソナタの中では明るさがあり,人気曲の一つでしょう.私もとても好きです.第1楽章は愛らしく優雅で,所々に現われる気分の翳りも,若者特有の憧れにともなうもので深刻さに結びつくことはありません.第2楽章は優しい旋律と繊細きわまりない和声進行.こういう音楽を聴くときは本当に全身が耳になる感じです.第3楽章は再び軽快で優美,モーツァルト的な愉悦感に満ちています.

休憩後は遺作の第21番です.昨年末に今峰由香のシューベルト・リサイタルで聴いてから間がありませんが,また聴きたいと思っていると聴けるものですね.

今峰の演奏ではちょっと気になったメゾスタッカートの解釈も,レオッタの演奏では私の抱いているこの曲のイメージに沿ったものでした.全体に穏健な表現というか,たとえば有名な低音のトリルでは,内田光子の演奏ほどには不気味な異界感に襲われることはない反面,この曲を聴くといつも思う第4楽章の不連続な明るさが抑制されていたように感じました.前にも触れたこの曲の第1楽章後半は,緊迫感を通り越して目前に迫る危機に対する畏れがより強く聴き取れました.

以上3曲ともすばらしい演奏で,聴衆の何人かによるスタンディングオベーションも自然なことと思えました.アンコールは第13番の第2楽章を再び.

リサイタル後,会場ロビーでレオッタ自身と聴衆との交流会がありました.司会者から,ベートーヴェン弾きとして有名なレオッタに,シューベルトはどう違うのか質問がありました.レオッタの回答は,ベートーヴェンのピアノソナタは,ピアノをまさに楽器のピアノとしてポリフォニックに鳴らすように作曲されているが,シューベルトはどこをとっても「歌」だということでした.

そう言えば,前週の第1回を聴いた後,会場から出て行くときに,レオッタの演奏を聴いた二人の女性が,「ベートーヴェンはいいけどシューベルトはなあ.やっぱりシューベルトは歌曲の人やろ」と話しているのが聞こえました.そのとおり確かにシューベルトは歌の人ですが,歌詞のある歌曲でなければ歌が聞こえないというのはちょっと違うだdろうということでしょう.演奏直後の音楽家のフォーマルな発言を聞けるなどめったにないことで,嬉しい体験となりました.

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Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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