熊谷守一展

明治から昭和にかけて97年の生涯を絵画系術に捧げた熊谷守一(1880-1977)の絵画と書.香雪美術館.

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パンフレットの『猫』は85歳の時の作品.たった5色の平面的な塗りと塗り残しの輪郭線だけで構成されていて,一見さらさらと描かれたように見える画です.しかし,スケッチブックにはもとになった2匹の猫のスケッチが多数残されていて,この線と面にたどり着くまでに長い検討の時間があったことがわかります.

暗い色調の自画像『蝋燭』や筆あとが生々しく残る『向日葵』,あるいは『ハルシャ菊と百合』など,若い頃の作品は筆遣いが大胆で,時に荒々しいと言えるほどです.困窮で自分の子どもを3人も亡くしながら,描きたいものしか描かないという姿勢を貫いた頑なさが,作品にも表われているようです.

しかしそうした筆致は年齢を重ねるにつれて影を潜め,50代で描いた『長良川』はとても穏やかな情景ですし,同じ頃墨の単色で描かれた『蒲公英(たんぽぽ)に蝦蟇(がま)』のガマは無表情だけれどどこか剽軽な味わいがあります.また『高原の秋』は筆致こそやや荒さを残していますが,ひんやりとした空気に包まれた晩秋の雰囲気が静謐です.『鯰』は制作年不詳とされていますが,50から60代にかけての作品ではないかという気がしました.やはりこの香雪美術館で見た中川一政の『鯰』を思い出さないわけにはいきませんでした.

そして70代で熊谷芸術はほぼ完成をみるようです.74歳の『ハルシャ菊』.冒頭の『猫』ほどには単純化されませんが,それでもディテールは省かれ,平坦な面で構成される画面には渋い味わいがあります.地面のカタツムリにもどこかほっとさせられます.池の『石亀』ののどかさ,ほとんど抽象と言ってもいい『白梅』の潔よさ.

こうした簡潔さに至るまでには,しかし人知れぬ苦闘があったに違いありません.観察に観察を重ねた末に,対象が相対化されてはじめて個別の猫はカッコ付きの「猫」となる.冒頭の『猫』のスケッチもそうですが,代表作の一つとされる『ヤキバノカエリ』にも構成を繰り返し検討したスケッチが残っています.自分の子どもの骨箱を持って帰る道すがらの様子を描いたもので,これほどの悲嘆はこうした相対化を通してしか描けなかったのではないだろうかとも思いました.

困難な人生であったろうと思いますが,晩年,同世代の友人が「もう真っ平だ」と言うのを聞いて,「いや俺は何度でも生きるよ」と言ったそうです.飄逸に見える作風の向こうに,芸術の力への信奉が垣間見えます.

「拝啓ルノワール先生 -梅原龍三郎が出会った西洋美術」展

ルノワールを師と仰いで親交の深かった梅原龍三郎の作品展.あべのハルカス美術館.

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昨年4月に京都でルノワール展を見て,楽しかったのだけど,さすがにほとんどずべてが女性像というのに少し食傷したのもまた事実でした.それで今回はちょっと迷ました.でも本展は梅原龍三郎との関係を解き明かすことが目的で,梅原の作品やルノワール以外の作品も出展されているということもあって,結局見に行くことにしたのでした.

展示は6つの区画に分けられています.
1.ルノワールとの出会い
2.梅原龍三郎 掌の小品
3.私蔵品から公的コレクションへ
4.交友と共鳴 梅原と時代,梅原の時代
5.ルノワールの死
6.ルノワールの遺産

梅原は1908年に渡仏してルノワールと会っていますが,1.では渡仏直後の時代の作品が多く集められています.「画をなすものは手ではない,眼である.観察すべし」.しかし必ずしもルノワールだけを追求したというわけではなく,『自画像』はフォービズム風.

2.では梅原自身が収集したルノワールの作品が中心に展示されていました.続く3.ではルノワールだけでなく,ドガやピカソも.私はルオーの『エバイ(びっくりした男)』と『聖書の風景』に惹かれます.いずれも晩年の作品で,若い頃の作品に見られた絶望的な苦しみの描出から解放され,穏やかな画風に行き着いたことがわかります.また,紀元前2000年頃のキュクラテス彫刻『ヴァイオリン型の女性偶像』は,モディリアニの作品かと思うような近代性を感じさせて見る者を驚かせます.

4.では,ルノワール以外にパリ時代に梅原と交友関係があったり影響を受けたと考えられる画家たちの作品です.マティス,ブラック,セザンヌ.そして再びピカソとルオー.ピサロとモネの印象主義絵画も含まれています.梅原は大津絵にも深い関心を持っていたようで,作者不詳の2点が展示されていました.

5.では何と言ってもルノワールの『パリスの審判』と,ほぼ同じ構図で描かれた梅原による同名作品が注目です.梅原の“模写”であると伝えられていますが,太い輪郭線や豪放なタッチ,素朴で活き活きした表情など,まったく異なった世界が描出されていて興味が尽きません.

最後の6.では,梅原晩年の作品を中心に,ルノワール自身やその作品との関連が示唆されます.本展では,ルノワールからの影響の大きさを知るというより,薫陶を受けたルノワールへの,梅原からの返答を見たような思いがしました.


ハナヤ勘兵衛写真展+小磯良平記念室,金山平三記念室

大阪生まれで芦屋を中心に活動した写真家の作品展.兵庫県立美術館の小企画「県美プレミアム展」として開催されています.この期間だけ開室される二つの記念室とともに.

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いかにも関西という芸名(?)を持つ写真家・ハナヤ勘兵衛1903年1月12日 - 1991年5月15日).本名は桑田和雄.まさに日本の芸術写真の新興期に活動したと言えるのではないでしょうか.土門拳より6歳年長ですが,ほぼ同世代.知名度はまったく比べものになりません.私自身は,この名前の字面はどこかで見た気がする・・・程度です.

順に見ていくと・・・表現のスタイルは多様ですが,多重露光や長時間露光の作品が目立ちます.この時代には写真表現の可能性を追求するためにこうした手法を多用したのだろうと思いますが,現代の目で見るとややあざとさを感じてしまいます.関西っぽいとは言えるjかもしれません.

一方で,市井の人々の表情にケレン味のない表現で迫った作品や,神戸周辺の街や港の風景の記録は,抑制的だからこそ当時の風俗をよく伝えていて好ましいと思えました.

兵庫県立美術館では,県美プレミアム展期間中だけ小磯良平記念室と金山平三記念館が開室されます.今回初めて入ることができました.

小磯良平の作品が年代順に並べられ,その中には有名な『斉唱』や『T嬢の像』もありました.『T嬢の像』の隣には『スペインの女性』.どちらも小磯20代の作品です.こうしてみると,これまで一見端正に見えていた『T嬢』も,その姿勢や表情に意外に奔放なものを感じ,必然的に和装の下の身体を意識することになります.『スペインの女性』の方はそれがもっとあからさまです.若者の視線を感じますね.同じ女性を描いても,38歳の時の『斉唱』にはずっと厳しさが-もちろん時代の空気も同時に-感じられます.

金山平三も神戸生まれですが,雪の描写が多く,かつ上手いのは不思議ですね.印象派的な明るい色使いで,セザンヌの影響が強い気がするのだけど,得意な画題が冬景色というところに独自性を感じます.一瞬ヴラマンクを思いましたが,もちろん金山はずっと穏やかです.

神戸ゆかりの芸術家の作品に触れた一日でした.

「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展

イタリア・アカデミア美術館所蔵作品展.国立国際美術館.クリスマスイブに『JACO』はあまり似つかわしくなかったかもしれませんが,こちらの古典絵画展はキリスト教絵画が多数展示され,別に意図したわけではありませんでしたが見に行った12月25日にはふさわしかったかもしれません.

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とはいえ,今回採り上げられているのは15世紀ごろのイタリア絵画で,ボッティチェリやレオナルド,ミケランジェロ,ラファエロくらいは私の頭にもすぐに浮かびますが,彼ら以外となるとほぼ無知と言えます.その意味では,先入観なく観ることはできました.構成は次のようでした.

Ⅰ.ルネサンスの黎明-15世紀の画家たち
Ⅱ.黄金時代の幕開け-ティツィアーノとその周辺
Ⅲ.三人の巨匠たち-ティントレット,ヴェネローゼ,バッサーノ
Ⅳ.ヴェネツィアの肖像画
Ⅴ.ルネサンスの終焉-巨匠たちの後継者

Ⅰ~Ⅲでの画題としては新約聖書の世界から受胎告知,聖母子,ヨハネやヒエロニムスといった聖人が多く,また旧約でもノアの箱舟やカインとアベルなどよく知られたテーマのものがありました.

印象に残った作品をいくつか挙げると,まずヴィットーレ・カルパッチョの『聖母マリアのエリザベト訪問』.本来はそれぞれキリストとヨハネを身ごもっている二人の女性像が象徴するものを観るべきなのでしょうが,私は背景に様々な人種の人々が描かれているのをみて,現在で言うパレスチナ周辺地域の当時の様子が伝わってくる方が興味深かったです.

アンドレア・プレヴィターリの『キリストの降誕』.通常このテーマでは天使ガブリエルとマリア,ヨゼフだけに焦点が当てられることが多いですが,この作品では彼らは右下隅に比較的小さく描かれ,画面の広いスペースを占めるのは彼らが暮らす家やその周囲の農村風景です.質素な生活の中の素朴な信仰が垣間見えるようで好感が持てました.

ボニファーチョ・ヴェネローゼの『父なる神のサン・マルコ広場への顕現』.サン・マルコは福音書記者の一人である聖マルコのことです.7世紀にその遺骸が(あるんですね)エジプトからヴェネツィアへ移されたことで,ヴェネツィアの守護聖人となったとのこと.受胎告知の祭日である3月25日は,ヴェネツィアの建国記念日でもあるらしい.この作品は,作品自体にはどうという感想を持たなかったけれど,関連でそうした豆知識みたいなことは習得しました.

パリス・ボルドーネの『眠るヴィーナスとキューピッド』.こうしたテーマは当時,宗教画というより,結婚や出産祈願のために夫婦の寝室に飾られるために注文で描かれることも多かったようです.

Ⅳの肖像画パートでは,多くが高級官僚の正装図でしたが,中にはカリアーニの『男の肖像』のように,視線をはずして自由なポーズをとっているものもありました.

Ⅰ~Ⅲのパートで受胎告知や嬰児虐殺などキリスト生誕にかかわるテーマが目立ったのに対して,最後のⅤ.後期ルネサンスパートでは,磔刑にまつわる死と復活の画題が多かったようです.時代がそれを求めたのか,たまたま今回の展示でそうなったのかはわかりません.

私にとっては,楽しめるというまでの展覧会ではなかったですが,キリスト教聖書に表される物語を復習することはできたようです.

中川一政展

没後25年を経た画家中川一政の展覧会.香雪美術館.見に行ってからだいぶ時間が経ってしまいましたが,忘れてしまうにはあまりに惜しいのでメモを残しておきます.

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香雪美術館は,朝日新聞社を創業した村山龍平の収集品を公開する目的で開設されました.阪急神戸線御影駅近くの住宅街にある小さな美術館ですが,木々に囲まれて落ち着いた雰囲気があります.本ブログには初登場だと思うので,もう6~7年は行っていなかったことになりますね.

さて,中川一政作品.絵は独学です.誰にも似ていないと言えると思います.処女作は1917年,深江にある酒蔵を描いた『酒蔵』.暗い色調で描かれた(おそらく)歴史ある建物がもつ独立自尊の風格は,まだ若かったこの画家の気概が仮託されたものなのでしょう.この作品が岸田劉生に認められ,画家として世に出ることになったとのことです.

「丁度良いときにゴッホとセザンヌを知った」という言葉を残しているように,『春の川』や『カーニュ(フランス)』などそれぞれの作風を採り入れた作品も今回見ることができました.しかしそれらが直截的に以反映された作品をどれだけ残したのかは,1950年代以降の作品が中心に集められた今回の画展ではわかりませんでした.

全作品中,圧倒的な存在感を示していたのは1973年に発表された箱根の『駒ヶ岳』.私などは箱根駒ヶ岳と言われても,「展望台から富士山を眺める山」という印象しかないのですが,この作品はとにかく画面構成とか色彩とか言う前に全体の力感・生命感に胸打たれます.画家の精神のみならず,肉体が息づかいをともなってそこに在るようです.

花瓶に生けられた椿やバラを描いた作品も多数ありました.特徴的なのは花瓶として用いられている壺で,人物像や天使などが絵付けされたマジョリカ陶器など,生けられている花々と同じかそれ以上に強い存在感をもって描かれています.最晩年になってもこの様式は一貫していますが,背景の群青が次第に濃くなり,主題をますます強烈に浮き上がらせています.

晩年にはそこへ飄逸が加わります.たとえば扇面に描かれた『鯰』には「我は山を動かす」と賛があって,これなど意図した軽みとも見えますが,あまりに力一杯なのがかえって可笑しみを誘うといった風でもあります.中川の書も異彩を放っており,門外漢の私には元祖ヘタウマみたいに見えますが,97歳になって『正念場』と書いてサマになる人も稀でしょうね.これが亡くなる2年前です.

自分の創り出したものが“生きていること”に一生を賭けた芸術家.どの作品も力強い生命感の塊でした.

プロフィール

choby

Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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