「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展

イタリア・アカデミア美術館所蔵作品展.国立国際美術館.クリスマスイブに『JACO』はあまり似つかわしくなかったかもしれませんが,こちらの古典絵画展はキリスト教絵画が多数展示され,別に意図したわけではありませんでしたが見に行った12月25日にはふさわしかったかもしれません.

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とはいえ,今回採り上げられているのは15世紀ごろのイタリア絵画で,ボッティチェリやレオナルド,ミケランジェロ,ラファエロくらいは私の頭にもすぐに浮かびますが,彼ら以外となるとほぼ無知と言えます.その意味では,先入観なく観ることはできました.構成は次のようでした.

Ⅰ.ルネサンスの黎明-15世紀の画家たち
Ⅱ.黄金時代の幕開け-ティツィアーノとその周辺
Ⅲ.三人の巨匠たち-ティントレット,ヴェネローゼ,バッサーノ
Ⅳ.ヴェネツィアの肖像画
Ⅴ.ルネサンスの終焉-巨匠たちの後継者

Ⅰ~Ⅲでの画題としては新約聖書の世界から受胎告知,聖母子,ヨハネやヒエロニムスといった聖人が多く,また旧約でもノアの箱舟やカインとアベルなどよく知られたテーマのものがありました.

印象に残った作品をいくつか挙げると,まずヴィットーレ・カルパッチョの『聖母マリアのエリザベト訪問』.本来はそれぞれキリストとヨハネを身ごもっている二人の女性像が象徴するものを観るべきなのでしょうが,私は背景に様々な人種の人々が描かれているのをみて,現在で言うパレスチナ周辺地域の当時の様子が伝わってくる方が興味深かったです.

アンドレア・プレヴィターリの『キリストの降誕』.通常このテーマでは天使ガブリエルとマリア,ヨゼフだけに焦点が当てられることが多いですが,この作品では彼らは右下隅に比較的小さく描かれ,画面の広いスペースを占めるのは彼らが暮らす家やその周囲の農村風景です.質素な生活の中の素朴な信仰が垣間見えるようで好感が持てました.

ボニファーチョ・ヴェネローゼの『父なる神のサン・マルコ広場への顕現』.サン・マルコは福音書記者の一人である聖マルコのことです.7世紀にその遺骸が(あるんですね)エジプトからヴェネツィアへ移されたことで,ヴェネツィアの守護聖人となったとのこと.受胎告知の祭日である3月25日は,ヴェネツィアの建国記念日でもあるらしい.この作品は,作品自体にはどうという感想を持たなかったけれど,関連でそうした豆知識みたいなことは習得しました.

パリス・ボルドーネの『眠るヴィーナスとキューピッド』.こうしたテーマは当時,宗教画というより,結婚や出産祈願のために夫婦の寝室に飾られるために注文で描かれることも多かったようです.

Ⅳの肖像画パートでは,多くが高級官僚の正装図でしたが,中にはカリアーニの『男の肖像』のように,視線をはずして自由なポーズをとっているものもありました.

Ⅰ~Ⅲのパートで受胎告知や嬰児虐殺などキリスト生誕にかかわるテーマが目立ったのに対して,最後のⅤ.後期ルネサンスパートでは,磔刑にまつわる死と復活の画題が多かったようです.時代がそれを求めたのか,たまたま今回の展示でそうなったのかはわかりません.

私にとっては,楽しめるというまでの展覧会ではなかったですが,キリスト教聖書に表される物語を復習することはできたようです.

中川一政展

没後25年を経た画家中川一政の展覧会.香雪美術館.見に行ってからだいぶ時間が経ってしまいましたが,忘れてしまうにはあまりに惜しいのでメモを残しておきます.

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香雪美術館は,朝日新聞社を創業した村山龍平の収集品を公開する目的で開設されました.阪急神戸線御影駅近くの住宅街にある小さな美術館ですが,木々に囲まれて落ち着いた雰囲気があります.本ブログには初登場だと思うので,もう6~7年は行っていなかったことになりますね.

さて,中川一政作品.絵は独学です.誰にも似ていないと言えると思います.処女作は1917年,深江にある酒蔵を描いた『酒蔵』.暗い色調で描かれた(おそらく)歴史ある建物がもつ独立自尊の風格は,まだ若かったこの画家の気概が仮託されたものなのでしょう.この作品が岸田劉生に認められ,画家として世に出ることになったとのことです.

「丁度良いときにゴッホとセザンヌを知った」という言葉を残しているように,『春の川』や『カーニュ(フランス)』などそれぞれの作風を採り入れた作品も今回見ることができました.しかしそれらが直截的に以反映された作品をどれだけ残したのかは,1950年代以降の作品が中心に集められた今回の画展ではわかりませんでした.

全作品中,圧倒的な存在感を示していたのは1973年に発表された箱根の『駒ヶ岳』.私などは箱根駒ヶ岳と言われても,「展望台から富士山を眺める山」という印象しかないのですが,この作品はとにかく画面構成とか色彩とか言う前に全体の力感・生命感に胸打たれます.画家の精神のみならず,肉体が息づかいをともなってそこに在るようです.

花瓶に生けられた椿やバラを描いた作品も多数ありました.特徴的なのは花瓶として用いられている壺で,人物像や天使などが絵付けされたマジョリカ陶器など,生けられている花々と同じかそれ以上に強い存在感をもって描かれています.最晩年になってもこの様式は一貫していますが,背景の群青が次第に濃くなり,主題をますます強烈に浮き上がらせています.

晩年にはそこへ飄逸が加わります.たとえば扇面に描かれた『鯰』には「我は山を動かす」と賛があって,これなど意図した軽みとも見えますが,あまりに力一杯なのがかえって可笑しみを誘うといった風でもあります.中川の書も異彩を放っており,門外漢の私には元祖ヘタウマみたいに見えますが,97歳になって『正念場』と書いてサマになる人も稀でしょうね.これが亡くなる2年前です.

自分の創り出したものが“生きていること”に一生を賭けた芸術家.どの作品も力強い生命感の塊でした.

近現代絵画サロン@逸翁美術館

阪急電鉄や宝塚歌劇団の創業者である小林一三.逸翁美術館は当初小林の旧邸である雅俗山荘を改装して設立され,小規模ですがなかなか趣のある美術館でした.数年前に少し離れた場所に新しく近代的な美術館として新築され,今回和洋の近代絵画が展示されるというので初めて行ってみました.なお旧邸は現在,小林一三記念館として再公開されています.

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作品は20世紀中期のものがほとんどで,抽象的なものはなく,どれもわかりやすいものばかりでした.見た順に印象的な作品をメモすると,日本人画家ではまず白瀧幾之助『スイス風景(ルツェルン湖)』や中澤弘光『港内』.黒田清輝の外光表現の影響を強く受けています.熊谷守一『黄蝶と松虫草』は,明確な輪郭線で物の形の表現を極限まで追求して唯一無二.面はまったくの平塗りで描かれています.

長谷川潔は4点.エッチングの『野薊』と『若木』,メゾチントの『メキシコの鳩,静物画』と『オパリンの花瓶に挿した種子草』.ひやりとした幻想に惹かれます.荻須高徳の『パリーの街』や『時計塔』にはユトリロの影響が見て取れますが,筆痕はより多く残しているようです.三岸節子の花の作品,特に『花(ヴェロンにて)』では大胆な構図に細かく描き込まれた黄色の花群は魅力あります.

千本裕三の『街頭風景(パリ)』は,妻によれば佐伯祐三の作風にそっくり.そう言われればそうかもしれません.有元利夫の油彩とリトグラフ計3点があったのは嬉しかった.日本コロムビアから出ている,クイケン四重奏団のハイドンやモーツァルト作品のCDジャケットではしばしば目にしているのですが,原画は初めて見ました.

外国作品では,ますルオーの道化師2点.いつも同じことを書いている気がしますが,ルオーが生涯にわたって描き続けたテーマの一つである道化師については,その表情に浮かぶ苦悩の度合いによって,それを描いた年代が推定できるに思っています.今回見た2点は比較的後年の作品.

花瓶に生けられた花を描いた作品を多く見ましたが,その中でヴラマンクの『花』の陰影が際立っています.原色の花弁と影の濃さの対比に,暗い情念のほとばしりを感じます.黒コンテだけで描かれたピカソの『闘牛』の鮮やかさ,アイズビリのフォークアート的な『静物』の暖かい抽象性も印象的でした.

松方コレクション展

川崎造船初代社長で,神戸に縁の深い収集家である松方幸次郎の美術コレクション展.神戸市立博物館.

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松方が1916年から1927年にかけての数回の渡欧で収集し日本に運んだ1300作品ほどと,購入したものの関税の問題でフランスに留め置かれた370作品ほどのうち,101点が展示されています.またこれ以外にも,フランスに流出していたものを松方が一括購入した浮世絵などもありました.会場の構成は以下.

1.旧松方コレクションの古典絵画・西洋家具
2.旧松方コレクションの近代絵画・彫刻 ―19~20世紀
3.松方コレクション形成時代のフランス絵画の名品
4.旧松方コレクションの浮世絵

作品点数でいえば,2.の近代絵画が会場の多くを占めていました.古典絵画では私が知っている画家の作品はありませんでしたが,ヤン・ファン・ホイエン1651年作の『オランダ風景』では,反射的にフェルメールの『デルフト眺望』を思い出しました.また,ゴッドフリー・ネラーの肖像画『カサリン』には,描かれた女性の高い品格がとても印象に残りました.

近代絵画の部はコローからスタート.何点かあったドービニーはたぶん初めて見る画家ですが,これらもちょっとコロー似です.少し他と肌合いが異なる作品として,モローが羊飼いの姿をしたジョットを描いた水彩画がありました.ジョットという画家は実を言うとこれまであまり意識して見たことがないのですが,一度きちんと押さえておかなければと思っています.

印象派や印象派風の作品も数多く展示されていました.ゴーギャンの『水飼い場』も粗いタッチが用いられていましたが,その中で牛(だったかな)はフラットな面で描かれています.生気を感じさせたい対象を際立たせるための工夫だと思います.また,とても小さな作品ですが個人的にはマリー・カザンの2点,特に『月光』が印象的でした.月の光の中でわずかに識別できる木々や家屋の色があたたかい.

ピカソの『読書する婦人』はこのコレクションの目玉の一つかもしれません.新古典主義時代の作品で,鼻や手足の指ががっしりと描かれた女性像が,まるで彫像のようです.この作品は松方が購入したにもかかわらず,重要作品と考えたフランス政府が国外に出すことを許可せず,結局現在はポンピドゥー・センターの所蔵になっっています.

同様の経緯で同じくポンピドゥー・センターに所蔵されているのが,シャイム・スーティンの『つるされた鶏』.羽根をむしられて吊されたまま放置され,腐臭を放っている鶏を描いた作品です.幼少期に目撃した体験から描かれた作品で,それを聞けば陰惨な気もしますが,絵画として見る限り美しいと言えなくもない.画家は痛々しい体験をこうした作品を描くことで乗り越えられたのでしょうか.

初めての画家の作品にも数多く出会うことができ,京都でのダリ展のハシゴの後遺症も癒えたようです.松方が収集を行っていた当時のフランスでは「マツカタは甘く通俗的な作品を数多く収集した」と陰口をきかれたこともあったらしい.確かに保守的作品が多いとは言えるかもしれませんし,まあ2000点も選べば,中には感心しない作品も入っていたかもしれません.でも,仮に私が無制限にお金を使っていいから100年後に立派な美術展を開ける作品を収集しなさいと言われたら? そんなことを考えながら博物館をあとにしました.


「ダリ版画展」と「アートと考古学展」@京都文化博物館

ダリの版画展が開かれている京都文化博物館までは,京都市美術館から2kmほど.季節のいい時ならまったく躊躇なく歩いていく距離ですが,残暑の京都ではちょっとつらい.大鳥居の下でタクシーを拾って楽をしました.

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展示の最初はダンテ『神曲』の挿絵集.高校時代にハードバックの立派な平川祐弘訳『神曲』を買って読み始めたものの,早々にギブアップした経歴があります.したがって挿絵のシーンも,一部は何となく知っている程度のことで,「絵柄」を見ていくしかないところが残念です.

死後の世界の話で,各場面ともダリにかかると陰惨と滑稽がないまぜになった表現が多く,また油彩画でしばしば登場するダリ的モチーフも所々で現われます.ダリ絵画の特徴であるくっきりと明確なコントラストはここにはなく,水彩原画の柔らかさが印象に残ります.

マゾッホの『毛皮を着たヴィーナス』16点はどれもエロチックでとてもいい.ダリ作品には宗教的テーマが多いのだけれど,個人的にはやはりこういうテーマがしっくりとはまる気がします.『イスラエルの12部族』は予想に反して静かな表現.同じテーマはシャガールのリトグラフにもありますが,原色がちりばめられたシャガールに対して,ダリの淡さが印象的でした.

最後に,どことなくいい加減な『日本民話』を見て会場を出ました.京都市美術館のダリ展と併せて300点以上の作品に触れたことになり,さすがに疲れました.今回は開催期間ぎりぎりになってしまったので1日に2カ所をハシゴしましたが,やはり基本的にこんなことはすべきでないですね.たくさん見たのに,どうも全体の印象が薄くなってしまった感じ.

それなのに,ダリ版画展の会場を出たところで,下の展示会に吸い込まれるように入ってしまいました.遺跡から発掘される器の断片など古物の修復に,芸術の観点を導入しようといった試みがあったり,整理を待つ発掘物の山を見たり.主宰者には申し訳なかったですが,こちらの眼の処理能力がもう限界に達していました.全体をさっと見て,そのまま帰宅しました.

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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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