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シューベルト最後のピアノソナタを聴く -今峰由香リサイタル 前半(第20番)

シューベルトが死を目前にして作曲し,自身では聴くことのなかった最後のピアノソナタである第20番 イ長調 D959と第21番 変ロ長調 D960.この2曲が続けて演奏されました.演奏は,ミュンヘン国立音楽大学教授の今峰由香.聴きに行ってからもう1ヶ月が経ってしまいましたが,メモを残しておきます.ザ・フェニックスホール.

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この2曲を同じプログラムの中に入れるのは,演奏者もそうだと思うのですが,聴き手の側もかなり堪えました.もちろん肯定的な意味です.この演奏会のことを知ったとき,このようなプログラムを組む演奏家もいるのだと驚いたと同時に,大きな期待を持ちました.何しろ私はこの2年近く,シューベルトのピアノソナタにはまり込んでいるといっても過言ではないので.

さて前半の20番.一聴して明確なタッチ,これまで他のピアニストの録音で聴いて抱いてきたこの曲のイメージと少し違いました.楽譜ではメゾスタッカートが多用されていて,私は他の人の演奏でこのことをあまり意識しませんでしたが,今峰の演奏ではスタッカートに近い印象でした.このピアニストのシューベルト演奏におけるアーティキュレーションの特徴として,まずこの点が顕著だと思います.

シューベルトが死を目前に意識して書いた3曲のピアノソナタの1曲で,状況としては絶望的です.しかしその一方で,私の敬愛するピアニスト伊藤恵の言葉を借りれば,シューベルト晩年(といっても30代)の音楽からは「ボクはもう行くけど,みんなはこれからも幸せにね」というメッセージが聞こえてくると.今峰の演奏からは,そうして気丈に振舞うシューベルトの姿が浮かんでくるようでした.

とはいえ,全体としてダイナミックレンジの広い演奏で,ベートーヴェンの音楽を彷彿とさせる部分が強調されているようにも聞こえました.第1楽章の最終盤で奇妙なアルペッジョが現われたあとの重たい第2楽章も,淡い幻とともに,まだ生きている人間の苦闘が交互に現われます.第3楽章もシューベルトらしく,短いスケルツォながら行きつ戻りつを繰り返します.楽しそうでいて実は淋しい.

第4楽章は感動的な主題で始まります.しかしここでもまた,祝福と昂揚した気分のうちにいると思う間もなく,それはふとしたきっかけで落胆に覆われてしまう.最後にはシューベルトは何か言いかけながら逡巡を繰り返します.主題のモチーフが途中で途切れてしまい,歌いながら「いやそうじゃないんだ,上手く言えないけどこうかな」と迷っているようにも聞こえます.そして様々な思いを振り切るようなエンディング.

それにしてもこの第4楽章は本当に素晴らしく胸打たれます.ちょっと聴きには一体どこへ行くのかわからんという印象で(特に繰り返し部分を全部演奏した場合には)退屈に感じる人も多いようです.しかし何度も何度も聴いていると,これがシューベルトの音楽の絶対的な魅力に変わってきて,これでなくてはと感じるようになります.今回の今峰のリサイタルでは,繰り返し部分を一切カットせず演奏が行われました.
(続く)

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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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