『マティスとルオー』展

作風はまったく異なるものの,ギュスターヴ・モローの門下生として50年にわたり深い友情で結ばれた2人の画家の作品展.あべのハルカス美術館.

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2人が学んだパリ国立美術学校で彼らを指導したギュスターヴ・モローは,後にルオーがマチエールを重視した宗教的な作品を描き,マティスは極端な構成の単純化に基づく色彩の画家になることを予言していたと言われます.この手の話は往々にして後づけであることも多いとは思いますが,2人の作風を手短に表現するならまさにそういうことになるでしょう.展示の構成は以下のようになっていました.

1.国立美術学校からサロン・ドートンヌへ
2.パリ・ニース・ニューヨーク
3.出版人テリアードと占領期
4.『ジャズ』と《聖顔》

どちらかというとルオーの作品が主体ですが,同時代の2人の作品が並行して展示され,その間に2人が交わした書簡が提示されていきます.彼らの生きた時代は2度の世界大戦を経験しており,そうした困難の中にあった画家たちの状況が忍ばれます.

作品としては,特にルオーの初期作品に感銘を受けました.26歳で描いた『人物のいる風景』はレンブラントの影響が明らかな木炭画ですが,暗い画面の中月光に照らされた水面に小さく浮かび上がる人物のシルエットが犯しがたく神聖です.ルオーは後年,宗教画家という呼ばれ方をするようになりますが,私自身はあまりそうした呼称がルオー絵画の本質を捉えたものとは思っていません.しかしこの『人物のいる風景』-まだ完全には自己の表現を確立するには至っていない若き日の作品-を見ると,キリスト教絵画の範疇を超えた汎宗教的な祈りのようなものを感じます.

また,初期作品の中では,24歳頃の『女性裸体習作』も美しいです.写実性が強く,私には一見ルオーとはわかりませんが,それでもこの作品の魅力は何かと言えば,それは第一に女性の肌の質感であって,後年のルオーを予感させる点かもしれません.

同じくルオーの『ミゼレーレ』や『道化師』,『マドレーヌ』などは2014年のルオー展で見ています.いつもルオーを見るとサーカスの人々の表情に目が行きがちだったのですが,今回は上で挙げた『人物のいる風景』以外にも,『青い背景の花束』とか『聖ジャンヌダルク-古い町外れ』など,特に宗教性を帯びたテーマではない作品の中に一種の崇高さを見出すことができるように思えたのは一つの発見でした.

一方のマティス.ルオーと並べると淡泊さが目立ちますが,それでもたとえば『窓辺の女』では開け放たれた窓の向こうに明るい海が見えており,この作品が第1次世界大戦後の1920年に描かれたこと,および戦争中の1916年に描かれた有名な『窓』では外光がカーテンの隙間からしか射し込んでいなかったことを考え合わせると,この画家の作品がルオーとは違って時代の空気をより強く呼吸していたのではないかと感じられます.

また,マティスは“色彩の画家”と呼ばれて,たとえば今回も展示があった切り絵の『ジャズ』などでその評価が確立しましたが,『ロンサール 愛の詞華集』などの挿絵(リトグラフ)に見られる線描の美しさには認識を新たにしました.芸術家の個性にも様々な側面があり,ルオーとマティスという異質に見える2人の画家の交流が継続したのも,別に不思議なことではないのであって,そもそも異質という見方がそもそも偏っているように思えました.

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