白崎海岸の水仙と有田の明恵上人史跡

肩はまだ痛いし,左腕は相変わらず外向きへの力が入らない状態が続いているけれど,やっと好天が予想される土曜日に休めそう.久しぶりにドライブをしようという気になりましたが,この時期だとやはり南へ行くしかない.

あまり遠出をするのもちょっと怖いので,昨年と同じく和歌山の白崎海岸に水仙を見に行くことにしました.朝8時に出発し,阪神高速湾岸線を南下.阪和自動車動に入ってしばらくすると路面が濡れてきましたが,空はまずまずの晴れ.広川ICを出ていつものようにR42で由良へ.北側の海岸線を走った方が距離的には近いのですが,なにしろ道が狭い.時間的にはR42で水越峠(水越トンネル)を超えた方が早い気がします.

数日前の積雪が道路端に残る峠を越え,海沿いに出て白巌と碧海の風景の中を走ります.白崎海洋公園入り口前を過ぎて少し登ると,白崎海岸県立自然公園の看板のある広場へ到着.Z4から降りて海岸へ下る斜面を見てみると,水仙は去年よりずっとよく咲いているようです.今年は海岸近くまで歩いて下りてみました.

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去年はまったくダメだった青少年の家キャンプ場の“野生”水仙群生地にも行ってみました.ここも去年よりずっときれいです.野生とは言ってもちゃんとキャンプ場の人が整備してくれているので,今年はその成果が現われたようです.

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ここにしばらくいたあと,趣をかえて明恵上人の生誕史跡へ行ってみることにします.昨年の1月,施無畏寺から白上山の草庵跡に登ってみたのでした.

明恵上人の遺蹟を訪ねる(前編)
明恵上人の遺蹟を訪ねる(後編)

生誕地は当時有田の吉原村といった場所にあり,現在では歓喜寺という地名になっているようです.その歓喜寺の前にZ4を駐め,まずは生誕史跡へ行ってみました.真新しい石碑が建てられていて,奥の大樹の蔭に古い卒塔婆が残されています.近くには白い石を敷きつめた胎衣(えな)塚もあり,供えられてからそれほど時間が経っていないと思われる生花が色鮮やかです.

これらはきっと地元の人たちが守ってきたのだと思いますが,800年も前の戦乱の世に生きて高名を得つつも,時の権力とは一切関わりを持たなかった清廉なお坊さんが,今に至るまでこうして大切にされているのに感銘を受けます.

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最後に,歓喜寺の境内に入ってみました.明恵の弟子である喜海が再興したとされる寺です.正面に見えているのは下品堂.たぶん「げぼんどう」と読むのだと思います.この右手に急な石段があり,登り切った所に上品堂があります.立木で眺望はありませんが,周囲を少し歩いてみると,木々の隙間から有田川やその肥沃な流域を見ることができました.

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