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映画 『JACO』

ジャコ・パストリアス35年の生涯(1951-1987)を辿ったドキュメンタリー.夜景を見ようとする若いカップル達で展望台への長蛇の列ができていたクリスマスイブのスカイビル・シネ・リーブル梅田.

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ウェザー・リポートの「ヘヴィー・ウェザー」を聴き,それまで絶対に聴いたことのなかったエレキ・ベースの音色とフレーズに,決して誇張ではなく腰を抜かして「ブラック・マーケット」も聴いてみたのが1978年頃.アルバムリリース年から少しだけ遅れてはいますが,ちょうど私がジャズを聴き始めた頃と重なっていて,ジャコが実際に活動した時期をほぼ同時代に体験したと言うことはできると思います.

多くの人は,ジャコ・パストリアスを「肖像」かウェザー・リポートで初体験したはずですが,このドキュメンタリーを見ると,それ以前無名時代のことや,さらに遡ってフロリダにおける幼年時代のことも多くの映像でよくわかります.とにかくベースを弾くことさえできればどんなバンドでも演奏していて,R&Bやカントリーのバンドにいたことさえあるというのだから驚きます.ジャンルを選ぶことはなかったようですね.

何と言っても誰もが知りたがるフレットレス・エレキベースの改造譚.しかしその経緯はちょっと意外でした.ジャコ・フリークからは,何だおまえそんなことも知らなかったのかと言われるのでしょうが,最初は苦労して手に入れたアップライトのベース(ウッド・ベース)を使っていたのだそうです.しかし温度や湿度をきちんと管理した保管が難しく,あるとき湿気で“爆発”してしまったのだと.買い直す経済的余裕はなく,思案のあげくエレキベースのフレットを引き抜いたのだと.

やがて見出されてニューヨークに出た後jは共演者も選び放題で,小さな確執の後ウェザーリポートのメンバーとなります.ジョー・ザヴィヌルとの間では演奏中の“闘争”がしばしばあったようですが,われわれの前にある作品を聴く限り,それは良質な創造を促進することに大いに寄与したはずです.私自身は100%ジャコのセンスが横溢するオリジナル曲も好きですが,他人の曲で示す,作曲者の意図を超えたはずの鮮やかな即興的フィルインが実はもっとも特筆すべきジャコの美点ではなかったかと感じています.本人はそう感じていなかったかもしれないけれど,結果的に生み出されたものは過度な対立や緊張ではなく,むしろ曲想に力強く寄り添うものになっているからです.ジョー・ザヴィヌルもジョニ・ミッチェルも,きっと音楽的愛情を感じたに違いありません.

インタビューには様々な人物が登場しますが,私個人的には以前にも書いたように,ジョニ・ミッチェルとの共演にまつわるジャコ自身の言葉や,ジョニの回想が印象に残ります.まず,あの有名なライブについて,ジャコ自身は「自分の演奏をしただけだ」とそっけいないコメントをしています.以前のエントリで触れたDVDに収録されている映像も一部使用されていましたが,この前日のリハーサルに遅刻したりしてジョニとの関係は少しぎくしゃくしたものがあったようで,こうした発言の背景になっていたのかもしれません.もちろん,本番での出来は神がかっています.

大手レコード会社ワーナーとの契約まではよかったものの,自分の音楽と売れ筋を意識する会社側との間に摩擦が起きていました.この頃からジャコの精神状態は下降し,ドラッグに走ります.綱渡りだったワード・オブ・マウスが解散し,双極性障害(躁うつ病)で入退院を繰り返した後のジャコにはもう仕事がなくなり,公園で路上生活をするまでになりました.

かつてブルーノートを率いたアルフレッド・ライオンのようなプロデューサーがいれば状況が変わっていたかもしれないと思う反面,複雑化した音楽ビジネスと,ビバップ時代とはジャズ・ミュージシャンの意識も大きく変化していたことを考え合わせると,有効な救済の手立てがあったのかどうか.

最晩年のジャコについてのジョニの回想が痛々しい.大体こんな話だったと思います.「あるとき街を歩いていると,小さなライブハウスの看板にジャコ・パストリアスの名前を見たの.驚いて中へ入っていると,本当にあのジャコだった.私も舞台に上がって一緒に演奏したけど,ジャコは音をハスしまくってひどい出来.それに,私が弾いているキーボードの上にマイクのコードを置いて邪魔するような子供じみたいたずらがしつこくて,病的な感じがしたわ.それからそのライブハウスを出たけど,あれがジャコを見た最後だった」

1987年9月,泥酔状態でライブハウスに入ろうとして警備員と乱闘になり,殴り倒されて頭部を強打したジャコは植物状態となり,そのまま亡くなりました.1970年代中葉以降の先端的ポップ・ミュージックを見渡したとき,この人の影響を多少とも受けていないものというのはほとんど考えにくい.インタビューでは革命者としてチャーリー・パーカーになぞらえる人が多かったように思います.

そのパーカ-は34歳で亡くなり,ジョン・コルトレーンは40歳没.哀しいかなジャコも革命家の天寿なのかとその凄惨な最期のことを考えました.しかし実は私の胸の中を支配していたのはとても暖かい印象で,あれはまさに光芒と呼ぶほかない彼の音楽が本質的に持っている幸福感に由来するものに違いないと思います.

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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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