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二つの『北海道の旅』 -更科源蔵(1904-1985) と串田孫一(1912-2005) 前編

世の中には,自分で旅行するくらいなら著名文筆家の書いた旅行記や紀行文を読む方がはるかにマシだ,という旅行嫌いもいるようです.その主張も理解できなくはないですが,私自身は無論そうは思わず,その場へ行って自分の目で見て実体験することを善しとする派ではあります.

今年の夏は3年ぶりに北海道へ行きたいと思っていて,とりあえず地図がないと始まらないのでツーリングマップル2018を買ったりしてみています.どこへ行って何を見るのか,本屋へ行けば北海道旅行に関するガイドブックの類いはたくさん見つかりますし,ネット上には現代における無数の「北海道紀行」が画像や動画とともにアップされています.あえて『北海道の旅』というストレートなタイトルを持つ書籍を探すと,次の2点が見つかります.


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北海道の旅 (更科源蔵)
書籍

北海道の旅 (串田孫一)
書籍


更科源蔵の方は1979年の出版ですが,原本となったのは1959年出版の同名の書.北海道弟子屈の開拓農家の生まれ.短い東京暮らしのあと郷里に戻り,その後はずっと北海道で暮らしました.詩人でありアイヌ文化の研究家.著者自身はあとがきで本書のことを『私の北海道見聞記』だと言っています.

更科が実際に「見聞」したのは今から70~80年ほど前の北海道で,当然ながら現在の北海道を旅行するためのガイドブックとして直接的な役には立ちません.しかしここには今や失われてしまった北海道の姿が貴重な記録として残されており,まだ人の手の入らない原野や道なき海岸線を,若き日の著者が孤独に辿った旅の印象などは実に瑞々しく若々しい息吹きに満ちています.

アイヌの人たちとの交流の深かった著者は,地名の由来や伝説にも詳しくて楽しめます.ある程度年齢を重ねて自分を確立した後に道内各地を訪れた時には,その土地の歴史と現状に対して共感しつつ暖かい視線を送っているので,読んで気分が良くなります.特に郷里弟子屈を含む道東地域の記述には精彩と迫力があり,全巻でも私の好きな部分です.たとえば「濃霧の十勝海岸」では,著者35歳くらいのときの旅が記されています.その冒頭部分.

「『何処まで行っても,灰色の霧とにぶい波のうねりの音だけだった.いくら歩いて行っても,前にも後にも人影がないばかりか,一日中歩いて私の出あった生物は,沼に眠っている三羽の鴨だけだった』.戦争中,十勝海岸を歩いたときの私の日記の一節である.かつて誰かが住んでいたらしい,風雨にさらされた骨のような柱のたっているのが,かえって物の怪がさまよっているようですらあった.」

私は2011年の北海道ツアーで,小雨模様の空の下昆布刈石海岸の段丘下にうち捨てられた木製の廃船を見たとき,まさにこの一節を思い出しました.「阿寒横断道路」の項ではこんな記述があります.

「国道二三一号線(ブログ管理者注:241号線の誤りと思われる)が開鑿されたのは,阿寒国立公園が決定されてからであり,この山肌をめぐり谷をわたる難工事のために,時の土木現業所長はその生命を縮めたといわれている.・・・屈斜路湖の西岸に注ぐ尾札部川に沿って,昔は熊の通路であったらしい細路があった.昭和のはじめにここを越えたときも,通って間もない大きな熊の足跡にたまった水のにごりが,まだおさまらないのがあった.・・・この山道を私は二度ほど歩いたことがある.熊の気配に何度か,胸を突き刺されるように痛みを感じたことがあったが,ここを通って,北海道の原始林の本当の内部をのぞいたことが,それからの私に大きな影響を与えたように思う.」

あの大森林地帯を貫通する現在の快走路の印象と,当時はあまり人のいなかった東大雪の山々などで私自身も感じたことのあるヒグマの気配の記憶が交錯して感慨深いものがあります.著者のいう「細路」は通ったことがなくても,これを読んだことのある人はR241を走るときにきっと,この道路の下に重層的な歴史が埋まっていることを思い出すでしょう.

一方で北海道開拓史の暗部についても触れられていますし,開拓農民の人たちの苦悩への視点は,やはり北海道に生まれて暮らした人ならではのものがあって,私のような内地出の者には言われてみないとわからないということも多く出てきます.たとえば,「八雲の濃霧」では

「この辺は日本農業の可能な季候地帯であるはずなのに,太平洋で発生する濃霧が正面から襲ってくるので,道東の釧路・根室の根釧原野や,道北の天北原野と同じように,稲作が不安定なために,どうしても乳牛の乳房にたよるしかないからである.旅人はサイロの風景を牧歌的などと見るかもしれないが,これには開拓農民のうめきがつまっているともいえよう.」

とあります.またその天北原野西岸のサロベツからみた利尻岳はこんなふうに書かれています.

「晴れていれば秀麗な利尻岳が,落日の彼方に魏然としているのが何かいらだたしい.この日本唯一の満州的風土は,将来どう変貌するだろう.この風と花だけの風土は.」

私はこの本が新潮文庫として出版されたときすぐに買いましたが,当時は学生になりたてで読書力が弱く,ガイドブックのつもりで読み始めたら息の長い文章にちょっと苦労した記憶があります.しかし今では愛読書の一つです.ネットの書評では「文章が拙劣」などと書いている人もいますが,長い文章が悪いわけではありません.現在は絶版になっていて古本でしか手に入りませんが,私は北海道に関してこれほど愛情と見識のある著作をほかに知りません.再発が望まれます.
(続く)


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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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