デトロイト美術館展 ―続き

さて,デトロイト美術館の膨大なコレクションから今回来日したのは52点.一般的な美術展の標準からすると点数がやや少ないようですが,何しろ傑作揃いです.全体は4部に分かれていました.

1.印象派
2.ポスト印象派
3.20世紀のドイツ絵画
4.20世紀のフランス絵画

まずはもっとも印象派らしいピサロの『小道』.印象主義後期の作品ですね.かなり細かい点描で,色合いは暖かいのだけれど,全体としては静的な雰囲気があります.ドガの作品は5点もありました.ドガと言えばやはり踊り子で,彼女らは今回見た『楽屋の踊り子たち』でもドガがモチーフとしてよく使った姿勢をとっています.この時代の「踊り子」は,言うまでもなく今の時代における身体表現芸術家としてのバレエ・ダンサーではありません.くすんだトーンの中に,そうした境遇の若い娘達の生活感のようなものが感じられます.

印象派ではさらに,モネの『グラジオラス』がありました.同じようなことをここに何度も書いていますが,とにかく急いで描いているので塗り跡も生々しく,こうしたところが印象派初期には批判の的になりました.今の目で見ると,それだからこそ光の中に事物のリアリティが描出されていることに何の疑いもありません.ルノワールも3点ありましたが,春先に京都で見たルノワール展で豊満女性群に窒息しそうになった後遺症か,今回は『白い服の道化師』に惹かれました.

ポスト印象派ではまずセザンヌの4点.中でも『サント=ヴィクトワール山』が目を惹きます.この山はセザンヌが何度も採り上げた画題ですが,ここでは白い岩峰が輪郭線をもってはっきりと描かれるものの,手前の木々の枝葉はぼんやりと岩峰を縁取っています.全体に粗い描写で,主題のサント=ヴィクトワール山も含めてディテールはあいまいにされています.晩年のモネは視力の低下により対象の境界がきわめてぼんやりとした作品群を残しましたし,印象派に先だって登場したターナーも,ほとんど形態が読み取れず,色彩実験のような絵画を描きました.ここまでくるとほとんど抽象絵画ですが,セザンヌの本作品は対象を大つかみして本質を露わにする見通しのよさを感じます.

ゴッホは2点.パンフレットに示されている『自画像』と『オワーズ川の岸辺,オーヴェールにて』.『オワーズ川』の方は1890年,まさに自死の直前に描かれた作品です.印象派画家がしばしば採り上げたリゾート地の風景を題材としつつも,タッチはあの『麦畑』に通じるものがあります.明るい光の向こう側に突如現れる底知れぬ暗い深淵.恐ろしい絵だと思います.

20世紀のドイツ絵画セクションでは,いきなりカンディンスキーの表現主義絵画に迎えられます.デトロイト美術館では,20世紀当時の先端絵画も精力的にコレクションしていたことがわかります.キルヒナーの『月下の冬景色』は,一応風景画の体裁を取っているのだけど,オレンジ色の夜空や,赤い針葉樹林,寒々と青い雪山がどこか不安定な心理を想像させます.今回見たものの中では,ココシュカの『エルベ川,ドレスデン近郊』が好きかな.とは言え,この風景も20年後には連合軍による歴史的な大空襲によって壊滅したかもしれないと思うと胸が痛みました.

そして最後のセクションである20世紀フランス絵画.ここは本当にいつまでも見ていたい作品で一杯でした.まずマティス.『窓』では,エキゾチックな家具とテーブルの上の忘れな草.そこへ窓から射込む明るい光線が当たっています.事物の形態はやや単純化されていて,そこがとてもモダンな印象.フォービズムを通過した後の作品で,穏やかさが見る人の心に染み通ります.ルオーが道化師を描いた絵画には苦しげな作品が多いですが,今回見た『道化』は30代半ばの作品としては比較的対象と距離感を感じるものでした.

モディリアーニは3点.いずれも肖像画で,『男の肖像』,『女の肖像』,『帽子を被った若い男性』です.塗りつぶされたアーモンド形の目によって,それそれは個性を保ちつつも普遍性を獲得しています.私は淋しく曖昧な表情をした『女』が好きですが,妻は『若い男性』がいいそうです.

そして何と言ってもピカソ.6点が来日していました.その中には,ドラ・マールを描いた『読書する女性』のようにキュビズムの手法が明らかに適用された作品もありますが,何と言っても衝撃的なのが『アルルカンの頭部』です.初期の古典的な作品ですが,よくよく見ると顔の左右で表情が異なっていて,そのことがこの道化役者の素顔に怖ろしいほどのリアリティをもたらしていることがわかってきます.結局の所,キュビズムのように異なった視点から見た形態を同時に描き込むという手法も,ピカソにとっては対象の持つ重層的な性質を描ききってしまうための手段の一つにすぎず,そうした意思はそもそもの最初から明確であったのだということが心底理解できました.

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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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