「1945年±5年 激動と復興の時代 時代を生きぬいた作品」展

戦前戦後11年間の日本美術界の活動を追った異色の展覧会.兵庫県立美術館.

20160619.jpg


日中戦争から太平洋戦争を経て敗戦,そして占領統治された11年間.芸術至上主義が到底許されなかった時代に,日本国内の画家たちの表現がどのように変遷したかを,70人の作家による200点に及ぶ作品群を通してマクロに捉えようとしています.全体の構成は以下.

Iモダンと豊かさの終焉VII銃後と総力戦
II植民地,「満州国」,占領地VIII自然と廃墟
III軍隊と戦争IX労働,世相,女性
IV南方X前衛の復興
V大きな物語とミクロコスモスXI戦争回顧
VI戦地から内地へ


昨年秋,小栗康平監督が藤田嗣治の戦前・戦中時代を描いた作品を見たことはすでに書いたとおりです.乳白色の肌で成功を得たフランスでのフジタと,帰朝後美術界の要職に就いて戦争画製作の要請に抗えなかった藤田.こうしたことが多くの芸術家のもとで起こりましたが,状況の受け入れ方にはそれぞれの画家によって様々な違いが見られます.

戦意昂揚画を描くために戦地へ渡らされたものの,あくまでも「記録」としての絵画制作に重きを置いた者,あるいは当時の世相を描きつつも,そこにひっそりと厭戦の気分を紛れ込ませている者などなど.あきれるほど無批判に上意下達の通念や銃後の守りを描いた作品も展示されていて,絵画芸術として見ればまったく無価値なそれらのものも,こうして並べてみると資料的価値が十分に感じられます.

戦中戦争画の中でもとりわけ印象的なのが,小早川秋聲の『國之楯』です.寄せ書きされた日の丸の旗を顔に被せられた兵士のなきがらを描いています.背景は黒く塗りつぶされ,胸の前に両手を組んで横たわる兵士の顔の位置にちょうど日の丸の赤が乗っていることで,悲劇性が強調されています.

小早川は,自身も将官待遇の兵士として従軍し,積極的に戦争画を描いた画家です.この作品ももとは陸軍の依頼で描かれ,『軍神』という名で死を美化する演出をされていたようですが,それでも当時の陸軍はあまりの直截的な表現に結局受け取りを拒否したのだそうです.その後小早川は手元に残ったこの作品を戦後にかけて手直しし,より追悼的な色彩を帯びた現在の状態へと改修したとのことです.この一作のみを見ても,一人の画家が時代の激動に応じてどのように表現を変遷させたかが読み取れます.

それを無責任な変節と呼ぶべきなのか? 重苦しい時代における芸術家の息づかいに耳を傾け,かなりしんどいことながら,たまには「オマエだったら?」と我身に問うてみるのも大事なことなのかもしれません.

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

choby

Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
FC2カウンター