名残の桜を探して -京北の名木を訪ねる

今年の桜はさすがにもう見納めです.先週末,まだ花のある桜ならということで,再び京北の常照皇寺へ.R477を北上して京都府道19号から78号へといういつものルート.一週間前,沿道は盛りの桜で一杯でしたが,この日はもう花が散り残った枝に若葉がつき始めていました.寺に着き,まず目に入るベニシダレ.おそらく今が盛りだと思いますが,昨年と較べるとかなり花が少ない気がしました.

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参道を登り,勅使門越しに“御車返し”を確認します.先週は1~2輪しか花をつけていませんでしたが,予想通りこの日は満開でした.昨年はややグレーがかって見えたのですが,今年はピンクの発色が強いようでした.このあたりは,写真に撮っても私のいい加減なホワイトバランス設定では違いがよくわかりません.


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先週みごとな花を咲かせていた九重はすでに完全に葉桜です.若々しく,美しい.奥の“左近”にはまだ少しだけ花が残っていて,散る花が風に舞う輝きを見せてくれました.


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常照皇寺からR477を東に6kmほど入ったところに,黒田という集落があります.ここの春日神社の鳥居脇に,百年桜という八重の桜があります.かつてここにあった桜の大木が明治期の台風で倒れてしまったので,かわりに植えた桜が実はヤマザクラの突然変異種で,八重と一重が混じっています.その意味では今見てきた“御車返し”と似ています.しかし鞠状に固まったピンクの花の印象は,渋い“御車返し”とはまったく異なりかわいらしいです.

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神社の鳥居をくぐったところで,興味深いものを見つけました.常照皇寺の光厳天皇が,出家して法皇となってから仏堂を建立する場所を探してこの地を訪れ,この石に腰掛けて中食を摂られたという“硯石”です.書き物をするために石の窪みで墨を磨ったので,この名で呼ばれるようになったとのこと.以来,文芸上達の石として崇められるようになったと書かれています.

結局その仏堂は建てられたのでしょうか.また,石を硯として磨った墨で何を書かれたのでしょうか.この時代の著名な歌人ですから,やはり和歌だったのでしょうかね.細かいことはさておくとしても,光厳院が法皇となってからこうした山間地を訪れた足跡が残っていること自体,興味深いところです.晩年は常照皇寺にひきこもっていた印象がありましたが,必ずしもそうではなかったようですね.

昨年の訪問記にも書いたように,晩年の心境は澄んだものであっただろうと信じているのですが,ここを訪問された理由についても,その目的からして混じりけのないものであったように感じました.


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自宅近くまで帰ってきたら,公園にもう藤の花.季節の移ろいの早いこと.


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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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