映画 『ビハインド・ザ・コーヴ 捕鯨問題の謎に迫る』-Behind "THE COVE"

太地町イルカ漁を批判的に描いた『ザ・コーヴ』への反証ドキュメンタリー.八木景子監督.十三・第七藝術劇場.

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私のような世代にとっては,鯨肉はなじみ深いものです.子供の頃はしばしば食卓に上る食材だったし,上のパンフレットにある竜田揚げなどは小学校給食の定番メニューだったわけです.商業捕鯨の段階的禁止措置によって,その後鯨肉は私の前から姿を消しまsした.

私は『コーヴ』の全体を見ておらず,その意味で映画としての『コーヴ』そのものの批判をする資格はありません.しかしあの映画以後太地町で起こっている状況は決して見逃せないと思っていて,今回この反論ドキュメンタリーを見にいくことにしました.

画面からは,八木監督ができるだけ双方の意見を聞くよう心がけたことが伝わります.外国人環境活動家が多弁であるのに対し,太地町の人々の口は最初とても重かったようです.八木監督自身のことを「向こう側」の人間とみて警戒もしたようです.粘り強く彼等に働きかけ,様々な世代の人々へのインタビューに成功した点にまず,敬意を表したいと思います.

『コーヴ』が一方的だと言われるのは,一つには太地町の人々が撮影者に対して心を開かず,言葉での主張をほとんどしなかったことも原因の一端だと思います.しかし自分たちが古来守ってきた生活習慣を頭ごなしに否定されている人々と親密になるのは並大抵のことではなく,おそらく『コーヴ』の制作者たちはそんな試みをする気もなかったのでしょう.

八木監督は『コーヴ』への懐疑から出発しますが,やがて反捕鯨運動そのものへの疑念を持つに至って渡米します.そして米国国立公文書館での調査を経て,「反捕鯨運動が,1960年代米国のベトナム戦争への批判をそらすために計画された」という結論を得るに至ります.

このあたりは,それが真実であるとのエビデンスが完全には得られておらず,『ビハインド・ザ・コーヴ』の弱点と言えるように思います.また,映画の最終盤で,勇壮な音楽に乗せて日本の捕鯨が過去いかに国民の食を支えたか,そして捕鯨漁師たちがいかに英雄と見なされていたかが強調されますが,ここもやや情緒に流れた感じがありました.

結局のところ,捕鯨が日本人の生活において有史以前から重要なものであったこと,それが持続可能なやりかたで行われてきたこと,鯨漁をする人々が鯨に対して敬意を払ってきたこと,などが見る人に伝わればまずはこの反論の第一の目的は達せられるのではないかと思います.

また,一部の環境運動家と称する人々の言葉の非科学性と態度の幼児性には,それを耳にはしていたものの,改めて見て聞いて驚きを禁じ得ません.彼等の振舞や語り口がいかに反知性的であるのかも,こうして映像になるとよくわかります.

たしか『ジュラシック・パーク』の第2作だったか第3作だったかで,環境運動家の登場人物を「テロリスト」と紹介する場面がありました.こうしたジョークがブラック・ジョークとして通用してしまうのは,やはり米国でも胡散臭く思う人々が決して少なくないということを示していると思います.倫理にもとる手段で真のコミュニケーションを途絶させ,そこに分断を生じさせるのが彼等の狙いであって,その意味でテロと言ってもいいでしょう.そのような分断を超える試みとして,やや強引な面を感じつつも,私はこの『ビハインド・ザ・コーヴ』を支持します.

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