五嶋みどりのリサイタルを聴く

ピアノとのデュオ・リサイタル.兵庫県立芸術文化センター.聴いてから1週間が経ってしまいましたが,メモします.これから先しばらくはこんな風に間が空いてしまいそう.

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五嶋みどりが日本でバッハ無伴奏のリサイタル・ツアーをしたときのドキュメンタリーを見たことがあります.値段をつけるとしたらきっと途方もない額になるであろうグァルネリをケースに入れて背負い,あとはスーツケースが一つ.この姿で一人,公共交通機関を乗り継いでリサイタル会場間を移動します.演奏会のない日は自分でコインランドリーへ行って洗濯をするのです.

大学教授としての活動の場にもカメラが入っていました.早朝に出勤し,淡々と高度な仕事をこなすところは,比喩が適切でないかもしれませんが,禅寺の修行僧のようにも見えました.心身の病に苦しんだ時期を乗り越えたとのことですが,私はそうした事情には詳しくありません.しかし,人間にとって不必要なものを極限まで削ぎ落としたような生活が,私のような者から見るととても清々しく感じられたことは確かです.

さてこの日のプログラムは以下.

リスト(オイストラフ編):「ウィーンの夜会」より ワルツ・カプリース 第6番(シューベルト原曲)
シェーンベルク:ピアノ伴奏を伴ったヴァイオリンのための幻想曲 op.47
ブラームス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番 ト長調「雨の歌」op.78
- 休憩 -
モーツァルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 変ロ長調 K.454
シューベルト:ピアノとヴァイオリンのための幻想曲 ハ長調 D.934

1曲目のリスト.シューベルト作曲の3曲のワルツから題材を得て作曲されたということです.ウィーンの芳香が濃厚に漂ってきそうですが,五嶋の演奏はサロン的とか高雅というよりは情動が前面に出たものでした.五嶋自身は「贅沢な貴族の舞踏会の様子が伝わる」と説明していますが,私はむしろロマ音楽が持っているような暖かい日なたの匂いを感じました.もちろん,とても共感できるすばらしい演奏だったということが言いたいのですが.

次がシェーンベルクなので,ウィーンつながりとはいえ、リストを聴いてからの数分間に耳を取り替えておかなければなりません.跳躍のある音列は旋律と呼ぶにはやや辛口ですが,それでも何らかの意味を感じさせつつ,ヴァイオリンとピアノの対話が重ねられていきます.それが何かは私にはまだ聞こえてこないのだけれど.

前半最後はブラームスのソナタ 第1番.私個人としては,この曲の演奏はこの日聴いた演奏の中で最大の感銘を与えられたものでした.CDも持っていて比較的よく聴いている曲ですが,特に第1楽章の深い深い味わいは,これまでこの曲の中に見つけられるとは思ってもみなかったものでした.ともすれば感傷や懐かしさに流れすぎる音楽になりがちなブラームスですが,五嶋の演奏はそうした感情が昇華され,はるかに高潔なものを見せてもらった思いがして感動的でした.

休憩をはさんでモーツァルト.これも五嶋の手にかかると,単なる愉悦の音楽にはなりません.ただ,もともと持っている音楽の器より大きくなっている印象もありました.そして最後のシューベルト.31歳で亡くなる1年前に作曲された自由な形式の幻想曲です.この種の音楽としては演奏に25分はかかる大曲で,しかも切れ目なしに演奏されます.シューベルト存命中に初演されたようですが,その当時から「長すぎる」と不評だったようです.

話は少し逸れますが,村上春樹が,シューベルトの長くてとりとめない作品群の代表としてピアノ・ソナタ第17番を採り上げ,「冗長さ」,「まとまりのなさ」,「はた迷惑さ」が自分の心に馴染み,個人的に好きだと言っています.ベートーヴェンやモーツァルトのピアノ・ソナタにはない,心の自由なばらけのようなものがある,とも言っています.曲種は違うけれど,この曲に私が抱いた印象もそれとちょっと似ています.どこかへ向って着実に発展していくというような種類の音楽ではなく,とにかく自分の胸中にあるものを脚色なく並べてお見せします,ただし他の人が関心をもつかどうかはわかりません,といった風です.でも聴き手のうちの何人かは(たぶん私も),それに強く共感し,ある種身勝手なこの音楽を愛するようになるのではないでしょうか.五嶋の演奏を聴きながら,ぼんやりとこんなことを考えていました.

アンコールは以下の2曲.
クライスラー:愛の悲しみ
クライスラー:愛の喜び
私にとって,今回のリサイタルはここ数年聴いたものの中では最高に印象的だったうちの一つです.しかしこのアンコールはあえて弾かなくてもよかったのではないかなと思いつつ,芸文センターを後にしました.

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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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