ジュリアード・カルテットを聴く

米国の名門カルテットによるモーツァルトからドビュッシー.兵庫県立芸術文化センター・小ホール.

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2日続けて芸文センターへ行くのは初めてかもしれません.大ホールでヒラリー・ハーンの快演を聴いた前日に対し,この日はコンパクトな小ホールで弦楽四重奏を聴きます.チェリストは高齢で近く脱退が決まっており,かわりに今度は女性のメンバーが入るそうです.演奏曲目は以下.

シューベルト:弦楽四重奏曲 第12番ハ短調 「四重奏断章」
モーツァルト:弦楽四重奏 第19番ハ長調 「不協和音」
- 休憩 ー
ドビュッシー:弦楽四重奏曲 ト短調

1曲目のシューベルト.私は室内楽をそれほど好んで聴いてきたわけではないことに加えて,シューベルトの弦楽四重奏曲は最初に13番「ロザムンデ」と14番「死と乙女」を聴いたもので,以来どうも積極的に手を伸ばすことなくここまで来ました.ましてや未完成の12番なんて気に留めたこともありません.

演奏が始まってみると,迫りくる苦難の足音に対しても完全に絶望することはなく,ある種の雄々しさを感じるシーンも現われて,聴き手の共感を呼びます.しかし結局のところシューベルトはこの曲の完成を放棄してしまい,悲観に彩られた上記2曲を書き上げるまでに4年の歳月を要したのでした.

続いて前半プログラムの核であるモーツァルト.有名なハイドンセット6曲のうちの1曲なので,これは一応聴いてはいます.第1楽章冒頭の有名な不協和音.現代の音楽にさらされている我々にとってそんなに驚くほどのことではありませんが, かといってモーツァルトのマイナー曲に共通な陰りとも違って特異な響きではあります.

その後は明朗快活なモーツァルトが戻ってきます.ゆったり穏やかで可憐さも持ち合わせた第2楽章を経て,第3楽章は活き活きとしたメヌエットですが,時折見せる陰りもやはりいつものモーツァルト.颯爽とした第4楽章を快速で駆け抜けて曲は終わります.とはいえ所々であれっと引っ掛かる不思議な響きがあり,こういうのも「不協和音」の所以なのかもしれません.

弦楽四重奏曲は作曲が難しいということですが,私にとっては聴く方も難しい曲種だと感じます.名曲とされる作品ほど,聞き逃しをしないように必死で聞き耳を立てていないと肝心なところを把握できないというような,あえて通信理論の用語を使えば“冗長性の低さ”があるような.このモーツァルトなんかも,佳曲だとは思う反面それほどの愛情を注いできていないのは,私個人のそうした印象が根っこにあるからかもしれませんね.

休憩をはさんで後半はドビュッシー.以前,ラヴェルの弦楽四重奏曲が大好きだという話をしてディスクを1枚挙げておいたのですが,このディスクに限らずよくセットになって収められているのが,この日聴くドビュッシーです.同時代の二人,しかも両者ともこの曲種は1曲しかないとあって,組み合わせやすいからでしょう.

第1楽章,古典からもロマン主義からも解放され,豊かな詩情をたたえた音楽が微風のように耳に届きます.どこか東洋的な響きも聞こえてきて,19世紀末フランス文化人の志向が垣間見えるようです.ピチカートで始まる第2楽章は,10年後に世に出るラヴェルの弦楽四重奏曲に及ぼした影響を思わずにはいられません.第3楽章は弱音器を付けて微かに,しかし抗いがたい懐かしさと愛おしさを伴って演奏されました.チェロの独白で始まる第4楽章は,やがて切迫感を増しますが,最後は明るく解決されて終わります.

アンコールはベートーヴェンの弦楽四重奏曲第16番第3楽章.緊密で,あまりにも聴いてしまったために気が遠くなりそうでした.

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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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