映画:ロパートキナ  -孤高の白鳥

ロシア・マリインスキー・バレエのプリンシパル,ウリヤーナ・ロパートキナのドキュメンタリー.マレーネ・イヨネスコ監督.シネ・リーブル梅田.このブログにはあまり似つかわしくない絵柄ではありますが,見たものはメモを残しておきましょう.

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能から現代舞踏に至るまで,身体表現芸術には関心を持っています.ライブで観たものの一部はこのブログの芸術・芸能カテゴリにメモを残しています.なぜすべてではないかというと,何か書けるほど理解できなかったからです.バレエはライブに行ったことはありませんが,TVで放映があると録画して観ています.歌舞伎やオペラに見向きもしてこなかったのとは対照的ですが,それでもバレエはやはり今のところ私の理解を超えた表現様式であることを認めざるをえません.

有名作曲家が作曲したバレエ音楽が存在することは知っていて,私がTV放映を観てきたのはそうしたものが多いのですが,この映画で知ったのは,必ずしもバレエのために作曲された音楽だけが用いられるわけではないということでした.私はそんなことも知らないほと無知なのですが,たとえばグスタフ・マーラーの有名な交響曲第5番のアダージェットを使った『病めるバラ』とか,エリック・サティの『3つのグノシエンヌ』による『ニュー・ダンス』とかは,曲をよく知っているだけに,より身体表現の方に集中できたように思います.

そう言えば-映画の途中でふと思い出したのですが-若い頃インド・ネパールを旅したとき,あるカフェで(それがどこだったかはもう記憶の彼方)甘ったるいチャイを飲んでいたら,近くのテーブルに座っていた西洋人の女の子(年齢も当時の私と同じくらい.美人だった)が,突然立ち上がってゆったりした動作で踊り始めたことがありました.店ではBGMはかかっていましたが,彼女は一人だったし,何が彼女をそうさせたのかわかりません.ただ,バレエみたいだと思ったことだけは覚えています.

こうした表現というのは彼女ら(彼ら)の身体に無意識のうちに刷り込まれているのかなと思うようになったのは,この時からです.何らかの感情をこうした形で解放できて羨ましいなとも思いました.スクリーンに映し出されるロパートキナのダンスを観ながら,クラシック・バレエは,彼ら固有のプリミティブな身体表現から出発して,それを極限まで洗練させたものなのかもしれないと,ぼんやり考えていました.

いつものように話が逸れましたが,見かけの美しさというよりは,内的な必然性に基づいた表現動作を,どうやって伝統様式の中に組み込んでいくのかはとても興味があります.このドキュメンタリーでも,その辺りの秘密のヒントがあればと思っていましたが,そう簡単ではありませんでした.

ロパートキナ自身はインタビューされても多弁とは言えず,話しながら自問するといった風です.かわりに登場する演出家やパートナーを務めたダンサーたちはとても雄弁ですが,結局ロパートキナの称賛に終始していて,核心に迫ったとは言い難いように感じました.準備のできた人が観ればまた違ったのだろうと思いますが.

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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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