映画 『写真家ソール・ライター』

1940年代からニューヨークで活動した写真家.カラー写真の先駆者で,有名ファッション誌の表紙なども手がけましたが,主な被写体は街の風景や人々です.1980年代に一線から退いていましたが,ドイツの出版社に再発見されて再びブレーク.90歳に近づいた老写真家の日常を追いながらのインタビュー.テアトル梅田.

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よれよれのダンガリー・シャツにだぶだぶのズボン.髪もくしゃくしゃであまり風呂にも入っていなさそう.ドキュメンタリーとは言え,およそ被写体には似つかわしくない老人.その男がカメラに向って,「オレなんか撮ってどうすんだ」と面倒くさそうに言っているところから映画は始まります.

サブタイトルは"In No Great Hurry 13 Lessons(邦題:急がない人生で見つけた13のこと)"となっていて,顕著な業績を残した人物の穏やかな老境に学ぶといった雰囲気があります.しかし冒頭からも明らかなように,老写真家は皮肉っぽく,意味なく長く笑い,時にインタビュアーの質問に無知や鈍感さを見出して怒りを露わにします.私にとっては決して心和むような映画ではありません.

シーンの多くは,写真家の部屋にきちんと整理されないまま保存されている大量のネガやポジ,さらには他人にはがらくたにしか見えないが本人にとっては重要な思いの対象となる品々を発掘し,あるものは片付け(かえって散らかしているようにしか見えないが),あるものは捨てるという作業に割かれています.そうした中で,写真家が過去に一緒に暮らした女性の死が,いまだに重荷となっていることが明らかになってきます.

この女性がすでに亡くなっていることは何度か写真家自身が口にしていますが,あるとき「バケツを蹴った(kicked the bucket)」という言い方をしたので,もしかしたら自ら命を絶ったのかもしれません.英語のネイティブではないインタビュアーに向って"kick the bucket"の意味が通じているか確認していたので,単に「死んだ」のスラングとして使ったのではない気がしました.

いずれにしても,この女性の死に関して写真家自身が責任を感じていることは確かで,今では一見好々爺然としているようで上述のような敏感さを残しているところからも,もっと若い頃の複雑な性格と困難な私生活が推察されます.自分で自分をcrazy(壊れてる)と言っていますしね.

このドキュメンタリーの陰の部分から書いてしまいましたが,老写真家は今でもカメラ(本当にごく普通のデジタルカメラ)を持って街に出てスナップ写真を撮り続けています.そうしたところは明るくリラックスしていて微笑ましい.90歳手前にしてはすばらしく活発と言えます.街の人たちがこの老人のことをどれだけ知っているのかよくわかりませんが,ずっと同じ所に住んでいて地域の人たちとのつながりは深いようです.

こうしたところを捉えて,「急がない人生~」というタイトルにしたと思いますが,上でも言ったようにこの人自身の内面の陰影・コントラストは強いものがあります.90年近く創造の分野で生きてくれば,明暗があって当然でしょう.どちらがより強く訴えかけてくるかは,観る人によるでしょうね.

映画を見終わって帰ってきてから,amazonで写真集を買いました.ソール・ライターの「再発見」につながったシュタイデル社のハードバックは高価ですが,まずはこの安価なペーパーバックで十分にライター芸術を堪能できます.水滴の流れ下る窓ガラス越しの人影,雪景色にほんの一部にだけ見えている赤い傘.初期のモノクロのヌード写真もすばらしいです.しかもどの写真にも豊かな詩情があり,こんなものが写真になるのかと,自分を取り巻く世界を愛すべきものとして再発見し,眼と心が洗われます.


Saul Leiter (Photofile)
書籍


インタビューの中で,写真家は「私の好きなのは,一見何も写っていないようでいて,画面のどこかに密かな謎があるような写真だ」と語っていました.まさにその通りの作品が目白押しです.作品をよく見たら,もう一度この写真家の言葉を聞きたくなりました.残念ながら,この映画が制作された翌年に死去.自分はおそらく幸福ではなかったでしょうが,私たちを幸福にしてくれる多くの作品を残してくれました.

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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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