明恵上人の遺蹟を訪ねる(前編)

鎌倉期の高僧・明恵については,京都・高山寺へ行く度に何かしら思いを巡らすことになります.これまで,ここでも二度ほど触れました.

1.京都・栂尾山高山寺
2.嵯峨野・地蔵院から槙尾・西明寺,栂尾・高山寺へ

今回は,白洲正子の著書をガイドとして和歌山へ出かけました.明恵上人開基と伝えられる湯浅郊外の施無畏寺と,その背後に迫る白上山にあったとされる二つの草庵跡を訪ねるのが目的です.


明恵上人 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
書籍


快晴の下,阪神高速5号→4号の湾岸線を乗り継いて南下します.休日の朝に湾岸線を走るのは気持ちいい.いつもオープンで走りたいなと思うのですが,都市高速はいざというときの待避スペースがなく,結局迷った末閉めて走ることになります.泉佐野で阪和自動車動に出てさらに南下.有田ICで下り,海岸線へ向け西進します.県道20号を辿って海岸へ出たところからすぐ,山手の方へ細い参道が延びています.県道との分岐点には「史跡 明恵上人遺蹟」の石碑.そのまま少し登ると,やがて施無畏寺の山門前に出ました.

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上の本には,白洲正子がここを訪れたときには,湯浅駅で降りてなるべく年寄りのタクシー運転手を探し(そのほうが明恵の遺蹟などには詳しいと思ったのでしょう),「岬を一つ廻ったところ」にある栖原漁村へ向ったとあります.確かに先端が端崎という名の小さな半島があって,今でも海岸沿いにそこを通る道はあります.しかし県道20号線は半島の内部を貫通していて,私達はうっかりこの岬をすっとはしてしましました.それにしても,この「岬を廻る」という表現は去年やはり「かくれ里」をガイドに常神半島へ行ったときも,旅をしている印象深い表現だなあと感じいるものがありました.

さて,山門脇の道をさらに少し登ったところにスペースがあるのでそこにZ4を駐め,中に入ってみます.海に開けた大変明るい広場になっていますが,現在は地元の蜜柑農家さんの作業場にも使われているようで,山門をくぐって軽トラックが出入りしていました.

さらに少し海側に下ってみると,蜜柑畑の向こうに湾が広がっており,その先には上人が大変愛したといわれる苅藻島や鷹島が浮かんでいるのが望めます.反対に少し坂を登ると,寺の屋根越しに海がさらに大きく広がります.

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駐車スペースの脇をさらに奥へ登ってゆくと,奥の院に出ます. 奥の院と言われていますが,ここに開山堂,本堂,鎮守杜,および鐘楼があります.その語感からイメージするよりずっと開放感のある空間です.草庵跡へはここからさらに簡易舗装された道なりに登ることになります.

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高度が上がり,開けた場所からはさらに見晴らしが良くなりました.淡路島まで見えるとのことでしたが,この日は私の目では確認できませんでした.

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数分進むと,かなりくたびれた看板が現われました.それでもここまでほとんど案内が無い状態だったので,少し安心します.草庵跡へはここから左手へ,落ち葉で覆われた小径が続いています.轍があるところを見ると,地元の人が農作業等で入っているように思いました.


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(2回に分けるほどでもないが,後編へ)

 

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