映画: ピロスマニ

グルジア(ジョージア)の画家,素朴な筆致で動物やグルジアの人々を描いたニコ・ピロスマニの生涯.19世紀末から20世紀にかけて生き,無名状態から一躍注目を浴びますが,やがてその画風が批判され,失意と困窮のうちに世を去りました.ギオルギ・シェンゲラヤ監督.シネ・リーブル梅田.

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1968年に製作され,日本公開は1978年ですが,この時はロシア語吹き替えだったそうです.今回,グルジア語のオリジナル・バージョンがデジタル化されて再上映されています.

冒頭,新約聖書のイエス・キリストのエルサレム入城の場面が読み上げられます.そこに,両親を亡くして田舎の姉夫婦に養われていたピロスマニが,周囲の説得を拒否して「私は町へ行かなければならない」と宣言する場面が続きます.ここで観る者は,この物語で芸術に殉じたピロスマニの過酷な人生が描かれるのを予感することになります.殺されることを承知の上でエルサレムに入って行ったイエスのように.

とはいえ最初から絵画で生きていくつもりはなかったようで,いろいろな仕事をするけれと長続きしないという生活を送ることになります.極めて自尊心の強い性格で,親しかった友人とも決別して孤独を守ります.パンフレットの場面は,その友人と営んでいた乳製品の商店を閉めたとき,入り口に飾っていた彼の絵2枚を求めに応じて売り,それが運び去られるところです.

その後,酒場の壁に掛ける絵を主の求めるままに描いてわずかな生活費を稼ぎますが,やがて偶然その絵を目にしたある画家によって世に知られることになります.一躍時の人に.しかしまもなく新聞上で,その画風が幼稚であるとの非難を受けてしまったことで,それまで彼の味方であった友人たちも揃って彼を侮蔑し,見放します.町から消えてしまった自分の絵を探して坂を登るピロスマニの姿は,あたかも十字架を背負ってゴルゴダの丘を登っているかのように見えました.

ピロスマニはピカソに絶賛されるなど死後に再評価され,現在ではその姿が紙幣に印刷されるなど,国民の英雄的扱いを受けているそうです.こうした処遇は彼の芸術には相応しくないように感じますが,グルジアという国家のことを想像するに,人々が確固としたシンボルを欲するのも無理はないと思えてきます.

地図で現在のグルジアの位置を確認すると,それだけでここに暮らす民族の艱難に満ちた歴史が見えてくるようです.北の国境は強大なロシアと接しており,この映画が制作された当時グルジアは言うまでもなくソ連邦に属していました.現在のウクライナを見てもわかるように,ロシアが周辺の民族にどんなことをしてきたか,そして現在も何をしているのかが理解できます.

他方,南側はトルコをはじめとしたイスラム圏に接しています.グルジアには正教会のロシアとイスラムの蹂躙を交互に受けてきた歴史があります.その中で,グルジア人は一貫してキリスト教徒であることを守ってきました.本作品の文脈も,彼らにとっては自然なものなのかもしれません.

作品中,ピロスマニの姿を描いたグルジア人監督は,まったく同じ熱意をもってグルジアの民族衣装や風俗を活写しています.これほどの民族主義的態度を,当時のソ連中央がよく認めたものだと思います.以前,ソ連邦解体前夜のモンゴル紀行について書いたとき,ウランバートルの人々の抑圧されてきた民族意識が噴出している様を目撃した件に触れました.本作品の主題はもちろん孤高の画家の誇り高さを描くことですが,作品が撮られた時代のグルジア人の静かな抗議も見逃せない点だと思います.

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