映画 『黄金のアデーレ』

この2ヶ月ほどは私としてはいつになく忙しく,その間にも観たいものは観て聴きたいものは聴いていたのですが,振り返ってみるに余裕がなかったことは確かです.だいぶ時間が経ってしまって印象が薄れかかっていますが,せっかく見聞きしたものに関して何もメモせず放置するのが惜しい.もちろん自分が勝手にそう感じているだけなのですが,これがここに何か書くようになって変わったことかもしれません.

というわけで,年末に向かって思い出しつつ書いていくつもり.時系列でいくと,まずは標題の映画『黄金のアデーレ』.グスタフ・クリムトの描いた肖像画を,もとの所有者の親族が数十年ぶりにオーストリア政府から取り戻すまでを描いた実話.TOHOシネマズ伊丹で観ました.

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美術品を取り戻す話というと,私は子供の頃見た『大列車作戦』を思い出します.第2次世界大戦末期,パリを占領していたドイツ軍が,敗色濃くなる中美術館にある所蔵品を運びだそうとしますが,フランス人レジスタンスと列車運転士がそれを妨害するため奮闘するという実話ベースのハリウッド映画でした.運転士役のバート・ランカスターをかくまうジャンヌ・モローが,子供心にはどこか不機嫌そうに見えて仕方ありませんでした.

話が脱線しています.本作『黄金のアデーレ』にもナチの占領が深く関わっています.19世紀末のウィーンで,クリムトはユダヤ上流社会に属していたアデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像画を2点描きます.そのうちの1枚『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』は,戦中戦後のウィーンの混乱の中,アデーレ自身の遺言にしたがってオーストリア政府が所有することになります.しかし,ナチの迫害を逃れてアメリカに渡ったアデーレの姪マリア・アルトマンはこれを認めず,オーストリア政府を相手に所有権を争う訴訟を起こし,2006年に勝訴して絵はマリアの手に渡りました.

以上が話の概要ですが,背景には戦時に諾々とナチを受け入れ,さらには彼らの言うままにユダヤ人を迫害したウィーンの人々やオーストリア政府に対する抜きがたい不信と,その一方で懐かしい故郷としてのウィーンへの郷愁がないまぜになったマリアの心象風景があります.

重要な役割を演ずるのがマリアの弁護士であるランドール・シェーンベルクで,情けないヘボ弁護士が,この訴訟を通して自己を確立する姿が描かれます.ランドールの祖父は何とあの12音階のアルノルト・シェーンベルクであり,言うまでもなくユダヤ人です.ランドールがウィーンでシェーンベルクの弦楽四重奏曲を聴くところは,できすぎ感もありますがアイデンティティを再確認したエピソードとして印象深い場面です.

クリムトの絵画が好きかと言われると,正直それほどではありません.2003年に兵庫県立美術館で開かれて私も見にいったクリムト展には『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』は来ていませんが,金色の背景に退廃的な女性という絵画は個人的には愛情を向ける対象にはならないと思います.こうした爛熟の美(というものがあるとして)には,微かですがどうしようもなく鼻につく腐臭みたいなものも同時に感じられ,同じ時代に同じ空気を共有したコミュニティには熱烈に支持されたのかもしれませんが,それが普遍性を持つかは疑問です.

『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』は現在,化粧品のエスティ・ローダーの息子ロナルド・ローダーが買い取ってニューヨークの小さな美術館に展示されています.言うまでもなくローダー家はユダヤ人です.こういう言い方をすると差別的と解釈されてしまうかもしれませんが,この作品からは米国におけるユダヤ・コネクションの強力さを思い知らされます.もっともそれこそが,19世紀から20世紀にかけてのユダヤ人に対する迫害がいかに苛酷なものであったかを物語っているのでしょう.

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