『かくれ里』の桜を巡るドライブ(後半) -福井常神半島・神子のヤマザクラ

『かくれ里』にはもう一つ桜に関する章があります.

「神子に近づくにしたがい,大木の桜があちらこちらに見えはじめ,塩坂,遊子,小川をすぎ,最後の岬を回ったとたん,山から下の浜へかけて,いっきに崩れ落ちる花の滝が現出した.人に聞くまでもなく,それが名におう「神子ざくら」であった」

見てみたくなるでしょう? 次のような記述もあります.

「静かな海上には,名も知れぬ島々が浮かび,その一つは全山桜で埋まっていた」


なんとも幻想的ですね.「花をたずねて」に描かれる福井県の常神半島・神子(みこ)のヤマザクラです.普通われわれの行動のペースなら常照皇寺に行けばそれで十分なのですが,何しろ今日は相手が桜なので,一週間延ばすわけにはいきません.そうでなくてもこのヤマザクラは今年はもう終わったと聞くのですが,名残でもいいから一目見てみたい.白洲の文章にはそう思わせる魅力がありました.

道は周山街道をそのままひたすら北上します.この道は楽しい.特に美山から堀越峠を越えて福井県に入り,名田庄までのワインディングは最高です.時々対向車線のセンターラインぎりぎりを深くバンクした二輪車が飛ばしてくるので,こちらも注意はしたほうがいいですが.

そこから北,小浜までは穏やかな渓谷を下っていきます.街道沿いに桜並木が多い気がしますね.白洲は書いています.

「去年は武生や福井へ旅行して,この辺に桜が多いことは知っていたが,もしかすると近江以上に気候や地味が適しているのかも知れない.日本海には暖流が流れているので,思いもかけぬ所に南洋の植物があったりして,私たちが遠くで考えるほど陰気な地方ではない.」

“陰気な地方ではない”とはまた失敬な物言いですが,日本海側の地方を裏日本と呼んでいた時代の記述なので,まあ大目に見てあげましょう.

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小浜市内を過ぎると162号は日本海に出ます.写真は世久見湾.空は曇ってきました.海はとても静かです.

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ここからいったん三方湖畔に出て,レインボーライン西側から常神半島の東側へ回り込みます.再び白洲を引きます.

「神子はそこから四つ目の部落であることを知った.レインボーラインを離れると,急に道が悪くなり,岬を回るたびごとに,小さな湾が現われ,その一つ一つが大事なものをはぐくむように,絵のような漁村を抱いている」

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白洲正子の旅は山奥や僻地が多く,運転手を雇って車で移動するのが常です.道や道沿いの風景の描写が的確で,われわれのようなドライブ好きの琴線に触れるところがあります.当時の道はもちろんもっと細く,舗装もガードレールもなかったことでしょうから,はるかに隔絶感があったに相違ありません.

上の写真は小川の集落の方向を見たものですが,ここまでの小さな岬のいくつかは旧道を残しつつもトンネルが通っており,岬を回るというプロセスを体験しないまま先に進めてしまいます.小川集落の次が神子になるわけですが,ここも2014年7月に立派なトンネルが竣工しました.

しかし,作家の見た風景を追体験するためには「最後の岬を回る」必要があります.そう思って旧道の方へ入ってみましたが,すぐに通行止の看板に当たりました.トンネルができた以上,旧道を維持するコストは無駄になるので,いずれは廃道ということになるのでしょうね.

引き返して真新しいトンネルを抜け,神子の集落に出ました.車を駐め,振り返って山肌を見てみましたが,やはり今年はもう「花の滝」は消失したようでした.犬を散歩させているおじさんがいたので話しかけてみました.その落ち着きのない犬に私の手首を甘噛みされながら聞いた話によると,今年は天候に恵まれず,いちばんよく咲いていた時期にはずっと霧がかかっていたとのことでした.

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それでも花の名残を見ることはできたように思います.いつかまた来ることができればいいのですが.

 

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ところで,ここへ来る途中通ってきたトンネルの入り口に次の和歌が掲げてありました.

わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の
人こそ知らね 乾く間もなし


百人一首は完璧に頭に入っている妻が反応しています.作者の二条院讃岐とは源頼政の娘であり,これはもちろん妻が即答してくれたことです.白洲は神子に来たとき,地元の旧家に招かれ,そこで「若狭尼」という女性に関する古文書に出会います.この若狭尼という人がやはり頼政の娘であるということで,それなら二条院讃岐と同一人物なのかという考えに至ります.

上の歌を詠んだ人がこの地とゆかりがあるかもしれない.歌の中に出てくる「沖の石」がどこのことなのか諸説あるようですが,「沖の石」が神子にもあることからして,ここに間違いないだろうと作家は推理しています.

本の中のそんな記述を思い出しながらぼんやりと沖の岩礁を眺めていましたが,もちろんその説の当否が私に判断できるはずもありません.京都から福井へかけ,1日にたくさんのものを見た気がして,さすがにもう十分でした.また周山街道を戻るのは止め,帰路は舞鶴道を使いました.

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