田布施石城山遺構 その他

年に一度,30年余り前に亡くなった友人の墓参りのために山口県の柳井を訪れています.当時からの友人たちとも会える機会で,この30年間ほぼ毎年欠かさず集まっていることになります.

田布施はその柳井に隣接する町です.以前から一度行ってみたいと思っていましたがなかなか機会がなく,今回初めて,ほんの1時間半ほどでしたが時間を作って行ってみることになりました.

言うまでもなくこの小さな町は,岸信介,佐藤栄作という日本国首相を送り出した土地であり,その系譜は現在の安倍晋三氏へと連なっています.周囲には小さいながらも古墳が数多く散在し,町を見下ろす石城山には,いくつもの神社と年代も目的も不明な遺構が存在し,古代における重要な祭祀・軍事拠点であったのではないかとの興味を抱かせます.

私は友人二人と借りていたレンタカーでこの石城山へ登ってみました.登坂路は離合不能なほど狭い区間もありますが,登り切ったところにある駐車スペースはかなり広く確保されています.南側には田布施の町,その向こう側には海が広がっています.古代にはもっと海が近かったのではないでしょうか.

仁王門である随身門をくぐって石城神社の方へ行ってみます.本殿は国の重文だそうです.そこから先のかなりな山道を進んでゆくと,史跡の神籠石に行き着きます.石と言っても実際にはこの石城山を取り囲むように築かれた石垣であり,その長さは2キロに及ぶとのこと.今回はいつも使っているカメラを持っていなかったので,下の写真はすべて私のガラケーで撮ったものです.

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われわれは所々ぬかるんだ道を押し黙ったまま歩き続けました.たぶんそれは前夜の痛飲で重かった頭のせいなのでしょうが,独特の雰囲気にあまり言葉が出なかったためでもあります.この土地にまつわる真偽不明の陰謀史説の当否を判断する能力も知識も私にはなく,またそういった近現代史とこの遺構とは何の関係もないのでしょうが,謎めいた空気が自分の周囲にしばらくまとわりついた感覚が残りました.


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No title

お邪魔いたします。

30年余り前に亡くなったご友人、我々と同世代かと思いますので、
20歳前後で他界されたのでしょうね。

我々の高校で同学年の者も3人、若くして亡くなってます。
折にふれ思い出しますが、彼らはいつまで経っても青年に
なりかけの少年の顔をしています。

気が遠くなるほどの歳月が過ぎて、いつの間にか
彼らが生きていた時間よりも更に長く生きてしまいました。
亡くなった時の彼らの父親の年齢もはるかにこえてしまった
ことを思うと愕然としてしまいます。

欠かさずに集まっておられること敬服申し上げます。

前の同窓会からもいつの間にか10年になろうとしています。
年々時間の経つのが速く感じられます。

とりとめのないことで失礼しました。
これからもブログとお写真、楽しみにしております。




Re: No title

まんさん,コメントありがとうございます.

私たちも友人が亡くなったときのご両親の年齢ほどになりました.
さすがに今では墓参に集まっても彼のことを直接話題にすることはほとんどなくなりました.そのかわり,90歳になられるお母さんを囲んで私たち自身の今現在の暮らしのことを話すのがある種の責務のように感じています.お父さんはだいぶ前に他界されましたが,幸いお母さんは非常にお元気でまだまだ私たちを迎えていただけそうですし,もちろんそれを願っています.
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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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