マルタ・アルゲリッチのドキュメンタリー映画

ピアニストのマルタ・アルゲリッチ.このブログでもこれまで二度ほどCDの紹介をしたことがあります.その生活と言葉を追ったドキュメンタリーが公開中.シネ・リーブル神戸.

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アルゲリッチの三女でプロの映像作家であるステファニーによる作品です.冒頭近くで,「私は母に育てられたが,今母は私の赤ん坊のように思える」といったステファニー自身の独白があります.世間が最高の芸術家として讃える母の,音楽以外の生活ではほとんど無防備で無力に見える側面を語ったものです.

数々の武勇伝で知られる若い頃のアルゲリッチですが,70歳を過ぎた今ではさすがに「触れれば火傷間違いなし」的な雰囲気はその容姿からも言動からも窺えません.部屋でくつろいでいるときは,そこらのお婆ちゃんとかわらない素顔を見せてくれます.

しかし,コンサートでこれから舞台へ立つ直前の映像からは,その日の体調に苛立ち,気分がすぐれないことで演奏がうまくいかないのではないかという不安に苛まれる一人の芸術家の苦悩が露わになります.コンサートをドタキャンすることで有名なアルゲリッチですが,こういった不安定さは最高のピアニストとしての評価が完全に定まって久しい今でもつきまとうのだなと,創造に生きることの過酷さを改めて思い知らされます.

このインタビューの主題は,この芸術家としてのアルゲリッチと,異なる3人の相手との間にもうけた3人の娘の母親としてのアルゲリッチが交差するポイントに焦点を当てることです.二女のアニーとステファニーは一緒に育てられましたが,一番上のリダとこの二人が会ったのはステファニーがある程度成長した後だったということです.

なぜリダをひきとらなかったかについて,ステファニーがアルゲリッチに尋ねるシーンがあります.アルゲリッチは少し考えますが明快な答えはなく,結局「言葉では説明できない」と言ったと思います.この「言葉では説明できない」というアルゲリッチの言明は本作品中様々な場面で何度も繰り返されます.自分の音楽表現について問われたときも,一旦は言語化しようと試みるようですが,結局最後はこの言葉になってしまいます.

表現をすべて音楽だけでやってきた人の,これは正直な告白かもしれません.音楽ならどんなに複雑で精妙なことでも伝えることができる.しかしおそらくは,言葉にして説明したとしてもそれは物事の本質を正しく伝達できているようには感じられないのでしょう.

「もうそろそろ静かな生活がしてみたい」という呟きがこちらの心に沁みます.認識があれば表現は絶対に欠かせないとはいうものの,あまりに高い表現能力をもった天才の心の深淵を垣間見る思いがしました.

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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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