飯島耕一 『ランボー以後』

年の暮れも押し迫ってから追悼記事ばかり書いているような気がしますが,この10月に亡くなった詩人・飯島耕一のことを記しておこうと思います.

高校3年生の3月,大学の入試が終わって自宅に戻り,ゴロゴロしながらあれじゃ合格は無理だよなーと,浪人生活をするつもりになっていた時のことでした. 暇にまかせて立ち寄った書店で,たまたま飯島耕一の「ランボー以後」が眼に入りました.アルチュール・ランボーの詩は堀口大學の訳で読んでいて,ランボーが詩人であった年齢がちょうと私のそのころと一致していたため,何となく挑戦するような気分で読み解こうと苦労していたのです.何しろさっぱりわからないくせに大変な魅力を感じていたので.


ランボー以後 (1975年)

当時アルチュール・ランボーというと,十代後半から二十代前半にかけての数年間だけ詩を書き,筆を折ったあとは商人として文明化されていない地域を渡り歩いたこのフランス人について,なぜ詩作を放棄したのか,なぜ当時の欧州からみて辺境と呼べるような場所ばかりを居場所としたのか,など,主にその「神話」についての関心から語られることも多かったのです.

しかし飯島はこの本で,ランボーのことばそのものに回帰せよと説きます.そして次の詩をあげて,「しかしこの十行は美しい.この十行の前にいることが,こころよい」と言っています.

       『五月の軍旗』    アルチュール・ランボー   飯島耕一訳

   菩提樹の明るい枝に,

   弱った猟師の叫び声(アラリ)が死ぬ.

   だが霊的な歌は

   スグリの木のあいだを飛び交う.

   われらの血がおまえたちの血管のなかで笑うように.

   見よ,葡萄の木のからまりを.

   空は一人の天使のように美しい.

   空の青と波は一つに結ばれる.

   ぼくは出発する.光がぼくを傷つけたら

   苔の上でくたばることにしよう.



わたしは前半部分,まぶしい光の中で音がするのに静謐感があるところとか,後半の意志的なところが好きでした.飯島は7行目の「空は一人の天使のように美しい」をエリュアールの「大地は一個のオレンジのように青い」と関連づけ,ランボーの詩がシュルレアリズムのさきがけとなったことを強調していますが,私は「空は一人の天使のように美しい」というのはありふれた印象があってあまり感銘を受けませんでした.しかし,この本の文章をぱらぱらと拾い読みしたことで,19世紀末から20世紀にかけての文学や絵画について関心を持つきっかけが与えられました.

飯島はこの後しばらくして次第に日本文化へ回帰してゆき,宮古島をはじめとする離島や海への視線を経由して江戸時代の文芸などへ関心の対象を移していったようです.享年83.明治大学の教授をしながらの精力的な創作活動でした. なお,浪人するつもりで集めた予備校の案内を傍らに置き,畳に寝転んで「ランボー以後」を読んでいた私は,どうしたわけか予想していなかった入試合格の連絡を受け取りました.慌ただしく引っ越しの準備を始めた私は,引っ越し荷物の中にこの本を入れました. それから数十年,十数回の転居を経てこの本はずっと私の手元にあります.

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