ジム・ホール死去

ジム・ホールが亡くなったとの報道がありました.

ギタリストとしてジャズ界にデビューしたのは1950年代,初めてのリーダー作「Jazz guiter」は1957年の録音です.ジャズマンとしての活動をウェストコーストでスタートさせたこともあり,初期の経歴は同時代を生きたジャズ・ジャイアンツのように華々しくはありません.しかし,以前ここでも少しだけ触れたように,ビル・エヴァンスとのデュオ作品を皮切りに,この時代最先端のベーシストと見られていたロン・カーターとのデュオ,さらにずっと後になってジム・ホールへの敬意を表していたパット・メセニーとのデュオなど,緊密で知的な対話を軸とする音楽にオリジナリティを発揮し,ジャズ・ギターの巨匠として大いに尊敬を集めることになりました.

アルバムを2枚だけ挙げておきます.一つはデビュー作,もう一つは1970年代のリラックスした感じのライブ盤です.ジム・ホールを聴くならまずこれらを聴け,という意味ではまったくなく,私の持っているアルバムの中で,ジャケットに彼の姿が比較的大きく写っているものを選んだだけのことです.
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ジャズ・ギター


Live!

あの時代のジャズマン特有の放埒な生活にも,それほどどっぷり浸かったわけではなさそうです.その音楽からも,穏当な人格を想像させます.やはり,ジャズ界では知性の側に立つ音楽家と言っていいと思います.ただ,ビル・クロウの「さよならバードランド」を読むと,その知的なホールにもこんな一面があったのかと笑ってしまう記述があります.

「僕(ビル・クロウ)はとにかくジム・ホールとは馬鹿話ばかりしていた.彼はすばらしいユーモアのセンスを持っていた.ある日の夜,ポールとジュフリーとボブ・ブルックマイヤーが僕のアパートにやってきた.そして僕らはそれぞれに持ち話を披露し始めた.ホールは暖炉の前に寝ころんで,首のうしろで両手を組んでいた.僕の言ったことが何かものすごく面白かったみたいで,彼は笑い転げながら,痙攣したみたいにひょっひょっと空中に飛び跳ねた.そのおかげで彼の左肩が脱臼してしまった.痛みに涙を流しながら,それでもまだ彼は笑い転げていた.
 ブルックマイヤーとジュフリーは慌てて彼をセント・ヴィンセント病院に連れていった.そしてその緊急治療室で彼は肩の骨を元通りにしてもらった.・・・それ以来僕は,ジム・ホールの前ではあまり馬鹿な話はしないように心がけている.」

享年83.ご冥福を祈ります.

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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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