モンゴル騎馬旅行のこと(続き)

「こんな時節にのんきに馬になんか乗ってていいのか」との声はツアー参加者から上がりましたが,あわてて出国するほどのことではないという主催者の判断でツアーは続行されました.結果としてはもちろんクーデターは失敗に終り,ゴルバチョフは無事にモスクワに戻りました.

私はとりあえずほっとし,つぎにモンゴルの人々のことを思いました.はるか草原のかなたの異国人による権力闘争が,日々のつつましい暮らしに破壊的な影響を及ぼすかもしれないのです.私としてはあれは当初から求道的な旅のつもりはありませんでした.しかしすべての体験が,今大きく変わろうとする国家に属する人々の希望や痛みとつながり,痛切な思いをしました.

そういう状況にあってモンゴルの人たちの頭にあったのは,何といっても民族的英雄であるチンギス・ハーンです.1991年当時,ウランバートルの書店は,事実上のソ連統治下ではその使用を制限されていたモンゴル文字の書籍で溢れかえっていました.通訳によれば,その多くは民族主義的論調を持つものであるということでした.当時まで長く統治者であったソ連にとっては,大モンゴルの誇りを想起させるチンギス・ハーンはモンゴル人民の記憶から消し去りたい歴史的要注意人物の筆頭でした.旧ロシアにはモンゴル帝国によって蹂躙された苦い民族的体験もあり,チンギス・ハーンの名を口にすることさえはばかられたという思想弾圧が行われていたようです.当時の民族思想の活況はその揺り戻しであったろうと思います.

あれから20余年,モンゴル経済は豊富な鉱物資源を背景に急成長し,おそらくはウランバートルの風景も大きく様変わりしていることでしょう.日本の大相撲はモンゴル人力士に席巻され,彼らは本国では英雄です.モンゴル出身横綱の活躍を見るにつけ,そして彼らの活躍に熱狂するというモンゴルの人々の話を聞くにつけ,チンギス・ハーンの現代的意味や1991年夏のウランバートルの状況が生き生きと思いだされます.
 


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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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