モンゴル騎馬旅行のこと

写真展を見て思い出した自分自身のモンゴルの旅のことを書き留めておきます.

1991年8月の夏休み,わたしは妻とともにモンゴルの首都ウランバートルに滞在していました.ある団体の企画したツアーに参加したのです.旅の目的は,馬に乗ることでした. 何か込み入った事情があったというわけではなく,単に遊牧民族のまね事をして,アジア大陸の草原を馬を駆ってただ思いきり走り回ろうというだけの旅行でした.

そんな酔狂なことが可能になったのは,ベルリンの壁崩壊後,なだれをうったように進行する当時の東側諸国の自由化の例に漏れず,モンゴル人民共和国(当時の国名)でも解放へ向けた歴史的な変化が進みつつあったためです.

しかし,ソ連への過去の経済依存が極めて強かったため,首都に到着した私たちはすぐに,物不足に象徴されるモンゴル経済の沈滞が想像以上に深刻であることをまのあたりにすることになりました.巨大な建造物がいくつも建設途中で放り出されたままになっています.東欧からの技術者が皆帰国してしまったために,自前の技術ではプロジェクトを完遂できないのだということでした.

市場に行っても本当に物がありませんでした.そもそもそのツアーのために,私たちは食料の多くを中国から持ち込んだのです.あるとき市場の風景を撮影しようとした私は,横から現れた中年の婦人に強く制止されました.苦しい現状を見せたくないという意思の強く表れた表情に,この国の人の誇りの高さを見た思いがしました.

ツアーも中盤にさしかかったとき,私たちは当時のソ連のゴルバチョフ大統領がクリミアの別荘に幽閉されたというニュースを,日本からの国際電話で知りました.結果的にソ連邦の解体を早めたいわゆる「三日間クーデター」に,ウランバートルで遭遇することになったのです.もしゴルバチョフが失脚すれば,その影響は遠からずモンゴルにも及ぶでしょう.しかしそれがどの程度の重大さを持つ事件なのか,そのときはあまり実感がありませんでした. (続く)

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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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