芸術文化センターで能を見る

先月の話になりますが,2月25日(金)に,私の音楽鑑賞のホームグラウンドである兵庫県立芸術文化センターで能をやるというので見て来ました.

脳の音楽

場所はセンターの小ホールです.前・後半の2部で構成される催しで,前半ではここ数年で大ブレークを果たした神戸女学院大教授の内田樹氏,ソウル女子大教授のソン・ヘギョン氏(女性),評論家で芸文センター特別参与の河内厚郎氏の3名によるおしゃべり(鼎談)も予定されています.

プログラムはまず「音取置鼓」からスタート.小鼓と笛の二人の奏者だけで演奏されます.特定形式の能に対する前奏曲なのだそうです.内容を論評できる知識もコトバも持ち合わせませんが,京都北山あたりの深い森林の中で,今何か聞こえたかなと思って耳を澄ませているような(実際そんな経験はないのでたとえばの話)感じになる音楽です.

次は三番三(三番叟,さんばそう).五穀豊穣を祈る神事の舞で,能といっていいのかどうかという位置づけのようです.狂言の善竹隆司氏の舞です.

さて前半最後は上にも書いた3人による会話です.これは楽しみにしてました.能自体はどうせいつものようにわからないだろうけど,「能について」語られることなら少し私の理解を促進してくれるのではないかと.

しかし結論から言うと,これはひどいものでした.とてもコミュニケーションとは言えません.

原因は3者それそれにあります.責任の重い方から言うと,まず司会役の河内氏.二人の対話を促進するために同席していたはずだと思いますが,そのためのプランを持って場に臨んだとは思えません.かといって,その場で対話を発展させる自らの能力を発揮しようとしたかというと,それもない.

次に内田氏.第一声が,ソン・ヘギョン氏の持ち出した故・多田富雄氏作の能を,「創作能はキライ」と一刀両断でした.多田富雄氏作の能というのは,九州に強制連行されて過酷な労働で亡くなった朝鮮人男性が妻へ宛てて書いた手紙を預かった僧が,数十年後にその男性の年老いた妻を探して届けに行くという物語なのだそうです.

確かに深刻で痛切な題材ではあるけれど,そういうのは古典的な能にもしばしば見られるテーマだし,わざわざ現代の創作能として演じる必要があるのかという内田氏の指摘に対しては,私もすべて否定的ではありません.ただ,能に傾倒したイェイツの専門家であるソンさんはおそらく,今回のテーマ「日本←東アジア←シルクロード←西洋でたどる能」という枠組みの中で,韓国の若者達は上のような文脈のなかでなら日本の能も理解することができる,ということから議論を出発させたかったのだと思います.

これだけならちょっと安易な視点という気もしますが,内田氏が全否定してしまったために議論は発展しませんでした.ソン氏がもしかしたら思い描いていたかもしれない展開は実現されず,そこでおしまい.あとは内田氏の独演会でした.

ソンさんの失敗は,情緒的でわかりやすすぎる(何度も言いますが,いかに深刻で痛切であってもです)物語に対する言及を最初にしたことだと思います.能の演者でもあり武術家でもあって,「身体性」から能を理解しようとしてきた内田氏に「オレはそんな表層的な話で時間をつぶすつもりはない」と思わせてしまったことがまずかった.弁達者な内田氏から会話の主導権を奪い返す日本語力をソン氏に要求するのは酷です.

まずは主催者に与えられたテーマについて語ろうとした点で,ソン氏の誠実さには好感を持ちました.対して内田氏は会話能力の差もあるのだし,自分のいいたいことだけ言えばそれ良しという態度は,対話によってそこに何か新しいものが生じるかもしれないことを期待して来た聴衆にとってはもの足らないものでした.

事実,対話の途中,憤然とした表情でホールを出ていく40代女性の姿を見ました.何に怒っていたか,わかる気がします.

ということで,あれは鼎談などでは当然無いし,対話ですらありませんでした.企画者には猛省を望みます.


後半は,覚えのために演目だけメモしておきます.
  ・小鼓の久田舜一郎による本日の演目の解説・他
  ・舞囃子「玄象」
  ・半能「鞍馬天狗」

鞍馬天狗は「ライト能」と称しているので何かと思ったら,このライトは「お手軽」ではなく「照明」の意味でした.通常の能楽堂とは違って橋掛かりも揚幕もないので,替りの演出として照明に凝ったりスモークを使ったりしていました.

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