2017年 丹波の桜とカタクリ

もう桜の季節もとうに終わってしまいましたが,今月中旬に見たものを今頃になってやっとメモを残すことになります.今年は昨年ほど桜を見ることができなかったので.4月16日の日曜,丹波の山間部に行けばまだ残っているかもと思って出かけてみましたが,加古川堤の桜並木はやはりもう散っていました.

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青垣のヤマザクラに望みを託して3年ぶりに行ってみると,こちらはこの時が盛りでした.渋くていい桜です.

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近くにカタクリの群生地があるので,初めて行ってました.時期的にはこちらも少し遅いようでしたが,前夜の雨に濡れた花が斜面一面に咲いていました.一輪一輪は楚々としているけれど,たくさん集まっていると賑やかです.


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BMW E89 Z4 バッテリー交換 -登録編

Z4のバッテリーを交換した後,ISTA-Dを用いた車載コンピュータへの登録作業についてメモを書き,一度は公開しました.しかし,結局のところ所期の結果が得られておらず中途半端な状態でしたので,公開を取り下げることにしました.もう少し調べたり自分なりの努力をしてみて,進展があればまたここにまとめようと思います.

ということで,バッテリー交換についてはひとまずこれで終了とします.


BMW E89 Z4 バッテリー交換

前回交換から4年経過したZ4のバッテリ-.先日の車検時に交換を勧められましたが,純正品は高価すぎて手が出ませんでした.とはいえ,ただ新しいバッテリーを買ってきて取り替えるだけなら話は簡単ですが,その後車載コンピュータに登録の書込みをしないといろいろ不具合の原因になるらしい.

というわけで,自分でやってみる決心をしました.まず,テスターで電圧を計ってみます.Z4のバッテリーはリアのトランク下にありますが,整備用のジャンプ端子がエンジンルーム内バルクヘッド上端付近にあるので,交換の間バックアップ電源を供給しておくための予習としてこちらで計ってみました.プラス側は赤い樹脂製キャップを被せられているので,それを引き抜き,金属部を露出させて使います.マイナス側はシャーシのどこか適切な場所.

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フルスケール25Vなので,12Vを少し切るくらいですね.車検時にディーラーから出てきたデータとほぼ同じです.使ったテスターは私が小学生高学年のころ,電子工作を始めてしばらくして,これだけは持っていないと話にならないことがわかって買った1969年製の日置F-75Jです.もう50年近く使っていることになります.我ながら物持ちがいいにもほどがあるとは思うけれど,取説を見ると「テスターは正しく扱えば末永く使用できます」とあって,やはりこの製品の品質を褒めるべきでしょう.

バッテリーは今付いているのと同じスペックのものを選びました.BOSCHのBLA-70-L3です.

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電源のバックアップはした方が安心ですが,E89 Z4の場合は,バックアップしなかったとしても,時刻が狂う,パワーウィンドウがガラスの上下端位置を忘れてオートが効かなくなる,くらいで特に大きな問題にはならないそうです(ディーラーのサービスさん談).時計は自分で直せばいいし,ガラスの上下端位置は手動で上端(下端)まで動かしたまま昇降ボタンの長押しで再登録できるそうです.

とはいえやはり一応バックアップはします.ヨドバシで単3電池8個用の電池ケースとワニ口クリップ,延長用ケーブルを買ってきて自作しました.近頃はこういう単純な部品はPC売り場なんかにはなく,店員さんに聞いてたどり着いた先はロボット・キットの売り場でした.ヒューズも付けてないので,接続の極性は慎重に確認.

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バッテリーの取り付けステーや位置決め部品のボルトはすべて13mmです.中途半端だな.12mmでいいじゃないか?  特に底面にあるL字型の位置決め部品の取り付けボルトへのアクセスは狭い上に深さがあってTレンチが欲しいですが,10mmや12mmはあっても13mmのTレンチなんて私の工具箱には入っていません.仕方なくエクステンションバーの長さが150mmほどしかない手持ちのソケットレンチを使いましたが,緩めて外す時,換装して締める時,いずれもちょっと苦労しました.排気チューブの接続も忘れずに.

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取り付けを確認して一応エンジンをかけてみます.時計の時間も大丈夫だし,パワーウィンドウのオートもちゃんと効きます.さてハードの交換が済んだので,次はいよいよ車載コンピュータへの登録作業です.
(続く)

香雪美術館で桜と桃を見る

近畿地方はこの春天候が悪く,週末は殊に悪く,花見らしい花見はできそうにないかなと思っています.先週末も空模様がはっきりせず,結局熊谷守一を見に曇り空の下を香雪美術館へ行ったのでした.ここは以前も書いたように閑静な住宅街にあり,小規模ですが石垣に囲まれた瀟洒な佇まいが大変好ましい美術館です.小さな庭園には珍しいしだれ桃が咲き誇っていて,思わぬ花見ができました.メモを残しておきます.

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熊谷守一展

明治から昭和にかけて97年の生涯を絵画系術に捧げた熊谷守一(1880-1977)の絵画と書.香雪美術館.

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パンフレットの『猫』は85歳の時の作品.たった5色の平面的な塗りと塗り残しの輪郭線だけで構成されていて,一見さらさらと描かれたように見える画です.しかし,スケッチブックにはもとになった2匹の猫のスケッチが多数残されていて,この線と面にたどり着くまでに長い検討の時間があったことがわかります.

暗い色調の自画像『蝋燭』や筆あとが生々しく残る『向日葵』,あるいは『ハルシャ菊と百合』など,若い頃の作品は筆遣いが大胆で,時に荒々しいと言えるほどです.困窮で自分の子どもを3人も亡くしながら,描きたいものしか描かないという姿勢を貫いた頑なさが,作品にも表われているようです.

しかしそうした筆致は年齢を重ねるにつれて影を潜め,50代で描いた『長良川』はとても穏やかな情景ですし,同じ頃墨の単色で描かれた『蒲公英(たんぽぽ)に蝦蟇(がま)』のガマは無表情だけれどどこか剽軽な味わいがあります.また『高原の秋』は筆致こそやや荒さを残していますが,ひんやりとした空気に包まれた晩秋の雰囲気が静謐です.『鯰』は制作年不詳とされていますが,50から60代にかけての作品ではないかという気がしました.やはりこの香雪美術館で見た中川一政の『鯰』を思い出さないわけにはいきませんでした.

そして70代で熊谷芸術はほぼ完成をみるようです.74歳の『ハルシャ菊』.冒頭の『猫』ほどには単純化されませんが,それでもディテールは省かれ,平坦な面で構成される画面には渋い味わいがあります.地面のカタツムリにもどこかほっとさせられます.池の『石亀』ののどかさ,ほとんど抽象と言ってもいい『白梅』の潔よさ.

こうした簡潔さに至るまでには,しかし人知れぬ苦闘があったに違いありません.観察に観察を重ねた末に,対象が相対化されてはじめて個別の猫はカッコ付きの「猫」となる.冒頭の『猫』のスケッチもそうですが,代表作の一つとされる『ヤキバノカエリ』にも構成を繰り返し検討したスケッチが残っています.自分の子どもの骨箱を持って帰る道すがらの様子を描いたもので,これほどの悲嘆はこうした相対化を通してしか描けなかったのではないだろうかとも思いました.

困難な人生であったろうと思いますが,晩年,同世代の友人が「もう真っ平だ」と言うのを聞いて,「いや俺は何度でも生きるよ」と言ったそうです.飄逸に見える作風の向こうに,芸術の力への信奉が垣間見えます.

「拝啓ルノワール先生 -梅原龍三郎が出会った西洋美術」展

ルノワールを師と仰いで親交の深かった梅原龍三郎の作品展.あべのハルカス美術館.

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昨年4月に京都でルノワール展を見て,楽しかったのだけど,さすがにほとんどずべてが女性像というのに少し食傷したのもまた事実でした.それで今回はちょっと迷ました.でも本展は梅原龍三郎との関係を解き明かすことが目的で,梅原の作品やルノワール以外の作品も出展されているということもあって,結局見に行くことにしたのでした.

展示は6つの区画に分けられています.
1.ルノワールとの出会い
2.梅原龍三郎 掌の小品
3.私蔵品から公的コレクションへ
4.交友と共鳴 梅原と時代,梅原の時代
5.ルノワールの死
6.ルノワールの遺産

梅原は1908年に渡仏してルノワールと会っていますが,1.では渡仏直後の時代の作品が多く集められています.「画をなすものは手ではない,眼である.観察すべし」.しかし必ずしもルノワールだけを追求したというわけではなく,『自画像』はフォービズム風.

2.では梅原自身が収集したルノワールの作品が中心に展示されていました.続く3.ではルノワールだけでなく,ドガやピカソも.私はルオーの『エバイ(びっくりした男)』と『聖書の風景』に惹かれます.いずれも晩年の作品で,若い頃の作品に見られた絶望的な苦しみの描出から解放され,穏やかな画風に行き着いたことがわかります.また,紀元前2000年頃のキュクラテス彫刻『ヴァイオリン型の女性偶像』は,モディリアニの作品かと思うような近代性を感じさせて見る者を驚かせます.

4.では,ルノワール以外にパリ時代に梅原と交友関係があったり影響を受けたと考えられる画家たちの作品です.マティス,ブラック,セザンヌ.そして再びピカソとルオー.ピサロとモネの印象主義絵画も含まれています.梅原は大津絵にも深い関心を持っていたようで,作者不詳の2点が展示されていました.

5.では何と言ってもルノワールの『パリスの審判』と,ほぼ同じ構図で描かれた梅原による同名作品が注目です.梅原の“模写”であると伝えられていますが,太い輪郭線や豪放なタッチ,素朴で活き活きした表情など,まったく異なった世界が描出されていて興味が尽きません.

最後の6.では,梅原晩年の作品を中心に,ルノワール自身やその作品との関連が示唆されます.本展では,ルノワールからの影響の大きさを知るというより,薫陶を受けたルノワールへの,梅原からの返答を見たような思いがしました.


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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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