モネ展 -『印象,日の出』から『睡蓮』まで

マルモッタン・モネ美術館の所蔵品展.京都市美術館.

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これまで様々なメディアで何度も何度も見たことがあるクロード・モネの『印象,日の出』.まさに“印象派”の語源となったこの作品と,初めての対面となりました.今回この作品は3週間しか公開されず,休日では到底落ち着いて鑑賞できそうにないので,思い切って平日午後から休みを取って京都へ出かけました.

最初の部屋には肖像画が並びます.モネの作品とともに,友人であったルノワールがモネやその最初の妻カミーユを描いた作品が掲げられています.モネの周辺の人々の紹介ですね.

10代のモネはカリカチュアを描いて有名だったそうです.今回も『とがった鼻を持つ若い女』とか『アドルフ・デヌリー』といった作品を見ることができました.後に印象派最大の巨匠となる画家の意外な出発点ですが,そんなシニカルな若造を,屋外へ出て風景画を描くよう導いたのはルアーブルの画家ウジェーヌ・ブーダンです.

モネの収集した他の画家の作品も展示されていて,そのブーダンをはじめとしてドラクロワやピサロ,シニャックの作品,加えてロダンの彫刻などもあり,これだけでも十分な見ものになっています.そしていよいよ風景画.海辺の断崖や花畑といった光を感じさせるモチーフが現われます.

展示の中心に置かれた『印象,日の出』には特別な照明が当てられ,あたかもそれだけが自ら光を放っているようでした.これまでTVや印刷物で見た色合いはもう少しくすんでいるように感じていましたが,こうして明るい光が当たると,光が当たっているのではなくてそれ自体が光っているように見えるのは驚きでした.絵具の盛られ方は予想以上に淡く,朝もやに柔らかく反射した光線が画面全体に広がって実体ある空気感を醸し出しています.

水面は揺らぎ,そこに映った朝日や逆光でシルエットとなった舟影も揺らいでいます.現在では文明の負の側面のイメージが強い工場の煙突群からの煙も同様に揺らぎ,これさえもが何とも言えない詩情を感じさせています.静謐な画面ながらも,その世界の中で動いていないものは何一つありません.事物は実体として目に入ってはきますが,それらは何か確固とした存在というより,遍在する何かの「綾」のようにも感じられます.

この時代のフランス画家たちは,多少なりとも当時のジャポニスムの影響下にあったと思われます.モネ自身もキモノを着た女性を描いたり,晩年にはジヴェルニーの水の庭に日本風の橋を作ってそれをモチーフに多くの作品を残しました.しかしこの『印象,日の出』には,そうした単なるモチーフを超えた深い東洋風の世界観を感じます.モネ自身がどの程度東洋思想に通じていたかはわかりませんが,モネが感じていた違いない世界の在り方への直観が,われわれの持っているものと実は近しいものではないかというのは,ファンの手前勝手すぎる感想でしょうか.

そして有名な睡蓮の連作群.時代が進み,老いたモネが視力に問題をかかえるようになるにつれ,次第に事物の形態はぼやけてゆき,最後には睡蓮だか何なのか判然としなくなります.活躍した時代は遡りますが,2年前に観たターナー展でも同じ変遷を見ました.数十年を隔てて光と色彩を追求した二人の画家が,同様の実験にたどり着き,それが後年の新しい芸術ムーブメントのさきがけとなるのは大変に興味深いことです.

見終わって外に出ると,空は晴れて季節を先取りするような暖かさ.今見た作品群を反芻するには好都合な気温の京都市内を,ぶらぶらと駅まで歩きました.



春らしくなってきた近郊公園散歩

サクラが咲いたらドライブしようなどと言っているようでは,本当のドライブ好きとは呼べないのかもしれません.この(世の中)3連休は土曜に仕事だったし,高速道路は混んでいそうで遠出の意欲がわかず,結局いつもの近場めぐりとなりました.

山間の森林公園へ行くと,春の訪れを告げる花々が控えめに咲いています.サンシュユ(山茱萸)は町中でも庭木として植えている人が結構いるようでよく見かけます.ミツマタは花房の外側から開いていくので,満開になる前はミニサイズのひまわりみたいに見えます.これらは黄色の花ですね.あとは菜の花か.コブシやモクレンの白い花はシックですね.

ソメイヨシノやウメもそうですが,葉をつける前に花を咲かせる植物は,まだ陽射しの弱い浅い春の印象が強いです.いつものように意味不明のものも含め,メモとして何枚か写真を貼っておきます.


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加藤健志 写真展:空から伝える目撃者

空撮による日本各地の風景写真.キャノンギャラリー梅田.

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上は写真展の案内はがきで,北海道襟裳岬を南から撮ったものです.これは我々のようにクルマでツーリングしている者にとっては反則とも言える視点で,岬と日高山脈の稜線は普通同時には目に入りません.

北海道では他に,厳冬期の能取岬を 北東の空から撮った写真が印象深かったです.周囲の海はぎっしりと流氷で埋め尽くされ,岬の駐車場や牧場は一面の雪原になっています.しかしあのアプローチの道はきちんと除雪され,黒い路面が見えていました.一面真っ白な雪に覆われた能取岬のあの場所に立っていることを想像しようとしましたが,四輪駆動車を運転している自分を思い浮かべることができず,そこで空想は終わりになりました.

去年の夏に行った野付半島は,地図でもその特異な地形が読み取れますが,上空からの鮮明な写真だと自分たちが実際に歩いた小径もはっきりわかります.海流と海底地形の精妙な相互作用でこうした不安定な砂州がぎりぎり維持されているという状況が,砂州の上にいるときよりも強く実感されます.

信州の草津白根山もありました.2014年の秋に訪れた場所です.その前というともう40年以上前のことで,その時は河口の縁からエメラルドグリーンの火口湖を直接見ることができました.中学生の私は,自然界にこんな美しいような怖ろしいような色があるのかと驚いたものです.現在ではずいぶん以前から火山性ガスで入山禁止,道路も通行はできますが停車禁止という状態なので,あの風景も空からしか目にすることはできません.

山口県の角島大橋は,Z4ではまだ行く機会に恵まれませんが,これまで何度か渡ったことがあります.橋の周囲に広がる浅瀬の色がすばらしい場所ですが,本展の空撮写真ではなぜかモノクロで撮影してありました.俯瞰したときの「形」を見せたかったのかもしれません.

全体として,空から撮影する意義が明確に感じられる作品と,それがあまりよくわからないものがあったように感じました.ただ,自分がよく知っている場所については,自分の肉眼で見た風景が脳内で3次元化されるような感覚が持てて面白かったですね.

ドライブレコーダーをリプレース(後編)

動画の画質についても大きな違いがあります.まずレンズの画角.BLWは水平65°で,現在の一般的なドラレコの中には,こんなに狭いものはないと思います.KENWOODは100°で,まず一般的か,これでもやや狭めかというところ.下の2枚のスナップショットは,上がBLW,下がKENWOODです.肉眼で見たときの遠近感に近いのはBLWの方だと思います.KENWOODは魚眼系レンズ特有の周縁部の歪みが顕著で,遠近感もかなり誇張されます.

万一の事故の際の記録映像を残すというドラレコ本来の目的からすれば,これくらい広い画角が必要なのかもしれませんが,絵柄を見てもわかるように,相当なデジタル加工を施されていることも含め,かなりの異界感で目が回りそうです.

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これまで,カーナビで自車位置が採れなくなる現象は,直前まで何ともなかったのに高速から下りてICのループをぐるっと一周すると,もうどこにいるかわからなくなるという具合でした.しばらくこの状態であちこち走ってみないと,大丈夫かどうかは断言できません.確認にはもうしばらく時間がかかりそうです.

ドラレコ本体の使い勝手に関しては,次の2点で本体ソフトウェアの改良を望みたいですね.

1.記録領域の分割を任意にしたい
 記憶領域として使うmicroSDカードは(1)通常録画,(2) 緊急録画,(3)駐車録画,(4)写真 の4領域に分割します.この分割設定が4パターンに決められてしまっていて,ユーザは任意に設定できません.緊急録画というのは,まさに事故が起こった時など,大きな加速度(減速度)がかかった時に,後でそのデータが上書きされてしまわないように通常記録領域とは別の領域に書き込むために設定されます.事故とまでいかなくても,たとえばちょっと思い切ってコーナーに突っ込んだ時,デフォルトだと約1.5Gの横Gがかかると“ピッ”と警告音がして,その時にメモリ上にあるスレッドのデータを緊急録画領域に書込みます.
 実際にこうしたことが起こることは稀なので,できるだけSDカードの容量を有効に使うためには通常録画の書込み領域を増やしたいのですが,最も割り当てを大きく取れる設定にしても,32GBを挿して最大20GB程度しか通常録画に使えません.これでは実質3時間20分の録画しか残らないことになります.この点は本当に何とかしてほしいですね.

2.1ファイルへの記録時間を任意に設定したい
 KENWOOD KNA-DR300では,1ファイルあたりの記録時間を 1分/3分/5分 の3通りに設定します.大容量のSDカードを挿して1日走ると,膨大な数のMOVファイルと,それに対応したNMEAファイルが生成されます.メインメモリの制約でしょうが,せめて[10分]が設定できるとありがたいですね.

それでも,GPSデータを受信できる機能が付いて,これまでとは違ったおもしろさがあります.ROUTE WATCHERというビューア・ソフトが付いてきて,それを使うと,PCがネットワークにつながっていればGoogle map上にルートをマップしてくれますし,精度は不明ながら位置と時間のデータから速度と加速度を算出して表示してくれます.画面のスナップショットなんか,うっかりこんなところに貼れませんね.

ただ,このROUTE WATCHER,管理者権限がないと動かないという何ソレなソフトです.私がインストールの方法を間違っているのかな.本当にただのビューアなのですが,このソフト上で複数のMOVファイルをNMEAファイルとセットでマージしてくれる機能を付けてくれないかなどと,欲張りなことを考えております.

ドライブレコーダーをリプレース(前編)

2011年の春からBLWのFDR5000-W120というドライブレコーダーを使ってきましたが,昨年の夏頃からカーナビとの干渉がひどくなりました.BLWに問い合わせをしましたが完全に無視されてしまったので,あきらめて今回リプレースしました.後継はKENWOODのKNA-DR300です.下の写真は左がBLW,右がKENWOOD.

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BLWはまず,設置で苦労しました.購入時に付いてきた取り付けステーは,吸盤の質が悪くて非常にしばしば落下しました.また,片持ちなので揺れが大きく,特に屋根を開けてフロントウィンドウ自体が片持ち梁状態になったときはまったく使い物になりませんでした.最終的には写真のようにリヒターのデュアル・サクション・マウントで支持し,何とか使えるようにしていましたが,何とも大袈裟で,特に助手席側からの視界が妨げられていました.

今回レプレースに当たって,カーナビとの干渉が起こらないこととともに,最も気にしたのがこの固定法の問題です.KNA-DR300も片持ちですが,腕の長さが短いので揺れても変位は少なそうです.電源はBLWと同じ5VをminiUSBで供給するので,配線はそのまま使えました.設置して実際に走ってみると,これまでとは雲泥の差.少なくとも普通の舗装路を走っている限りはまったく揺れは感じられません.
(続く)

キーロフ(マリインスキー)歌劇場管弦楽団の『春の祭典』

前エントリからの関連です.
ウリヤーナ・ロパートキナの所属するマリインスキー・バレエは,サンクトペテルブルクのマリインスキー歌劇場付属のバレエ団です.サンクトペテルブルクがソ連時代にはレニングラードと呼ばれていたように,マリインスキーもキーロフ・バレエと呼ばれていたのが,連邦崩壊後に元の名称に戻されたということらしい.

世界の5大バレエ団と呼ばれる中には,ロシアのバレエ団が二つ入っていて,一つがボリショイ,もう一つがこのマリインスキーです.もちろん付属のオーケストラも大変な実力がありますが,ワレリー・ゲルギエフがマリインスキー劇場の音楽監督・総裁になってからは,日本国内の公演ではこの管弦楽団の名前をよく耳にするようになった気がします.

ところで今の季節,特に二十四節気の「啓蟄」という言葉を聞く時期になると必ず思い出すのが『春の祭典』.原始主義時代のストラヴィンスキーが書いたバレエ曲の最高の成果と言っていいと思います.私も何枚かのディスクを持っていますが,マリインスキー関連という文脈でいくと,この超有名盤があります.


ストラヴィンスキー:春の祭典/スクリャービン:法悦の詩
クラシック音楽


指揮はもちろんゲルギエフで,1999年の録音.賛否両論かまびすしい演奏ですが,太陽に照らされた大地の匂いがむせかえり,聴いているこちらの身体の奥底からむずむずと得体の知れないエネルギーが湧き上がってくるようです.優秀な録音で,特にティンパニやグランカッサの生々しさ,金管楽器の輝かしさと,空間を感じさせる木管楽器の録り方が印象的です.ただ,CDのクレジットではオケの名称は「キーロフ・オーケストラ」となっていて,1999年になってもこう呼ばれていたのか,そのあたりの事情は私にはわかっていません.

この曲の初演は1913年,フランス・シャンゼリゼ劇場で,振付はもとマリインスキー・バレエでその天才を認められたヴァーツラフ・ニジンスキーです.この時は聴衆が支持・不支持に分れて大混乱となり,けが人まで出る騒ぎになったそうです.この曲が賛否両論を巻き起こすのはこの初演の時からの伝統みたいですね.争いは嫌いだけれども,音楽でそこまで熱くなれる時代に生きているというのは,それはそれで羨ましい気もします.

映画:ロパートキナ  -孤高の白鳥

ロシア・マリインスキー・バレエのプリンシパル,ウリヤーナ・ロパートキナのドキュメンタリー.マレーネ・イヨネスコ監督.シネ・リーブル梅田.このブログにはあまり似つかわしくない絵柄ではありますが,見たものはメモを残しておきましょう.

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能から現代舞踏に至るまで,身体表現芸術には関心を持っています.ライブで観たものの一部はこのブログの芸術・芸能カテゴリにメモを残しています.なぜすべてではないかというと,何か書けるほど理解できなかったからです.バレエはライブに行ったことはありませんが,TVで放映があると録画して観ています.歌舞伎やオペラに見向きもしてこなかったのとは対照的ですが,それでもバレエはやはり今のところ私の理解を超えた表現様式であることを認めざるをえません.

有名作曲家が作曲したバレエ音楽が存在することは知っていて,私がTV放映を観てきたのはそうしたものが多いのですが,この映画で知ったのは,必ずしもバレエのために作曲された音楽だけが用いられるわけではないということでした.私はそんなことも知らないほと無知なのですが,たとえばグスタフ・マーラーの有名な交響曲第5番のアダージェットを使った『病めるバラ』とか,エリック・サティの『3つのグノシエンヌ』による『ニュー・ダンス』とかは,曲をよく知っているだけに,より身体表現の方に集中できたように思います.

そう言えば-映画の途中でふと思い出したのですが-若い頃インド・ネパールを旅したとき,あるカフェで(それがどこだったかはもう記憶の彼方)甘ったるいチャイを飲んでいたら,近くのテーブルに座っていた西洋人の女の子(年齢も当時の私と同じくらい.美人だった)が,突然立ち上がってゆったりした動作で踊り始めたことがありました.店ではBGMはかかっていましたが,彼女は一人だったし,何が彼女をそうさせたのかわかりません.ただ,バレエみたいだと思ったことだけは覚えています.

こうした表現というのは彼女ら(彼ら)の身体に無意識のうちに刷り込まれているのかなと思うようになったのは,この時からです.何らかの感情をこうした形で解放できて羨ましいなとも思いました.スクリーンに映し出されるロパートキナのダンスを観ながら,クラシック・バレエは,彼ら固有のプリミティブな身体表現から出発して,それを極限まで洗練させたものなのかもしれないと,ぼんやり考えていました.

いつものように話が逸れましたが,見かけの美しさというよりは,内的な必然性に基づいた表現動作を,どうやって伝統様式の中に組み込んでいくのかはとても興味があります.このドキュメンタリーでも,その辺りの秘密のヒントがあればと思っていましたが,そう簡単ではありませんでした.

ロパートキナ自身はインタビューされても多弁とは言えず,話しながら自問するといった風です.かわりに登場する演出家やパートナーを務めたダンサーたちはとても雄弁ですが,結局ロパートキナの称賛に終始していて,核心に迫ったとは言い難いように感じました.準備のできた人が観ればまた違ったのだろうと思いますが.

バルネ・ウィラン 『ティルト』

先日,行きつけの理髪店でブルー・ミッチェルの『アウト・オブ・ザ・ブルー』を聴いた後,支払いをすませたらポイントが貯まったのでCDを1枚どうぞとのこと.トレイに入っていた5枚ほどの中から選んだのがこれ.


ティルト+6
ジャズ

バルネ・ウィランと言えばやはり,ルイ・マル監督の映画『死刑台のエレベーター』の音楽で,マイルスの相方としてバンドに加わったテナー・サックスプレーヤーという肩書きが最初に来るでしょうね.サントラ音楽だけ取り出して聴くと,それだけではどうなのかなと感じる部分も多いですが,やはり映画の各シーンとすごくマッチしているとは言えると思います.

フランス人です.この『ティルト』を録音した時はまだ20歳.1950~1960年代に,アメリカ本土で不遇をかこったジャズ・プレーヤーたちを非常に暖かく,また敬意を持って迎え入れたのがパリの聴衆や芸術家たちで,若いウィランもそうした人々の一人だったはずです.

この『ティルト』は1957年のウィランのメジャー・デビュー作.時期的には『死刑台のエレベーター』と相前後します.どちらの録音が先だったのか,ちょっと調べればわかるのでしょうけど,私は今知らないので即答できません.このアルバムでは前半は歌物や,ジャズマンオリジナルでも比較的よく知られた曲をビバップ風に演奏しています.特徴的なのは,後半をすべてセロニアス・モンクのオリジナル曲で固めたところです.

この録音の数年前,モンクがパリに来てジャズ・フェスで演奏したのを聴いたのでしょう.鮮烈だったでしょうね.モンクの音楽は今聴いても唯一無二で,この当時はさぞかしカッコ良かったのだろうと思います.もちろん同じホーン奏者がモンクの曲を演奏するといっても,エリック・ドルフィーと比較するのは適当ではありません.後年フリー・ジャスに接近したりもするウィランですが,基本的には保守的な演奏家と考えた方がいいようです.モンク・ミュージックの底抜けの楽天性や,そうであるからこその毒気などはかなり和らげられ,比較的耳なじみの良い音楽になっています.

もちろん,弱冠20歳の音楽としてはかなり成熟していて,意外にCDラックから取り出す機会が増えるかもしれません.1990年代には,おそらくそう感じた日本人プロデューサーが作ったウィラン再発見アルバムがいくつかリリースされました.それらは結局最晩年の記録となりました.私はと言えば,セロニアス・モンクのオリジナル・アルバムを聴き返したりしています.晩年のウィランは,今の私にはやや枯れすぎてるかな.

今年も早すぎた綾部山梅林(黒崎梅園)

「7分咲きで今が最高の見頃です」というのが梅林HPでのアナウンスでした.昨年もこれを見て行ったら(2015年2月28日)まったく早すぎたのですが,今年もまた同じ日に行くことになりました.まだ早いだろうとは思っていたのですが,天気も悪くないとなるとどうも待ちきれなくなります.

結局去年と同じく満開にはほど遠い状態.しかも去年より見通しがクリアでなく,この梅林の売りである海の風景もかなり霞んでしまっていました.片道100kmほどのドライブ.帰りは梅林からさらに西へ海岸沿いのR250を走ってみましたが,この辺りははいつもクルマがつながっていて楽しめません.メモとして梅林の写真だけ貼っておきます.

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Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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