マツダNDロードスターに触ってみた

ドキュメンタリー映画をよく見にいくシネ・リーブル梅田は,梅田スカイビルのタワーイーストに入っています.1月末にこの1階にマツダの直営ショールームができました.先日シネリーブル梅田で『ロイヤル・コンセルトヘボウ』を見た後,ちょっと立ち寄ってみました.来るときにNDが置いてあるのを見ていたからです.

まわりに誰もいなかったので,とりあえず運転席に座ってみました.センタートンネル側のフロアがボコッと盛り上がっているのに驚きました.排気系の補機類を収めるためのスペースがなかったんでしょうね.コンパクトな車体にするのに空間を切り詰めたことが,こうしたところからも伺われます.

グレードはRSで,足回りなども違うようですが,エンジン・トランスミッションやペダル配置などとともに実際に運転してみないと感触はわからないので座っただけではコメントしようもありません.シートについても,ちょっと座っただけで感想を言っていいほど単純なものではありません.ただ,幌の開閉が私でも着座したままできるようになったのは大きな進化ですね.

一通り見回してから車外に出てドアを閉めます.閉まり音は私のZ4よりはるかに上質です.オープンカーだからと言って手を抜いてませんね.国産車はこういうところはきわめて優秀なので,ストライカーの当たる金属音やドア内部の共振音で雑味があるZ4に較べると,コストのかけられない軽自動車でさえたいていはずっと良い音がします.去年ディーラーから借りた435iも,屋根付きなんだからもう少し頑張ってくれと言いたい出来でした.

話が完全に脱線しますが,E89-Z4運転席側ドアの閉まり音が低級なことは,私の買った個体だけでなくディーラーのショールームに置いてあるものでもまったく同じ音がするので,この程度だとBMWのデザイン・レビューには引っかからないのだと思います.きっと大して重視していないんでしょうね.

前へ行ってフードを開け,エンジンがキャビン側へこれでもかと突っ込まれているのを確認したあと,後へ回ってトランクを開けてみました.純粋なスポーツカーとしてみれば,おそらくこれで十分な容量だと思います.ただ私が自分で使うとなれば,やはりツーリングカーとして二人乗りで夏に10日間旅行できるということが前提になります.洗濯用の折りたたみバケツとか針金ハンガーとかも持って歩いているし,もしこのスペースで旅行するとなれば,おそらく登山並に荷物を減らし,パッキングにも相当気を遣うことになるでしょうね.でもそれはそれで面白いでしょう.制約があるほうが遊びは面白いですから.

トランク内の点検を終わり,閉めるときにまた音の評価をすることになります.ここでも,自分のZ4のトランクリッド閉まり音がとても低級であることを再確認することになりました.ドアと同じで,BMWではろくに評価していないのだと思います.よくBMWはエンジン屋だという言い方をしますが,官能評価をともなう車体品質の作り込みに熱心でないことは-少なくとも私のZ4を見る限り-否定できないようです.

また脱線してます.上で運転席側ドアの閉まり音のことを書きましたが,助手席ドアは納車時から閉めたときにボディとの間の面(つら)が合っておらず,気になってはいたものの,見ず知らずの人に「半ドアじゃないですか?」と言われるに至って直してもらった経緯があります.これは設計ではなく,製造時の品質(もちろん“ばらつきの少なさ”の意味)管理の問題です.

比較対象にされたZ4にはいい迷惑だったかもしれませんが,まあ自分で乗っているクルマだからいいでしょう.ドアやトランクを開け閉めしただけでもわかることはあります.とてもよく作り込まれた状態で世に出されたように感じました.次はぜひ自分で運転してみたいですね.ショールームの若い人に訊くと,未確認ながら,すでにレンタカーもあるとのこと.でもなあ.このクルマはMTで乗る以外あり得ないです.そんなレンタカー,あるんでしょうか.

ショールームの人とNDを見ながらそんな話をしていたら,いつの間にかたくさんのオッサンが群がってきていました.みんな関心あるんだよね.実際買うところまでなかなか行かないけど.でもその中に混じって若者も.いいぞ,君たちこそこういうクルマに乗ってくれ.

映画 『写真家ソール・ライター』

1940年代からニューヨークで活動した写真家.カラー写真の先駆者で,有名ファッション誌の表紙なども手がけましたが,主な被写体は街の風景や人々です.1980年代に一線から退いていましたが,ドイツの出版社に再発見されて再びブレーク.90歳に近づいた老写真家の日常を追いながらのインタビュー.テアトル梅田.

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よれよれのダンガリー・シャツにだぶだぶのズボン.髪もくしゃくしゃであまり風呂にも入っていなさそう.ドキュメンタリーとは言え,およそ被写体には似つかわしくない老人.その男がカメラに向って,「オレなんか撮ってどうすんだ」と面倒くさそうに言っているところから映画は始まります.

サブタイトルは"In No Great Hurry 13 Lessons(邦題:急がない人生で見つけた13のこと)"となっていて,顕著な業績を残した人物の穏やかな老境に学ぶといった雰囲気があります.しかし冒頭からも明らかなように,老写真家は皮肉っぽく,意味なく長く笑い,時にインタビュアーの質問に無知や鈍感さを見出して怒りを露わにします.私にとっては決して心和むような映画ではありません.

シーンの多くは,写真家の部屋にきちんと整理されないまま保存されている大量のネガやポジ,さらには他人にはがらくたにしか見えないが本人にとっては重要な思いの対象となる品々を発掘し,あるものは片付け(かえって散らかしているようにしか見えないが),あるものは捨てるという作業に割かれています.そうした中で,写真家が過去に一緒に暮らした女性の死が,いまだに重荷となっていることが明らかになってきます.

この女性がすでに亡くなっていることは何度か写真家自身が口にしていますが,あるとき「バケツを蹴った(kicked the bucket)」という言い方をしたので,もしかしたら自ら命を絶ったのかもしれません.英語のネイティブではないインタビュアーに向って"kick the bucket"の意味が通じているか確認していたので,単に「死んだ」のスラングとして使ったのではない気がしました.

いずれにしても,この女性の死に関して写真家自身が責任を感じていることは確かで,今では一見好々爺然としているようで上述のような敏感さを残しているところからも,もっと若い頃の複雑な性格と困難な私生活が推察されます.自分で自分をcrazy(壊れてる)と言っていますしね.

このドキュメンタリーの陰の部分から書いてしまいましたが,老写真家は今でもカメラ(本当にごく普通のデジタルカメラ)を持って街に出てスナップ写真を撮り続けています.そうしたところは明るくリラックスしていて微笑ましい.90歳手前にしてはすばらしく活発と言えます.街の人たちがこの老人のことをどれだけ知っているのかよくわかりませんが,ずっと同じ所に住んでいて地域の人たちとのつながりは深いようです.

こうしたところを捉えて,「急がない人生~」というタイトルにしたと思いますが,上でも言ったようにこの人自身の内面の陰影・コントラストは強いものがあります.90年近く創造の分野で生きてくれば,明暗があって当然でしょう.どちらがより強く訴えかけてくるかは,観る人によるでしょうね.

映画を見終わって帰ってきてから,amazonで写真集を買いました.ソール・ライターの「再発見」につながったシュタイデル社のハードバックは高価ですが,まずはこの安価なペーパーバックで十分にライター芸術を堪能できます.水滴の流れ下る窓ガラス越しの人影,雪景色にほんの一部にだけ見えている赤い傘.初期のモノクロのヌード写真もすばらしいです.しかもどの写真にも豊かな詩情があり,こんなものが写真になるのかと,自分を取り巻く世界を愛すべきものとして再発見し,眼と心が洗われます.


Saul Leiter (Photofile)
書籍


インタビューの中で,写真家は「私の好きなのは,一見何も写っていないようでいて,画面のどこかに密かな謎があるような写真だ」と語っていました.まさにその通りの作品が目白押しです.作品をよく見たら,もう一度この写真家の言葉を聞きたくなりました.残念ながら,この映画が制作された翌年に死去.自分はおそらく幸福ではなかったでしょうが,私たちを幸福にしてくれる多くの作品を残してくれました.

Z4法定一年点検

Z4を定期点検に出しました.今回も特に問題はなく,オイルやフィルター関係で以下の定期交換だけ.バッテリーは前回交換から3年経っているので,もうそろそろかなと覚悟していましたが,まだ大丈夫とのことでほっとしました.ただし,これまでは納車時のBMWサービス・インクルーシブ契約に基づいてこうした消耗品はすべて無料で交換してもらってきましたが,その契約が5年で切れたため,今回はすべて有料です.合計で約7万円.厳しい...

○エンジンオイル,フィルター交換
○エアコンフィルター交換
○ブレーキオイル交換

現在のデータは次の通りです.

  走行距離:41,143km
  Fブレーキパッド残量:L 11mm,R 11mm
  Rブレーキパッド残量:L 10mm,R 10mm
  Fタイヤ残量:L 4.5mm,R 4.5mm
  Rタイヤ残量:L 3.0mm,R 3.0mm

昨年3月に車検を通してから11ヶ月で8,775km走っています.相変わらずブレーキパッドは減りません.この分だとパッド交換せずに10万kmは余裕で走れそうです.タイヤは,残り溝だけからみるとまだ乗れそうですが,サービスさんにはフロントのショルダー(外側)がもう厳しいので,そろそろ替えた方がいいとアドバイスがありました.

FRに乗っていてフロントタイヤのショルダーから減るのは,加減速をあまりしないわりにコーナーではそこそこの横Gがかかった状態で走っていることを意味すると思います.ブレーキパッドがほとんど減らないこととも関係あるでしょうね.納車時に履いていたポテンザRE050は18,000kmでリアから摩耗して交換しました.買ってしばらくはエンジンに力があるのが嬉しくてアクセルを深く踏んでいたのが,直近の2万キロではコーナリングの愉しみに変わってきているようです.そろそろ次のタイヤのことを考えなければ.

理髪店で聴いたジャズ -「アウト・オブ・ザ・ブルー」 ブルー・ミッチェル 

ジャズのトランペッターと言えば,ここにはマイルス・デイヴィスでさえアルバム単位では一度も採り上げていないのに,ブルー・ミッチェルはこれで2枚目です.やはり好きなんでしょう.1958年12月録音.


アウト・オブ・ザ・ブルー+1
ジャズ

もっとも,マイルスのアルバム,特に名高いマラソン・セッションとか第2期のクインテットなどは,昔のジャズ喫茶なんかでも実はあんまりかかってなかったような気がします.まあコアなジャズファンにしてみれば,みんな聴いている一方でやや格調が高すぎるきらいもあるというところでしょうかね.

そうしたある意味「偉すぎる」作品に較べて,ブルー・ミッチェルのリーダー作などは,派手さはないし,もちろんジャズ史に残るといった転換点を示すものでもないけれど,特に日本のジャズファンの琴線に触れる特質をもっていて愛すべきところが多い気がします.

このアルバムの1曲目の『Blues On My Mind』からしてレイジーなブルースで,A面1曲目にこうした曲が置かれていること自体,いわゆる名盤の資格を欠いていると言えます.しかし,骨の髄からのジャズ好きにはこういうのもいいんですね.まあ天邪鬼というか.共演しているベニー・ゴルソンの書いた曲で,この曲に限ってはゴルソンのソロも曲想にマッチしたもので受け入れやすい演奏になっています.

2曲目の『It Could Happen To You』.ミッチェルはミュートを付けて演奏しており,クインテット編成であることからも,マイルスのアルバム「Relaxin'」を思い出さないジャズファンはいないと思います.マイルスの録音自体は1956年の5月と10月ですが,アルバムが発売されたのは1958年になってからです.もちろんミッチェルはこのアルバムを聴いていたと推測されますので,極めて短期間のうちに同じ曲を同じ編成で録音したことになります.

この曲でのミッチェルの演奏は,快活きわまりないマイルスに較べてややテンポが遅く,ソロのもっている印象も暗めです.1956年5月の時点ではまだぎこちなさの残るコルトレーンに対し,ゴルソンのソロはさすがに経歴を感じさせるものですが,だんだん音数が多くなってくるといつものように何かうるさい感じ.

3曲目の『Boomerang』はビ・バップ期の名トランペッター,クラーク・テリーの作.名曲です.冒頭のトランペットとテナーのユニゾンがかっこいい.先発のゴルソンもまずまず,ミッチェルのソロはここでは明るく快調そのものです.ピアノのウィントン・ケリーの躍動感もいいし,短いながらブレイキーのドラム・ソロも入っています.

そして4曲目.LPではB面1曲目にあたるこのミッチェルのオリジナル曲『Sweet-Cakes』における彼のソロこそ,本アルバム最高の聴き所です.とにかくこの乾いた哀感に彩られた文脈がすばらしい.そもそもの最初にも書いたように,誰が何と言おうと強固なB面1曲目党の私は,テーマがクサかろうがソロが陰鬱だろうが,この曲をいまだ熱烈に支持します.

この曲を聴いたあとで,5曲目の美しいバラード『Missing You』がまたいい.このアルバムでは,ベーシストは歌物ではポール・チェンバース,ファンキーな曲ではサム・ジョーンズと,二人の音色やフレージングの特質を活かした起用がなされていて,こうしたところも好感が持てます.

最後はポピュラーな『When The Saints Go Marching In(聖者が街にやってくる)』.ヘンなところに耳が行くようですが,直前のバラードで神々しいとさえ表現したくなるようなチェンバースのベースを聴いた後,その同じ彼が出すここでの強靱な音にまた深い感銘を受けることになります.

私にとっては,いろいろな視点から味わい深い1枚です.万人にお勧めというわけではないけれど.

紀伊半島南岸ツアー(紀伊大島・海金剛・樫野崎灯台-帰路)

潮岬灯台からさらにK41号を反時計回りに進み,紀伊大島に渡ることにします.海岸線に出た所でループ橋が見えました.


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樫野崎灯台へ行く前に海金剛へ.ここは楯ヶ崎とまでは言わないまでも,南紀では指折りの絶景ポイントの一つだと思うのですが,いつ来てもあまり人がいません.アプローチの道が少し狭く,大型観光バスなどは入りにくいし,樫野崎灯台やトルコ軍艦遭難慰霊碑が近くにあるけれど,そこから歩いてくるには少し遠いということもあるのかもしれません.この鋭角三角形の再帰構造的風景は魅力的だと思うのですが.


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まだ3時前ですが,昼を過ぎると日が傾くのはやはり早く,ここでもまだ2月であることを思い出します.西側は逆光でまぶしく,写真はコントラストを低減させてもこの通りです.

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樫野崎灯台へやってきました.日本最古の石造り灯台.潮岬灯台と同じく8基の条約灯台のうちの一つです.こんなに近接した場所に2基の灯台を建設したということ自体,この辺りの海がいかに航行の難所であったかを示しています.明治3年初点灯.光達距離34km.


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抜けるような青空に白亜の灯台.空の濃さを大きく入れたくて広角レンズで撮ったので,灯台の形状自体はややファットになってしまいました.らせん階段を上って台上へ出ると,さっきの潮岬灯台とは違ってこちらは高度感はあまりありません.気持ちに余裕をもって360度を眺められます.遭難したエルトゥールル号の乗組員は,真夜中の風雨の中この海岸に泳ぎ着き,さらにこの岩壁をよじ登ってきたと伝えられています.


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そんな厳しい情景を思い浮かべていたら,あれっ.下に桜らしき花が咲いているじゃないかと気付いてしまいました.今まで暗く荒れた海が目の前にあったのに,まあ私の想像上の共感なんてこの程度のものか.

いや,やはり今開いている花を見ることこそ重要です.灯台から下り,石垣の外へ回ってみたら,寒桜ですね.先日白崎海岸で水仙を見ることができなかったので,ここなら見られるかと少し期待していましたがすでにほぼ終わり.そのかわりにサクラを見ることができるとは予想外でした.


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陽がさらに傾いてきました.そろそろ戻ることにします.こんな好天にここに来られることはもうないかも知れません.駐車場へ戻る道すがら,海の色はますます鮮やかになったように思えました.


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帰路も来たときと同様旧道を走り,日置川ICで自動車道に乗りましたが,すぐに事故渋滞11kmの標識を見たため南紀田辺でOut.広川まで淡々と下道を走りました.時間はかかりましたが,おかげで海の夕景を堪能できました.


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紀伊半島南岸ツアー(往路-志原海岸・潮岬灯台)

今年になってから休日が好天になることが多く,2月11日憲法記念日も近畿地方全域で晴れ予報.しかもだいぶ暖かいらしい.週の真ん中木曜日で疲れ気味だし,次の土曜も出勤予定でしたが,これはぐずぐず言っている場合ではない.こういう時こそ燦々と降り注ぐ太陽光が必要だというわけで,朝7時過ぎに今年3回目の和歌山県最南端へ向けて出発.

いつもの阪神高速湾岸線から阪和道へ.湯浅御坊道路から紀勢自動車道がすさみ南まで延伸され,紀伊半島南岸は随分近くなりました.しかしここはできるだけ海岸線を走りたいところなので,どこまで行こうか考えた末,まずは志原海岸に寄ることにして,無料区間の日置川ICで一般道へ.R42を少し戻ると道の駅に着きました.Z4を置いて海岸へ出てみます.

ここは,南紀熊野ジオパークに認定されたサイトで,海食洞などの特徴ある海岸地形が見られるそうです.あちこち歩き回ってみたかったのですが,駐車場すぐ前の海岸でも,畳状の岩が敷きつめられたようになっており,浅瀬の海水が美しくて楽しめました.次は干潮の時刻をみて来たいと思います.あまりここで時間を使うと遅くなるので,30分ほどで出発.


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R42を南下します.自動車道ができたせいか,すさみ辺りの一般道のクルマは少ない気がします.アップダウンを繰り返しながら,海岸線のワインディングロードを快調に進むと,ほどなくイノブータンランドの道の駅に着きました.


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ここに来るのは10年ぶり.前に来た時はあんなに混んでいたのに,やはり新道が通って旧道を走るクルマがいなくなると淋しいものです.ツーリング中のバイク乗りが数人いただけでした.要するに,今ここを通るのは,ただ走りたいから走るという物好きな連中だけです.

ここから時間にして数分間は,完全にマイペースで独走.紀勢道すさみ南ICへの取り付け道であるK36との交差点でICから下りてきたクルマが大挙して合流し,ここでDriving Heavenはおしまい.ミニバンの後についてしばらく走り,和深で少し早めの昼食にしました.

R42から潮岬を周回するK41へ右折.岬の西岸からアプローチ.どういう訳か,私はこれまで潮岬へは来たことがありません.途中,灯台が見える展望スペースで.荒々しい岩礁風景に,荒天時の様子が想像されます.


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灯台直近の駐車場は有料でした.未舗装のスペースにZ4を駐めて歩きます.とにかく明るいです.雲一つなく,気温は14℃ほど.岬にある民家(だろうと思います)の石垣の頑丈そうなことに驚きます.この日の穏やかさからは想像できないような,激しい風雨にさらされる環境であることを物語っています.


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そして潮岬灯台着.江戸幕府が英仏蘭米4カ国と結んだ条約で建設を約束した八灯台の一つ.明治6年点灯.当初は木造(!)でしたが,明治11年には現在の石造りに改築されたとのこと.光達距離35km.

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らせん階段を68段上り,最後は梯子で台上へ.狭い扉から外へ出ると,南側の展望が広々とひらけています.船舶が何隻も見え,まさに海上交通の要衝らしい眺め.それにしても,手すりがあるとは言え台上は一人通るのがやっとで,すれ違いは不可能.高いところは苦手です.


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灯台入口前の古木.このような過酷な環境によく耐えたものです.ねじくれた幹,露出した根.風格があります.反対側には潮御崎神社への参道がついていて,花山法皇と白河天皇の歌碑があります.こんなに明るく暖かいと初夏のような気分ですが,椿が咲いているのを見て我に返ります.


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鳥居をくぐり,階段を上ると,先ほどの民家で見たような強大な石垣がここにも.その奥に社が守られています.


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社からさらに奥へ踏み跡が続いているので,ちょっと進んでみました.灌木に囲まれているから何とか歩く気になりますが,切立った断崖の上の道です.枝の隙間から海面を覗き込むと,岩礁の浅瀬が太陽に照らされてすばらしい色をしていました.


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駐車場に戻ってきました.脇にある桜の木.幹が根元から分かれていて,これも風雨のなせる技でしょうか.至る所にあるウバメガシとともに,生命感の溢れた植物をたくさん見ました.



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映画 『ロイヤル・コンセルトヘボウ』

オランダ王立オーケストラ-ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(RCO)の世界ツアーに帯同したドキュメンタリー.シネリーブル梅田.

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世界第一級オケの活動とメンバーの飾らない日常を直接描写すると同時に,RCOが巡った各都市で,その演奏を聴きに来た人々の内面に迫ることによって,音楽活動の意味深さを伝えようとしています.

最初はアルゼンチンのブエノスアイレス.観客の一人はタクシーの運転手.客を乗せていないときは車内でクラシック音楽を流しています.家族を持ってはいるし仕事仲間とのつきあいもあるのだけれど,自尊心の高い彼は基本的に孤独な人間です.その孤独感と共存し,自分が自分であるために絶対的に欠かせないものとして,クラシック音楽があることをインタビューに対して答えます.

南アフリカのヨハネスブルク.治安の悪いソウェト地区で音楽に夢中な少女.スチール・ドラムを演奏していて,RCOの子供向け企画に参加し,『ピーターと狼』を聴きます.暴力が日常的な町に住み,インタビューに対して,できるならこんなところに住みたくはないと答えます.しかしこの過酷な境遇を受け入れ,将来の希望を捨てずに持っている.

またここでは,黒人の子供たちを指導する音楽教師も登場します.子供の頃に聴いたユーディ・メニューインの演奏が契機となって音楽を志しますが,貧しい黒人の少年を指導してくれる白人教師はほとんどいなかったと述懐します.時折指導してもらえる時でも,人目をはばかって裏口から入ることを命じられたそうです.その中でユダヤ人教師だけが,同様に差別を受け続けてきた者として,表玄関から堂々と入ることを許してくれたと.

そしてロシアのサンクトペテルブルク.ソ連時代のレニングラード.RCOの首席コントラバス奏者が,ショスタコーヴィチの交響曲第10番の冒頭部分を弾いてみせます.そして,この曲が,スターリンの恐怖政治を暗に表現・弾劾するものであることを解説します.続いてソ連時代に強制収容所に入れられた体験をもつ老人が登場します.この人の父はスターリンの大粛清時に官憲に連行され,処刑されたことが後にわかったそうです.祖母はグスタフ・マーラー自身がこの町に来て指揮したときの公演を聴いたとのこと.この老人が,今回の公演でマーラーの交響曲第2番「復活」を聴いて涙を流す場面で,映画が閉じられます.

全体として,音楽の聴き手の重荷感がやや強調されすぎた印象はありますが,監督エディ・ホニグマンがポーランド系ユダヤ人であることからくる特質なのだと思います.一方で,映画冒頭,ブルックナーの交響曲第7番第2楽章で1回だけシンバルを鳴らすためにその瞬間を待ち続ける打楽器奏者のインタビューや,上でも触れたコントラバス奏者の特定の曲に対する強い思いが聴き取れるところなどは楽しいですね.断片的に取り込まれている演奏シーンからも,この監督の音楽好きがよくわかります.演奏する側,それを聴く側,それぞれに対する共感に満ちた映像作品です.

ドメニコ・スカルラッティのピアノソナタ集

最近は美術展に行くと必ず音声ガイドを借りるようになりました.料金はどこでも600円のことが多いですが,知識をもって鑑賞しているわけではない私のような者にとっては,鑑賞のための一つの視座を与えてもらうことで,ただ眺めていては気づかないことにも意識が向くようになってありがたいものです.

先日見に行ったジョルジョ・モランディ展でも,いつもと同じくガイドを借りました.ガイド役は京都大学大学院の岡田温司氏と,兵庫県立美術館学芸員の江上ゆかさんですが,二人ともこの画家に対する愛情と敬意が感じられ,かつ専門家らしく余計な色付けのない解説ぶりで大変好感が持てました.こういうところはやはり俳優など使わない方がいいですね.

ところで,この時の音声ガイドのバックに流れていた音楽が大変品格の高いピアノ曲で,どこかで聴いた気はするけど誰の作かわからなくて気になっていたのでしたが,そのうちよく知っている曲が鳴り,そこでやっとこれがドメニコ・スカルラッティ作曲の鍵盤曲であることがわかりました.

スカルラッティはバッハやヘンデルと同じ年の生まれで,数百曲におよぶ鍵盤曲を作曲しました.わざわざ鍵盤曲というのは,この時代はまだ現代ピアノに相当する楽器は存在せず,チェンバロで演奏されることを想定して書かれましたが,現代ではやはりピアノで弾かれることも多いからです.

この作曲家の何百曲もあるソナタ形式の鍵盤曲をすべて私が知っているわけもなく,私が持っている下のCDで馴染んでいる曲が出てきてはじめてわかったという次第です.このディスクについては,以前少しだけ触れたことがあります



スカルラッティ:ソナタ集
クラシック音楽


同じイタリア人芸術家同士とはいえ,時代ははるかに隔てられています.印象主義の画家とドビュッシーを結びつけるのはまあわかりやすいとしても,モランディのバックにスカルラッティを持ってくるためには,やはりヨーロッパ芸術に通暁し,なおかつ彼ら二人の芸術が共有するものを見抜いている必要があります.

人間の物語とは少し距離を置き,一方はチェンバロという鍵盤楽器で響きの可能性を追求し,他方は極めて限定されたモチーフを通して純粋な光と色と形の関係を理解しようとした.生み出された作品はどちらも静謐で,気高い精神の存在を感じさせるという特質を持っています.音楽と絵画という様式は違っても,彼らは200年という時を隔てた双生児のようです.


白崎海岸の水仙群生地へ(後編)

後編と言うほどでもない,残りの行程です.

水仙畑からは南に展望が開けて,いくつかの岬と島が見渡せます.地図で確認すると,手前から下山鼻,蟻島,小浦崎.そして一番奥に日の岬が隠れています.見慣れた1本風車がここからも確認できました.これからあそこへ行ってみようかどうしようか.

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ここで持っていった昼を食べ,しばらく海を眺めてから戻りました.広場の端に展望台があるので登ってみます.ここからは立木に一部邪魔されているものの,白崎自然公園の岩隗がよく見えています.駐車場のクルマや,展望台に上るためのらせん階段も確認できます.

逆に北側の湾越しには,1月の明恵上人ツアーで施無畏寺や白上山から見た島々が望めます.施無畏寺から見たときはシルエットでしたが,こちらからは順光になるのでディテールがよくわかります.きっと白上山も見えているのでしょうが,どこかは判然としませんでした.

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展望台から下りてZ4のエンジンをかけ,やはり今見た海洋公園へ行くことにしました.5分で着いた駐車場は,クルマでいっぱいでした.それにしても,やはりここは異様な空間です.白い岩壁は,見ようによっては無造作にコンクリートをまき散らして固めたように見えなくもありません.

さっき上から見えていたらせん階段を上り,白と青の世界へ.前に来たときと同様,すばらしい快晴で,コントラストがくっきり.ちょっと怖ろしい気もします.私にはキレイとキモチワルイが相半ばという印象ですが,確かに他ではあまりお目にかかったことのない景観ではありますね.

日の岬は先日も行ったので,結局この日はやめにしました.帰路について,このまま県道24号→23号を北東に進むことも考えましたが,狭い箇所もあってそれほど快走路というわけでもなかったことを思い出し,来た時と同じ道を帰ることにしました.広川までのR42は空いていると楽しいんですが,この日も前をブロックされて結局のんびりしたペースとなりました.

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白崎海岸の水仙群生地へ(前編)

この時期,昨年は淡路島の灘黒岩水仙郷へ行ってみました.花は満開でしたが,メジャーな観光地でとにかく人が多かった.今年はもう少し静かな春の予兆を求めて,白崎海岸へ行ってみることにしました.

1月の明恵上人ツアーに続き,再び和歌山です.先日同様,快晴の阪神高速湾岸線を走り,阪和道を経て広川ICまで.R42を由良へ向けて進み,「里」の交差点を右折して「白崎海岸」の標識に従ってしばらく走ると,大引の浜に出ました.海沿いを北上していくと,すぐにこの地域独特の景観である白い石灰岩の奇岩群が現われてきます.

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ロッジが並ぶ白崎海洋公園の入り口を過ぎると道はすぐ登りになり,登り切ったところに白崎海岸県立自然公園の看板があります.ここは人馴れしたタヌキが現われるのであちこちのブログで採り上げられています.私達が数年前の秋に来たときにも,人がエサを与えるせいで丸々と太った二匹がすぐそばまで寄ってきました.この日はさすがに寒いのか,姿を現しませんでしたが.

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しかし寒いと言ってもそこは和歌山.この日の気温は12℃くらいまで上がり,日なたにいると春を先取りした気分でした.この広場から下へ向かう斜面に水仙が群生しており,遊歩道も付けられていましたが肝心の花はそれほど開いていません.

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この辺で水仙の群生地として知られているのは,ここから少し登ったところにある白崎青少年の家付近のようです.標識に従って急坂を登り,Z4を駐車場に駐めました.キャンプ場の方へ歩いて行くと,出会った施設の人がすまなそうに「ここ2,3年水仙はまったくダメで,今年はついに植え替えたんですよ」と話してくれました.

とりあえず行ってみようと,教えてもらった方へ山道を歩くと,(かつての)群生地は確かに水仙の株の間に地面が見える残念な様子になっていました.しかも「野生」の表示はもう外さなければなりませんね.植え替えたんだから.

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まばらに花が咲いているなか,できるだけ密集したように写真を撮っておきました.それでもここはとても静かで,しかも眺めが良くていい.暖かくて眠たくなりました.


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今度も2回に分ける必要はありませんが,写真を貼るのが面倒になったので一休みして後編へ.



プロフィール

choby

Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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