自宅ネットワークのケーブルモデムとBBルーター交換

自宅のネットワーク環境がダウンしてしまい,外との接続ができなくなっておりました.

自宅にはデスクトップPC(自分用,Win7とCentOS)とノートPC(主に妻用,Win7)が1台ずつ,モノクロレーザープリンタとインクジェットカラープリンタが1台ずつ,計4台の機器を有線LANで接続して使っています.一時期Raspberry Piで遊んだことがありましたが,これは常時接続はしていません.一応最小単位のオフィスのような体裁になっています.ISPへはケーブルTVと共用の線で接続していて,この態勢で8年くらいになります.

しばらく前から,起動した後DHCPでIPアドレスを取得しに行くのに失敗したり,取得できてもその後の接続が不安定だったりするようになっていました.ケーブルモデムかルーターかどちらかが故障していると思い,切り分けようとしましたが,いつもつながらない訳ではないのでどうもはっきりしません.

ケーブルTVの管理会社に電話したら,とりあえずそんな古いケーブルモデムは取り替えましょうということで,すぐに来てくれて無料で交換してくれました.住友電気工業の BCW620J という機種です.

しかしこれでも直らないので,それならルーターしかないという結論に.管理会社はこちらは面倒を見てくれないので,自分で購入しました.


BUFFALO 有線BBルータ ハイエンドセキュリティモデル [BBR-4HG]
家電・PC


これで問題なくつながるようになりました.プリンタもローカル接続ではなくネットワークに接続して両方のPCから出力できるようにしていたのが災いして印刷もできなくなっていましたが,これで解決しました.ごく短時間とはいえ自宅PCもほぼ毎日使うので,トラブルがあると気になります.



広域基幹林道若狭幹線

この秋はまた信州へ行きたかったのだけれど,せめて3日連続の休みがないと無理.今のところは難しそうです.とはいえ季節はオープンドライブに絶好.そこで天気の良かった土曜日に一人で若狭へ出かけました.標題の林道はツーリングマップルに紹介がある道で,ダート区間をかなり走るようですが,眺望が良さそうなので以前から行ってみたかったわけです.

R162を北上して小浜まで行き,エンゼルラインへの取り付き道が分かれる阿納尻三叉路から少し先に林道入り口を見つけました.8割方通行止めだろう,そしたら春に行った常神半島に向かおうと思っていたら,そのまま入線できてしまいました.しばらくは舗装されていますが,すぐにダートになります.ほとんど手入れはされておらず,至る所で法面が小さく崩落して落石が転がっています.

さすがにクルマを降りて石をどけるようなことはせずに済みましたが,雨天時の流水によって道の進行方向が削られている場所も多く,ロードクリアランスの小さいZ4ではかなり気を遣いながらの走行となります.落ち葉が堆積していて路面の状態がわかりにくい場所ではできるだけ迂回しますが,もともと狭路でマージンは少ないです.7,8分走ると開けた場所に出ました.土を盛って展望所にしてあります.ここには階段もなく,滑りやすい土の斜面を登ることになります.若狭湾に面する入り江の眺めが良いですが,この日はこの季節としてはかなり気温が高く,景色は霞んでしまっていました.それでも,10数キロ先にある常神半島の先端がかろうじて見えていました.


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ここからしばらく進むと,かなり整備された展望所に出ました.登ってみると,若狭湾とクルマを何とか一緒に撮すことができました.走った証拠です.

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この林道は阿納尻から世久見まで約22kmありますが,ここでやっと3分の1くらいかなと気合いを入れ直して少し進むと,あっさりと通行止めの看板が.そこから林道支線が海側の志積方面に降りていたので,残念と安堵が半々の気分でそちらをトレース.この支線はずっと舗装されていました.楽勝だなと思っていたら,鉄パイプでいきなり停められました.

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何ともマヌケな図ですが,要するに「入るな」という意味ですね.私はすでに入ってしまっているので,停止機材を一時脇へよけ,粛々と通過させていただきました.さらに下ってR162に出るときにもまた停止機材が置かれています.

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阿納尻で入るときには何の警告もなかったのですが,出ようとしたら2度も力仕事が必要でした.道路の管理者は基本的には通行禁止を意図しているのかも知れません.確かに林道では私以外にただの一人も見かけませんでした.

私が走った区間だけで言うと,オフロード車なら問題なく走れますが,オープン2シーターはお勧めしません.帰ってきてから泥だらけのZ4を洗車したら,室内からは小石,折れた木の枝,弱ったバッタなどが発見されました.オープンで木々の覆い被さるダートの林道を走るのは,それなりの覚悟が必要のようです.

常照皇寺から美山へ

もう先々週の話になりますが,よく晴れるという予報だったので,また京都方面へ行くことにしました.まずは桜の季節に2度行った常照皇寺.予報に反して,ちっとも晴れてきません.さすがにこの季節は人が少なく,駐車場には先客が1台だけ.ひっそりとした参道を登ります.

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それでもカエデの紅葉が少し始まっていました.花のない季節に来ても,この枝垂れ桜の古木の存在感は際立っています.境内にはフルサイズ一眼を持った若い人が一人撮影をして歩いていましたが,その人が出て行くと私達だけになりました.静かです.

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しばらく縁に座って庭を見て,山を下ります.次は美山へR162を北上.この道は何度も走っていますが,美山へ行くのは実は初めてです.安掛の辻を東へ.7~8分も走れば「かやぶきの里」へ到着します.堂々とした茅葺き民家が並んでいます.保存のために建物だけが残されているのかと思っていましたが,ちゃんと人が暮らしているんですね.

それにしても庭先に観光客が入ってくるのは良い感じはしないと思いますが,どうでしょうう.中には不調法な者もいると思います.ほおずきを集めていたおばさんとちょっと話した限りでは,それほど迷惑そうではありませんでしたが...茅葺き屋根の葺き替えは20年に一度で,700~800万円の費用がかかるそうです.維持は並大抵の覚悟ではできません.

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花はシュウカイドウ,コスモス,センニチソウとムラサキシキブの実.秋らしくなってきました.

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スウェーデン放送合唱団の無伴奏合唱を聴く

兵庫県立芸術文化センター大ホール.

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無伴奏の合唱は6月にイギリスのタリス・スコラーズを聴いたばかりですが,今回も世評の高いスウェーデン放送合唱団.演奏曲は以下.

モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス
J.S.バッハ:モテット「主に向かって新しき歌をうたえ」BWV225
アルヴォ・ペルト:トリオディオン
シェーンベルク:地には平和を op.13
- 休憩 -
ブラームス:祝辞と格言 op.109
マルタン:二重合唱のためのミサ曲

1曲目,モーツァルト最晩年の神品『アヴェ・ヴェルム・コルプス』が無伴奏で歌われると,この曲の純白がさらに透明さを増すようです.続いてバッハ.バッハの書いた6曲のモテットのうちの一曲ですが,速いパッセージでポリフォニーがやや混濁気味に聞こえました.今回は3階右前隅の席で,壁がそばにあったせいかもしれません.

これに続くのがペルト.バッハからさらに遡ったように響く瞬間があるように感じますが,精妙に構築された和声が一音進むごとに,微妙に異なった色合いの扉を次々と開けていくような風通しの良さがあります.そしてシェーンベルクの合唱曲が聴けるのもうれしいですね.演奏は困難だそうですが,最初期の合唱曲でまだ無調というわけではなく,現代曲としてはむしろわかりやすい部類に入るのではないでしょうか.

休憩をはさんで後半最初はブラームス.プログラムによると,1871年のドイツ帝国統一の祝賀行事とドイツ皇帝宣言の記念のために構想された曲とのこと.ある音楽評論家は,ブラームスの音楽は全部私小説だと言いましたが,大作曲家と認められた後はこうしたフォーマルな祝祭の場での献呈を想定したような作品もあるのですね.

最後はマルタン.キリエ-グローリア-クレド-サンクトゥス-アニュス・デイ と,伝統的なミサ曲でよく目にする構成になっているようです.作曲は1922年でれっきとした20世紀音楽ですが,美しい旋律と瑞々しい和声の進行で心に残りました.

振り返って,ペルト,シェーンベルク,マルタンといった20世紀の作曲家の作品が印象に残りました.へんな話ですが,クラシック音楽に詳しくないせいで,初めて聴く体験がたくさんできるのは歓びです.単にモノを知らないというだけのことなのですが,耳に馴染んだ音楽は,ライブで聴くときには「まさに音楽が今そこで生まれた」という印象が持てないと退屈です.そうした体験をするためには,まずもって良い演奏があるべきだし,さらに聴き手の私も耳を洗っておかなければなりません.初めて聴く時は,少なくとも知識に邪魔されることはありません.幼稚な感想しか持てなかったとしても-実際そうなのですが-それはそれで幸福なことだと思っています.



嵯峨野・地蔵院から槙尾・西明寺,栂尾・高山寺へ

京都の名刹には時々行きたくなるけれど,とにかく休日は混んでいて.ということで,空いていそうな(失礼),でも好きな・良さそうな寺をまわってみました.足はZ4です.京都市の西から北へ抜けるので,中心部は通りません.という言い訳をして許してもらうことにします.

1. 地蔵院
西芳寺(苔寺)の近くにあってあまり人の多くない臨済宗・地蔵院.10年以上前に一度来たことがあります.あのときは初夏の暑い日でしたが,方丈の畳の上に座り込んで庭を見ているうちに,とても爽やかな気分になったことをよく覚えています.またぜひ行ってみたいと思っていましたが,ずいぶん時間が経ってしまいました.

クルマを阪急上桂駅近くのコインパーキングに駐め,地蔵院までの1kmほどを歩きました.もしかしたら鈴虫寺の有料パーキングに駐めてもよかったかも.地蔵院山門は住宅地を通る道からやや奥まった所にあります.紅葉の時期は美しいでしょう.10月初旬ではまだまだです.

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地蔵院は竹林の寺として知られています.青竹って言うけれど,ほんとに青いんだと再確認しますね.放置された山林に拡がってくる竹は嫌われ者ですが,こうして維持され続けてきた竹林は,やはりこの嵯峨野周辺の景観を特徴付ける一種の清冽さを持っています.また,一面の苔も美しい寺ですね.

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方丈への門.ここから先は撮影禁止ですので庭の写真はありません.方丈へ上がると,禅寺らしく衝立には十牛図が描かれています.「ここで寝ないで」の注意書きが微笑ましい.ほんとに穏やかなので,寝転んでしまう人がいるのは頷けます.庭の樹木の配置にも厳しさはそれほど感じません.だから受け入れてもらえた感じがするのかもしれません.その庭先をのんびりと横切る猫.そうしたあれこれを眺めながら何を考えるともなく座っているのが好きですね.

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2.西明寺
白洲正子が,「本堂も,書院も,どっしりとした建物で,お庭も明るく,気持ちがいい寺なのに,いつも閑散としているのは,隣り合った二寺が有名すぎるのかも知れません」と書いている槙尾・西明寺.その二寺とは言うまでもなく神護寺と高山寺であって,私もこれら二つの寺にはさまれたこの西明寺には初めて来ました.

クルマは高山寺の広い無料パーキングに駐め,そこから車道を歩きます.路側帯がろくにない山道なので,クルマには気を遣います.数分歩いて車道から下りてゆき,清滝川にかかる橋を渡ると,西明寺への石段がその先に延びています.ここも紅葉の時期は美しいでしょう.

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石段を登り切ると,門の脇には杉の巨木と灯籠.清滝川が蛇行して削った山際に建てられているためか,広くはないけれど開放感ある寺ですね.

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もとは神護寺の一院であったとのことです.本尊の釈迦如来像やその右手に安置されている千手観音像は重文指定されています.縁へ出て庭を見ながらふと空を見上げると,澄んだ青に鱗雲.秋を感じますね.

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3.高山寺
ここまで来たので,好きな高山寺にはやはり行きます.この日は上まで登らず,石水院だけ.さすがに世界遺産の寺,紅葉にはまだだいぶ早いですが,10人以上の訪問者がありました.

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廂の間の善財童子像.

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石水院で見られるものののかで最も有名なのはやはり『鳥獣人物戯画』で,その次は『明恵上人樹上座禅図』だと思います.もちろん置いてあるのはいずれも複製です.あまり注目されないのがこの掛板に記された『阿留辺幾夜宇和(あるべきやうわ)』.明恵直筆だそうで,僧としての気持ちの持ち方や暮らし方を示しています.意外に細かいことが言われていて,ちょっと微笑ましい気もします.精神ののびやかさを保証するための形式の重要性が説かれていると見るべきかもしれません.

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手違いでまた素のボクスターに試乗してしまった話

2年ぶりにポルシェから試乗会のDMが来ました.行ってもほんの少ししか乗れないしなあ.と思いつつ,行ってしまいます.会場が近いし,それにボクスターは買うつもりがないとはいえない数少ないクルマの1台ですから.外観とスペックからみて買う気持ちのまったく起きないクルマには,世評が高いからといって試乗しても結局つまらない.ちなみに,私は美術館に行って絵を見るときも,多くの場合「これ買ってうちの壁に掛けたいかな?」と思って見ています.もっとも相手はあえて値段をつけるなら数億~数十億円のことも多いわけですが.

さて会場はこれまで芦屋マリーナでしたが,今回はLAA関西という中古車のオークション会場.明らかに芦屋の方が高級感がありました.来場者のクルマが爆音を立てていたりすることも多く,また試乗車自体にも排気音を大きくするようなステキな機構がついていたりして,苦情でマリーナから追い出されたのかも知れませんね.

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今回はボクスターSに乗ってみようと思っていました.3年前,現行ボクスターが発表されてすぐに素のボクスターには乗ってみたので,Sはどの程度違うのか.召集がかかってすぐに受付へ向ったため,最初に試乗できることになりました.担当者と一緒にクルマに向います.白の車体に赤い幌.ただし左ハンドルがちょっと抵抗がありますが,これはまあ何とかなるでしょう.

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いつもの通り,往路は担当さんが運転してくれます.助手席に座っていても車体の軽さ,向きが変わる速さを感じるのは前に乗った通り.運転を替わってもらい,自分でハンドルを握ります.しかし,走り出してすぐ,あれ,あんまり変らないなと思いました.回さないとダメかな思い,高速へ乗ってからある程度エンジンの回転数を上げてみましたが,印象はやっぱり「こんなものかな」.

でも,その時はまだこれがSだと信じていたので,そのまま戻ってきてクルマから降り,後ろにまわって絶句.

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変らないのは当たり前でした.何のことはない,素のボクスターにまた試乗していたわけです.Sで標準装備となっているはずの赤いブレーキキャリパーも目立っていたし,何の疑いもありませんでした.やれやれ.何のために行ったんだか."S"に乗りたいとはっきり伝えたつもりだったんですがね.

まあしかし,素のボクスターに関して2012年に感じたことはほぼ今回もその通りでした.やっぱりもう少しトルクがほしいかな.でもこのクルマにも近いうちにターボエンジンが載るかも知れません.そうなったらかなり違う性格になるでしょう.その時はその時でまた何か言いたくなるのかも知れませんね.

五穀豊穣を寿ぐ 三番叟

兵庫県立芸術文化センター中ホール.

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私の音楽鑑賞のホームグラウンドである芸文センター.阪神淡路大震災からの復興プロジェクトの一環として開館したのが震災10年後の2005年.今年はそれから10周年です.運営は大変うまくいっているようで,客席は(少なくとも私が観に来るものについては)いつも一杯です.人気がある演奏家の公演は,インターネット予約でも急がないとあっという間に良い席が確保されてしまう状況です.関係者の努力が実ったと言っていいですね.

さてその10周年を寿ぐとして,野村萬斎が「三番叟」を演じるというので観に行きました.祝賀の能・別格の能として最上位に位置づけられる「翁」とセットになった三番叟.伝統的に狂言方が演じることになっていますが,本狂言や間狂言に見られるコミカルな要素はまったくありません.五穀豊穣を祈念する舞踏で,この三番叟に関しては,演じることをまさに「踏む」と言うそうです.

中ホールの舞台には,一般の能楽堂のように橋掛かりが設けられ,4本の柱に取り囲まれた本舞台も,強く踏んだときに良い音が出るように床の構造が工夫されているようでした.最初に萬斎自身が登場し,三番叟と,それに先だって演じられる狂言「佐渡狐」の解説をしてくれます.これがすごく分かり易かった.

そうして始まった「佐渡狐」.越後のお百姓が盛装して納税をしにいく道すがら,出会った佐渡のお百姓と賭をするという話ですが,年貢を納めに行くという,現代人ならとても嬉しいとは言えない行為が,田畑からの収穫がはるかに不確実な時代には喜ばしく誇らしいものであったこと.あるいは彼らの賭のカタが彼ら自身が携帯していた短刀であること.百姓に刀? 太閤刀狩り以前の話ですから.言われてみれば当然なのですが,こうしたことが萬斎の解説で再確認できていたので,話の背景や当時の風俗・習慣の香りが立ち上って来ました.

休憩の後,「三番叟」.前半直面での「揉ノ段」では,土を耕し,土に宿る精霊を目覚めさせるような所作,後半黒い面での「鈴ノ段」では,金色の鈴を振って種まきのような所作.もちろんこうしたことは解説を受けていたから余裕をもって理解することができたわけです.解説しすぎるのは鑑賞を妨げることもありますが,私のような初心者には,決めごとや暗黙のルールの多い能・狂言を理解するには大変ありがたかったですね.

「翁」は10年以上前の正月に一度見ていて,その時に当然三番叟も演じられたはずなのですが,ほとんど記憶がありません.しかし今回はかなり自覚的に鑑賞できたので楽しかったです.萬斎自身は「三番叟を見て,何もわからなかったという人が時々いるんですが,わかるわけないんです.もとはと言えばこれは儀式の舞ですから」と言って,その身体表現そのものに注意を向けるようアドバイスしていました.そうかもしれません.しかし今回は途切れ途切れにではあるけれど,古代の人々がこの舞に込めた祈りと覚悟を感じ取ることができた気がします.



ロベルタ・マメリ リサイタル

バロック・ソプラノ歌手ロベルタ・マメリのリサイタル.フェニックスホール.

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マメリといえば昨年,チケットを持っていたのに台風の直撃で観に行けなかったモンテヴェルディのオペラ『ポッペアの戴冠』で主役を演じた歌手ですね.もう何度も来日してリサイタルを開いており,古楽はやり尽くしたので今回は比較的新しい歌曲をということで「ソング・コレクション」となったようです.ギターだけを伴奏に,曲目は以下でした.

【前半】
M. ジュリアーニ[1781-1829]:歌曲集「6つの歌」 Op.89より
  別れ Op.89-3
  別れ Op.89-1
F. ソル[1778-1839]:歌曲集「12のセギディーリャス」より
  私を傷つけるのをやめて
  恋の牢獄から
  娘と恥じらい
  女とギターの弦は
  哀しみの涙よ
M. ジュリアーニ:アレグレット(ギター・ソロ)
カタルーニャ民謡:鳥の歌(ギター・ソロ)
E. グラナドス[1867-1916]:「昔風のスペインの歌曲集」より 
  哀しみのマハ
   Ⅰ. ああ,残酷な死!
   Ⅱ. 私のすばらしい人
   Ⅲ. 愛しい人よ
武満徹[1930-1996]
  雪
  翼
  ○と△の歌
【後半】
H. ヴィラ=ロボス[1887-1959]
  ブラジル風バッハ第5番より アリア
  「アマゾンの森」より
   メロディア・センティメンタル
   帆船
F. プーランク[1899-1963]:サラバンド(ギター・ソロ)
F. モンボウ[1893-1987]:歌曲集「夢のたたかい」より
   きみの上には花ばかり
A. ピアソラ[1921-1992]
   アヴェ・マリア
   オブリヴィオン~忘却
   もしもう一度


【アンコール曲】
E. グラナドス:タララ
T. メールラ:愚かな恋人





最初のジュリアーニの2曲はそれぞれ,シラーとゲーテの詩に曲を付けたものです.死と告別の歌からスタートするとはちょっと意外でした.フェニックスホールは1階席の勾配がなく,いつも後ろの席で息苦しい思いをするので,今回は2階席の最前列をゲット.おかげで歌い手の息づかいまでよく聴き取れました.

次のソルももちろん初めて聴きます.日本語訳された歌詞を読むと軽みのある曲も含まれているように思えるのですが,基本的にはマイナー調の今日が多く,陰りを感じさせるものです.グラナドスになると時代がずっと進みますが,シリアスな内容の歌唱が続きます.現役のオペラ歌手であるマメリの表現は抑揚に富み,ソプラノでありながらも低音での説得力を感じます.

前半最後は武満徹の3曲.「雪」はフランス語で唱われましたが,後の2曲は日本語のまま.さすがに音で生きている人,日本語の発音も確かです.それよりなにより,武満作曲の歌がやたら楽しく美しく唱われるのにすっかり乗せられてしまいました.いずれも映画や演劇の挿入歌として書かれたものですが,それらを知らなくてもまったく大丈夫です.

後半はヴィラ=ロボス(ブラジル),モンボウ(スペイン),ピアソラ(アルゼンチン)と20世紀のラテンの歌曲が続きます.「ラテン音楽」ときくと,誰しも楽天的(脳天気)なイメージを持っていると思いますが,この日聴いた音楽はいずれも陰りを帯びた哀しみの曲が多かった.ただそこに,どこか日向の匂いが感じられるところが他にない魅力で,マメリという歌手の個性にはぴったりだった気がします.アンコールは,特に最後のメールラの曲に,短いけれど胸を衝かれる瞬間がありました.この曲は彼女のCDに収録されています.買ってみようかな.



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Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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