夏の終わりに

2ヶ月半ぶりにZ4で出かけました.相変わらずのどかな田園風景の中を走っています.最高気温29℃でしたが乾燥しており,ずっと屋根を開けていられました.とはいえ,木陰を見つけると一休みしたくなります.夏らしい雲の下では稲穂がもう黄色くなっており,秋の収穫期が近づいていることを実感します.

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N響を聴く

N響の神戸公演を聴きました.大倉山の神戸文化ホール.

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TV放送ではおなじみのN響ですが,ライブを聴くのは初めてです.曲目は以下.指揮はフランス人のパスカル・ロフェ.

ドヴォルザーク/チェロ協奏曲 ロ短調 作品104 
チャイコフスキー/交響曲 第4番 ヘ短調 作品36

前半のドヴォルザークが始まった瞬間,まずオケの音にびっくりしました.ホールの音響もあるのかもしれませんが,厚く,強く,実に立派な音色です.特に金管・木管の鳴りがすばらしい.ラッパすげー.音量,輝き,タンギングの切れ.小学校から中学にかけてブラスバンドで金管楽器を吹いていた私に言わせると,N響の首席トランペット奏者なんて,言葉は悪いですがほんとにバケモンですね.凄すぎます.これだけで鳥肌立ってしまいました.

音楽評論家の中には,欧州にくらべて日本のオーケストラの技量を見下すような書きぶりの人もいますが,仮に及ばないところがあったとしても,それは歴史の違いから仕方のないことであって素直に受け入れればいい.そんな非創造的な言辞を評論と称して公表しているのは実にみっともないことです.職業的評論というものが何らかの意味を持つとしたら,それが文化のひろがりと多様性を増すことに寄与する限りにおいてです.好き嫌いの域を出ないような空疎な放言を美辞麗句で飾るのではなく,われわれが今持っている文化をどうしたらもっと良質なものに醸成していけるかという視点で発言し,行動してもらいたいものです.

話が逸れてしまいました.ドヴォルザークのチェロ協奏曲.ソリストは堤剛.この曲については以前アントニオ・メネセスの公演を聴いたときに少し書きました. 堤の独奏は過度にエモーショナルになることなく,美しい旋律がそのまますっと心に収まるようでした.

ロフェの指揮は上にも書いたようにオケを充分に鳴らしていて,それだけを聴くと大変愉しいのですが,チェロの音量とのバランスを考えると,もう少し抑制的でも良かったし,あるいは弦の編成をさらに小さくしたいように感じました.どうしても独奏チェロがバックとかぶって聞えにくい箇所があります.

休憩をはさんで後半はチャイコフスキー.
冒頭ホルンとファゴットによるフォルテシモのファンファーレに続いて,各金管・木管がやはりフォルテシモで参入してきます.ここでまたすげーと感嘆.チャイコフスキー,とくに4番や6番は暗くてあんまり聴きたくないなと思っていましたが,やはりライブで聴かなければダメだと思う瞬間です.

もちろんファンファーレとは言っても歓びはなく,過酷な運命の予兆のような響き.それを受けて息苦しいような懊悩の波が寄せては返します.第2楽章はやるせない憧れがロシアの香りを濃厚にまとって描かれます.美しいが土臭い旋律.第3楽章では霧のかかったような気分が弦楽器のピチカートと木管楽器で演じられます.そしてフィナーレ.ロシアの香気というより“ロシア臭”という方がふさわしい祝祭的雰囲気を持っています.シンバルや大太鼓が盛大に鳴らされ,チューバも活躍します.感動的と言うよりは,全体の曲想のバランスをとるための,やや救済的な意味合いを与えられた楽章なのかもしれません.

このオケが毎週聴けて,東京近辺の人は恵まれてます.定期公演の様子をしばしばTVで観ますが,客席は決していつでも満員というわけではなさそうで勿体ない.もっと関西へ来てほしいですね.機会をみてぜひまた聴きたいと思います.

ビネッテ・シュレーダー展

ドイツの絵本作家ビネッテ・シュレーダーの原画展.伊丹市立美術館.
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シュレーダーは1939年生まれ.スイスの美術学校を出た後,写真家やイラストレーターといった職を経験したあと,幼少期からの希望であった絵本作家になったとのことです.作品はもちろん子供向けの絵本が中心ですが,後年ミヒャエル・エンデの詩や物語に対して制作した絵本は完全に大人向けのものです.

上のパンフレットに採用されている絵は,シュレーダーのオリジナル絵本『お友だちのほしかったルピナスさん』からのものです.これだけ見ていると,かわいらしくて子供向けではあるけれど,大人の鑑賞の対象にはならないと感じられるかもしれません.しかし,西洋の童話がしばしば残酷な結末を示すように,題材と表現を慎重に選んだ上で,子供に対してもその成長の度合いに応じて人生の真実を伝えなければならないとの考え方があるのでしょう. シュレーダーの作品は大人にとっても深い寓意に満ちています.

上で記したようにきちんとした美術の教育を受けた人で,歴史的な絵画のスタイルに精通していると思われます.子供向け絵本のために描かれた作品にはおどろくほどシュールなものがあり,ジョルジョ・デ・キリコやサルバドール・ダリの影響を強く感じます.物語の筋立てもそれほど単純なものばかりではなく,深読みすれば哲学的とも解釈できるようなものもあります.

とはいえ,その魅力は何といってもすばらしくセンスの良い色使いや,繊細なグラデーション,丁寧で細かい描込みにあります.物語の文脈と一体で成立するという観点から言うと,純粋な意味での芸術絵画とは違うかもしれませんが,そんな分類とは関係なく掛け値なしに美しい作品群です.

バルテュス展

京都市美術館のバルテュス展.

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上のパンフレットに採り上げられている代表作の一つ「美しい日々」.一見超現実的な香りがしますが,バルテュス自身はシュルレアリズムやダダイズムといった芸術運動とはほぼ無縁のようです.自身のことを芸術家ではなく絵描き職人だと言っていますが,注目されるためにあえてスキャンダラスな表現を用いたり,名声がほぼ確立した後年はローマにあるフランス文化を紹介する施設「アカデミー・ド・フランス」の館長を務めるなど,確かに芸術家の枠から少しはみ出したような個性をもつ画家です.

この「美しい日々」の少女の膝立てポーズやはだけた胸,鏡といったモチーフはバルテュス絵画に頻繁に登場し,たとえば今回の展示でも「夢みるテレーズ」や「本を読むカティア」といった有名作に見られます.「テレーズ」はバルテュス30歳の作で,これはもう扇情的というほかありません.こう断言すると,反論が当然あるでしょう.もちろん少女の無垢が描かれているわけですが,それをこのような形で表現したのは画家の周到な意図です.それを扇情的と言って悪ければ,「あからさますぎて美しくは見えない」と言い替えておきましょう.

一方「カティア」はあえて話題性を盛らなくても注目されるようになったアカデミー・ド・フランス時代の作で,扇情性にかわって,より整理された画面構成と,落ち着いた色調の中に繊細な美しさが目立ちます.といって,無垢と酷薄のがないまぜになった不均衡の魅力は失われていません.

バルテュス自身は,一連の「少女」作品について世評がウラジーミル・ナボコフの「ロリータ」を引き合いに出したときに強く反発しました.しかし,そのキャリアの初期に注目を浴びるためにあえて扇情性を持ち込んだ作品を作ったことは事実ですし,そのためにあざとい作品になったことも否めないと思います.「美しい日々」にしても,白い洗面器や暖炉の炎といった象徴や.いわくありげな後ろ姿の男を配置していてバルテュス本人の体臭が強すぎ,また私自身の好みから言えば意味過剰で息苦しい感じがします.

私が今回の展示の少女作品中で最も好きなのは,「ジャクリーヌ・マティスの肖像」,そして「白い部屋着の少女」です.どちらもあまりバルテュスらしくない作品なのかもしれませんが,明るい色調の中で「ジャクリーヌ」の素直なかわいらしさが際立つところや,「白い部屋着の少女」が古代の彫像のように豊かで堂々としている姿に惹かれました.

CentOS6.5での文書作成環境構築(備忘録) -追加事項

最後にZ4でドライブをしてから,かれこれ2ヶ月が経ちました.この間,台風に伴う大雨で汚れてしまった車体を洗うのに少し動かした以外,まったくエンジンをかけていません.そろそろドライブ飢餓状態になっているのですが・・・

というわけであいかわらずインドアの話題です.CentOSのLaTeXでまじめな文章を書いてみようとしたら,EPS図中の文字列を置換する機能(PSFrag)が動かないことがわかりました.以下はその顛末の備忘録です.

1.LaTeX統合環境Kileのインストール
以前の記事でも書いたように,基本はコマンドラインから実行すれば良いのですが,GUIの優れたフリーの統合環境がいくつか公開されています.よく使われているのがTeXworksかと思います.しかしデフォルトの設定では.texファイルから直接PDFファイルを生成するようになっていて,2~3ページのドキュメントを作成するのならこれでもいいですが,数十ページを超えるようなものになると,一回のPDF作成に時間がかかってどうしようもありません.これまで通り,文書が完成するまではDVIファイルで充分です.いくつか試してみて,私はKileが良いと思いました.LaTeXの様々な環境がボタンで選べるようになっていて,初心者には使いやすいようです.インストールは以下.

$ sodu yum -y install kile

ただし,個人の設定は ~/.kde/share/config/kilerc に保存され,
全ユーザを対象に変更するなら /usr/share/kde4/apps/kile/kilestdtools.rc
を修正するとよいようです.

Kile.jpg


2.PSFragで文字列の置換ができない!
Linux環境でベクタグラフィックスを作成するツールだけは,WindowsやMacOSに較べて大きく劣るといっていいでしょう.何と言ってもAdobe Illustratorの存在は圧倒的ですが,Linux版は存在しません.それでも最近では,InkscapeとかLibreOfficeのDrawとか,なかなか良いものが現れたと思っていました.特にInkscapeのユーザインターフェースは満足できるもので,これで十分だと感じていました.

ところが今回,Inkscapeで描いた図をEPS形式で出力し,LaTeXで読み込んで図中の文字列をPSFragで数式に置換しようとしましたが,うまくいきません.図に記入した文字列がそのまま表示されてしまいます.それではLibreOfficeのDrawではどうかと試すと,これも同じくダメ.

んー困った.では古典的ですがTgifはどうか? と思って試してみると,さすが伝統あるソフトウェア,はき出したEPSファイルに記入した文字列を見事に美しい数式で置換することができました.

3.Tgifのインストールと日本語化
というわけでメモしておきます.Tgifはソースファイルからコンパイルして日本語化を行います.以下のサイトを全面的に参考にさせていただきましたが,一部に記載ミスとみられる誤りもありましたので,あらためてここに書いておきます.

http://hidefumi-h.blog.so-net.ne.jp/2011-12-20

(1) tgif-QPL-4.2.5とそのパッチファイルのダウンロード・展開・インストール

$ mkdir ~/tgif
$ cd ~/tgif
$ wget ftp://ftp.ring.gr.jp/pub/graphics/tgif/tgif-QPL-4.2.5.tar.gz
$ wget ftp://ftp.ring.gr.jp/pub/graphics/tgif/patches/tgif-QPL-4.2-patch5b.gz
$ tar zxvf tgif-QPL-4.2.5.tar.gz
$ gunzip tgif-QPL-4.2-patch5b.gz
$ cd tgif-QPL-4.2.5
$ patch -b -p0 < ../tgif-QPL-4.2-patch5b
$ vi Tgif.tmpl
  44行目 XCOMM MOREDEFINES = -D_HAS_STREAMS_SUPPORT -DENABLE_NLS -D_TGIF_DBG
  の先頭 XCOMM を消去する.すなわちコメントを外す.以下のようになる.
  44行目 MOREDEFINES = -D_HAS_STREAMS_SUPPORT -DENABLE_NLS -D_TGIF_DBG
  かわりに
  56行目  MOREDEFINES =
  の先頭に XCOMM を記入してコメントアウトする.以下のようになる.
  56行目 XCOMM MOREDEFINES =
  修正が終わったら保存して終了.
$ vi wb.c
  31行目の#include <stropts.h> をコメントアウト.
  修正が終わったら保存して終了.   
$ xmkmf
$ make
$ make Makefile
$ make Makefiles
$ make depend
$ sudo make install

(2) 日本語化
$ cd po
$ xmkmf
$ make
$ cd ja
$ cp ja.po ja.po.org
$ nkf -w -w80 ja.po > ja.po-utf8
$ vi ja.po-utf8
  14行目のJISX-0208-1983-0をUTF-8に書きかえる.
  修正が終わったら保存して終了.   
$ cp ja.po-utf8 ja.po
$ xmkmf
$ make
$ sudo make install

これでインストールと日本語化は完了です./usr/bin配下にインストールされるので,ここへパスが通っていれば新しい端末を開いて

$ tgif&

で起動するはずです.

tgif.jpg

今風の描画ツールが使えると喜んでいましたが,結局今さらながらのTgifへ落ち着きました.まあこれなら使い慣れているし,やはり伝統は伊達じゃない.ぽっと出の新参者ではまだまだだというところでしょうか.

引退後の生活と羊博士の言葉

以前ここに書いた知人の話です. 私に関しても定年は直近ではありませんが,もちろん関係があります.

55歳で早期退職した知人は,その後伊豆に別荘を購入し,森の中で悠々自適の生活をしているとのことでしたが,先日交わしたメールでは「自由というのも難しいものだ」と言ってきました.当たり前だよまったく.小学生じゃあるまいし,今さら何を言ってるのかと思いますね.誰でもそう言うでしょう.

サラリーマンなら誰でもいつか定年を迎えることになり,現代ではほとんどの場合,肉体的にはまだまだ働ける状態で引退することになります.精神的にはかなりポンコツになっている人も多いかもしれませんが,能力・気力が依然として衰えないのに年齢だけを見て身を引くことを強いられるのには不満を感じる人もいるでしょうね.

そう感じる人の多くはもう一度何らかの職に就くことを希望するようです.経済事情もあるでしょうし,社会貢献,ぼけ防止,様々な理由があり得ると思います.私の知人はそういった外的責務をともなう時間を一切拒否し,100%の自由時間を選んだわけです.おそらくこれが安楽だと思ったのでしょう.

言うまでもなく自由というのは相対的なもので,拘束があるからこそ,それからの解放としての自由という概念が成立するはずです.この二元論には,特に東洋思想の立場からは強い反論ができますが,それほど強い自我を持たない者,そしてそれに苦しんでいるわけではない者にとっては,上のような考え方が受け入れやすいですよね.

端的に言えば,「自由を実感したいのだが外的制約がなくなってしまって困っている」というのが知人の抱える困難の内実でしょう.そうならば,自発的に一定の制約をかけるしかありません.リアル世界での他者との濃密なコミュニケーションはあまり好まないタイプですから,音楽鑑賞や読書欲は旺盛な反面ボランティア活動のようなことにはまったく不向きです.

たとえば日々の生活での観察や思索を可視化したり言語化したりすることは? 50年以上も生きてきたのだから,内省にもそれなりの深みがあるはずでは? しかしこれも簡単ではないでしょう.そういった内的生活が可能なのは,よほど知的な準備が整っている人に限られるように思います.少なくとも今の私には高すぎるハードルです.

さらに,ある対象についての観察や思考によって何らかの認識を得ることができたとして,それだけで完結はしないだろうという重要な問題があります.村上春樹の初期の作品『羊をめぐる冒険』で主人公が探しあてた“羊博士”の言葉を借りるなら,「思念のみが存在し,表現がもぎ取られた状態を想像できるかね? 地獄だよ」というのは真実だと思います.「表現」あるいは「創造」が必要です.それがなければ人はいつか認識の堆積物に埋もれて呼吸できなくなってしまうでしょう.

老後に向けて何か趣味を持とうなどとよく言われますが,長期にわたって何らかの分野でプロとして生きてきて,急に「趣味」のレベルで満足できる生活が送れるとは思えません.自分の本業から引退した後も何らかの形で他者と関わり続けるか,完全に自己完結できるだけの知性と表現手段を身につけるかの二択のように思います.

鉱石ラジオの記憶

一昨年亡くなった叔父の話は以前ここに記しました.この人は一家の長子であり,下には弟が二人,妹が三人います.人生の終焉の話ばかりで残念ですが,今春一番下の弟が亡くなりました.大動脈疾患による突然の死でした.享年73.長命の者が多い我が家系では短すぎる生涯であったと言えます.

きょうだいの中では年齢が比較的私に近いので,叔父と言うより半分従兄弟のような感覚で,小さい頃私は「兄ちゃん」と呼んでいました.先に書いたように,家にいるのがいやで,夏休みの間じゅう母の実家である叔父の家に逃げ込んでいた私に,当時まだ独身であったこの下の叔父が鉱石ラジオのことを教えてくれました.また,オープンリールのテープデッキに録音した音源を聴かせてくれて,「高音の伸びが違うやろ」などと言いました.そんなこと小学生の私に言ったってわかるわけありません.しかし後年,録音した音楽を聴く私の楽しみのルーツは間違いなくこの辺りにあると思っています.

話が逸れましたが,鉱石ラジオは同調回路としてのコイルと検波器として使用する鉱石の結晶があればAM放送を聴くことができるラジオです.当時私は10歳か11歳になっていて,簡単な工作なら自分でできるようになっていました.検波器としてはゲルマニウムダイオードが入手可能になっていましたし,バリコン(可変容量コンデンサ)も手に入りました.いわゆるゲルマラジオを構成するのは簡単な時代になっていました.コイルだけは自分で巻いてみたような気もしますが,数十年前のことで記憶は定かでなくなっています.

電源を採る必要もなく,たったこれだけのことでイヤホンから音が聞えてくるのがまずは驚きでした.もちろん市販品のテレビやラジオは家にありましたが,子供にとっては完全なブラックボックスです.好奇心でラジオを分解しても,小さな部品がたくさん並んでいるのは確認できましたが,当然ながら音が聞こえる仕組みを理解するには至りません.

ゲルマラジオは子供の私に,小さな部品の単なる集積と,それらが統合的に動くシステムとしての認識の間の橋渡しをしてくれました.叔父にもらった「電気回路入門」みたいな本はさすがに難しすぎましたが,それでもよくわからないままそれを眺めているうち,回路図に使われている記号を少しずつ覚えました.夏休みが終わりかけて自宅に帰り,ゲルマラジオより幾分高度なAMラジオやFMの受信にも挑戦してみるつもりで日本橋へ出かけ,部品を買うことも覚えました.何しろ小学生ですから親からもらう少額の小遣いの中でやりくりするわけで,配線を間違ってヒューズ1本飛ばすだけでも結構痛い思いをしたものです.

この一連の体験は決定的で,中学生になる頃には成長したらものを作る技術者になりたいと思うようになりました.結果的には電気電子システムとは異なる分野に進んだわけですが,あの叔父がいなかったら工学部へ進むことはなかったと思います.その選択が私の素質に対して正解であったかどうかはわかりませんが,少なくとも後悔することなくここまで来ることができました.

叔父自身は理系の仕事とは無縁で,地方の役所に勤めて最後は助役を拝命しました.常に快活で,器用さは電気製品の修理などのみならず,絵画や版画制作にも活かされました.葬儀場には叔父が自分で作っていた自らの作品帳が置かれていました.どれも丁寧で美しいものばかりでした.甘いものがやたらに好きで医者嫌い.コーヒーに砂糖を入れすぎるなと私が諭しても,「そんなに甘くないよ」と恬として改める様子はありませんでした.こういう人好きする鷹揚さが結局命を縮めたと思うと残念でなりません.自宅には数千枚のLPが残され,またぞろ私に引き取ってくれないかとの話が来ました.さすがにこれは無理です.家族で時々聴いてあげるのがいいんじゃないかと言っておきました.

今でも「鉱石ラジオ」と聞くと,半透明で鈍く光を放つ鉱物-子供時代の私が持っていたイメージ-が思い起こされ,続いて色鮮やかに絶縁された銅線,カラーコードをまとった抵抗器,ドリルでアルミの筐体に穿孔するときの感触,ハンダの溶ける音と匂いなどが記憶の中に立ちのぼってきます.それと同時に夏の田舎の風景-まぶしい太陽の光と蝉の声,川の流れの音,土地の人の方言-などがよみがえってきて懐かしい思いがします.一生忘れることはないでしょう.

死の病と向き合う態度のこと

妻の母ががんであることがわかったのが6月.余命3ヶ月との診断でした.病名は本人にも告知されました.残念ながら病状は予想を上回る速度で進行し,今月初めに亡くなりました.享年83.夏のツアーを取りやめたのはもちろんこれが理由です.

病気がわかって一月程たった7月,一度義母を見舞いました.その時はまだ自宅にいて普段着ですごし,私たちと椅子に座って会話ができていました.すでに病巣は肺に転移していたため時々咳き込んでいましたが,表情は穏やかでつらいとか苦しいといった言葉は一言も聞きませんでした.

私だけでなく,見舞った誰一人として愚痴や荒っぽい言葉を聞いていません.入院した後も,見舞いに来た子供や孫に「遅くなるから早く帰りなさい」と言っていました.私の妻はベッドに寝たきりになった母に,あまんきみこの「こがねの舟」を朗読してあげたそうです.ときどき咳をするので中断すると,「もっと読んでくれ」と言い,読み終わった後は,「いい話だねえ」と喜んでいたということです.いよいよ意識が戻らなくなる直前には,こんなにいろいろな人に会えて幸せだと繰り返していたそうです.

50歳まで外で働いていましたが,その後は家庭に入り,ごくごく平凡な人生を送った人です.しかし死の間際のこのような自然で品の良い態度を見聞きすると,わが身内ながら市井にこそ気高い精神があるのだと思わないわけにいきません.自分はこんな風にあとの者の記憶に残ることができるのか? とても今の自分にはそのような品性は備わっていないというのが正直なところです.



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choby

Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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