写真甲子園2013

キヤノンギャラリーで今年の写真甲子園本戦の作品展を見ました.


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写真甲子園はその名の通り高校生による写真選手権で,今年は20回の記念大会でした.本戦には全国から予選を勝ち抜いた20校が参加し,北海道の上川郡東川町をベースとした周辺地域で8月上旬の3日間のうちに設定されたテーマで撮影を行います.

今年の審査委員は立木義浩,竹田津実,米美知子等です.米は風景写真家として好きな作家の一人ですし,またキタキツネの写真家として有名な竹田津は10年ほど前からこの東川に自宅を構え,ここを拠点として悠々とした撮影活動を行っています.自宅の近くにはキトウシ森林公園が拡がり,竹田津本人の言葉によれば自宅を中心とした半径100メートルから動かずに写真を撮っているのだとか.

一帯は北海道内有数の稲作地域ですし,大雪山系や十勝連峰へもアクセスが良い場所で,被写体には事欠かないでしょう.今年のテーマ(毎年ほぼ同じ?)は自然・人間・風土です.1stステージは「自然」.フィールドは旭岳姿見の池周辺.夏の道央地方は本州並みの暑さになる日も多い地域ですが,今年の夏の北海道は雨がちの日が多く,この日もあまり天気が良くなかったのか各チームとも雨滴に濡れた草花などの写真が多く見られました.

2ndステージは「人間」.各チームのアプローチにも差が出てきます.老人や子供達といった「ひとびと」を被写体にする者,一人の農夫や作業者を追い続ける者など様々です.モノクロ作品も目立ちました.そして3rdステージは「風土」.テーマの抽象度がぐっと上がり,撮影にもきちんとした立脚点が求められるようになります.稲作風景や町の情景など,人と自然の関わり方を写し取ろうと試みた作品が多くなります.優勝した埼玉栄高校のチームの作品はけれん味がなく,対象をシンプルにまっすぐに見る姿勢が印象的でした.

一庫公園の秋

そろそろ紅葉も見納めだと,北摂地方をあちこち走ってみました.3年前の同時期に走ったときには,国道・県道沿いにもはっとするくらいきれいに色づいたカエデやイチョウをを見たので今年も期待しましたが,どうも全体に色合いがよくありません.ささやまの森公園やるり渓にも行ってみましたが,カメラを持って歩き回ろうという気にはなりませんでした.桜並木が紅葉してないかなと思って黒川にも行ってみましたが,残念ながらほとんど葉は落ちていました.

というわけで,最後に一庫公園を一巡り.ワンパターンの写真ですが載せておきます.


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チック・コリア 『ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブズ』

そのロイ・ヘインズがメンバーに加わってできた歴史的名盤が,先に触れたこの作品です.


ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス+8 (紙ジャケット仕様)
ジャズ
1. Steps-What Was
2. Matrix
3. Now He Sings, Now He Sobs
4. Now He Beats The Drum, Now He Stops
5. The Law Of Falling And Catching Up
6. Samba Yantra
7. Bossa
8. I Don't Know
9. Fragments
10. Windows
11. Gemini
12. Pannonica
13. My One And Only Love

このアルバムで注意しなければならないのは,レーベルの帰属関係です.もともとはソリッドステートというレーベルから1968年にリリースされたLPで,それに入っていた曲は上の1.から5.まででした.ただしこの時は3日間で計13曲が録音されました.その後,親会社のUAがリバティおよびその傘下のブルーノートを買収し,1970年代になってこの時の録音の完全版を2枚組LPとして世に出したというわけです.CDではこのLP2枚が1枚に収められているものと,オリジナルのアルバム通り5曲しか入っていないものが混在して販売されているようなので注意が必要です.

オリジナル版LPの見開きジャケットには,チック・コリアが中国の古典『易経』に触発されて書いたという詩が記されています.1.から5.までの曲目はいずれもこの詩の一節からイメージされるタイトルが付いており,アルバム全体として一貫したコンセプトの下にあることがわかります.

この時代の欧米の若者が東洋思想に接近したことは,たとえばヒッピームーブメントの思想などにも反映されました.易経にはたとえばビートルズのメンバーたちも言及した記録が残っています.チック・コリアも同時代人として確かに同じ空気を呼吸していました.のちにリターン・トゥ・フォーエバー(RTF)を結成して人気を博すチックですが,RTFの音楽に通底する世界観はすでにこのオリジナル「ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス」の5曲に提示されているように思えます.

しかし,このアルバムを聴くにあたり,そのような予備知識はほとんど必要ありません.ロイ・ヘインズは,ニューポートジャズフェスティバルで,当時麻薬使用で演奏できなかったエルヴィン・ジョーンズの代役としてコルトレーン・カルテットに挑みかかり,「マイ・フェイバリット・シングズ」を恐るべき異界の音楽に昇華させた演奏そのままに,ここでもチックを挑発し続けます.結果的に,目もくらむような速度感のあるジャズが産み出されました.

このアルバムを聴いて,音楽があまりにも緊密すぎて無機的にさえ聞こえると言う人もいるでしょう.アブストラクトな要素もふんだんにあり,聴き手にも集中力が求められます.たしかに.叙情性に訴えて聴き手に何かを伝えようという要素は一切ありません.それなのに,各曲とも胸が熱くなる瞬間に充ち満ちています.

一緒に歌えるような音楽ではありません.ですが高度なジャズを聴いて理解する快よさは一杯につまっています.なお,あとの8曲も傾聴に値するものばかりです.中でもチック・コリア畢生のオリジナル名曲10.の清新さや,超有名スタンダード13.のさらりとした美しさは格別です.「残り物」ではないので,CDを購入される方は是非ともコンプリート版を選ぶことをお勧めします.

ロイ・ヘインズ 『ウイ・スリー』

床屋で聴いたジャズ.今回はNew Jazzレーベルのウイ・スリー/ロイ・ヘインズ.



ウイ・スリー
ジャズ
1. Reflection
2. Sugar Ray
3. Solitaire
4. After Hours
5. Sneakin' Around
6. Tadd's Delight

New Jazzはプレスティジ系のレーベルで,アウトワード・バウンド/エリック・ドルフィーとか,トゥ・マイ・クイーン/ウォルト・ディッカーソンといった先鋭的な作品がすぐ思い浮かびます.しかしその一方で,有名なクワイエット・ケニー/ケニー・ドーハムとかゴーン・ウィズ・ゴルソン/ベニー・ゴルソンといった,今となっては穏やかで中庸を行くジャズとして受け入れられるものも含まれていて,必ずしも“ニュージャズ”ばかりというわけではありません.

本作『ウイ・スリー』も,ロイ・ヘインズの俊敏なドラムスから打ち出されるビートの上をフィニアス・ニューボーンの手数の多いピアノが疾走するというユニットで,録音当時はかなりの新しさがあったのだろうと推察されます.しかしこの3年後にはエヴァンス-ラファロがヴィレッジ・ヴァンガードでピアノトリオでの即興演奏の可能性をを極限まで押し進め,またそれから数年後には,チック・コリアが当のロイ・ヘインズ,ベースのミロスラフ・ヴィトウス と組んで前人未踏のスピード感で『ナウ・ヒー・シングズ・ナウ・ヒー・ソブズ』を演奏することを考えると,『ウイ・スリー』の新規性はそれほど長続きするものではなかったというのが事実でしょう.

しかし現在,録音から55年を経てなおこの作品が依然として鑑賞の対象となりうる第1の理由としては,トリオのメンバー3人がいずれも大変な腕利きであることでしょう.驚くべき反射神経でピアノのフレーズにからむヘインズのドラムス.そしてそれと好対照をなすポール・チェンバースの重厚なベース.ベースソロはちょっと意味不明なところもありますが,当たりの柔らかい音色で,バッキングの趣味の良さと安定感は抜群です.そしてフィニアスのピアノ.時として弾き飛ばすような傾向が指摘されるピアニストですが,とにかく左手が効いていて,高速なパッセージを右手とユニゾンで弾くところなど,やはりこの時代一番のテクニックを持っていたと言っても過言ではないと思います.

第2の理由としては,曲の良さです.1.や5.はレイ・ブライアントの曲ですが,この人はなかなか味わい深い曲を書きます.フィニアス作のブルージーな4.や3.のような歌物も入っていて飽きさせません.録音はルディ・ヴァン・ゲルダー.ブルーノートの音に比べると,らしさがやや薄められているようです.


ジャン=ギアン・ケラス 無伴奏チェロ・リサイタル

独奏チェロのリサイタル.兵庫県立芸術文化センター.

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ケラスについては,以前ハイドンのチェロ協奏曲の録音を採りあげました.また,アレクサンドル・タローのピアノリサイタルを聴いたときも,共に来日してTV局のインタビューに答えたりしていたこともあって,生演奏を聴いたことがあるような気になっていましたが,実は今回が初めてなのでした.

独奏チェロはマリオ・ブルネロのリサイタル以来.演奏されるバッハの無伴奏組曲は,奇しくも同じ1番と6番です.ブルネロに比べると中高域の張った音色ですが,輝かしいとまでは言えません.CDで聴くよりは暖色系でした.

そのバッハの1番.テンポを大きく揺らし,闊達さが前面に出ます.時々音が裏返ったりするのも表現の一つとして聴けてしまいます.ただし,速いパッセージで所々滑舌が悪くなるのは気になりました.1番は広々とした明るさがあり,ケラスのような陽性のチェリストに向いていると思います.重厚感は無用,わきたつような愉しさがあります.

一方の6番.高音域を多用しますが,現代チェロがもっとも伸びやかに鳴る音域よりはだいぶ上なので,緊張感を通り越してちょっと苦しげに聞こえる部分があります.もともとこの6番はヴィオロンチェロ・ダ・スパッラで弾くことを想定して書かれたとも言われています.この楽器は現代のヴィオラとチェロとの中間ぐらいの大きさの楽器で,固定用のベルトを肩にかけて弾かれます.私は7~8年前に大阪で,復元されたこの楽器によるバッハ無伴奏チェロ組曲全曲演奏を聴いたことがあるのですが,そのときは各曲の特質についてさほどの知識がなく,肝心の6番がどうであったか,もう記憶がありません.

さて,休憩前に演奏されたブリテンの組曲第1番.1964年に発表された正真正銘の現代曲です.バッハの組曲から約250年後の作品.私は初めて聴きます. この音楽に現代人の懊悩や不安を聴き取ることも可能かもしれませんが,そこはチェロという楽器で演奏される音楽であって,バルトークのヴァイオリン曲のように神経に障るようなことはありません.美しい場面も,肺腑に迫る場面も味わえます.一聴して私に全体が理解できる音楽ではありませんでした.早速CDを買ってみたので,何度か聴いてみようと思います.

リサイタル終了後はサイン会がありました.私たちが席から立ち,入り口に着いた時にはもうケラスがテーブルに座ってサインをしていました.演奏後こんなに素早く現れるソリストを見たことがありません.朗らかに振る舞っていて好青年ですね.


紅葉の森林植物園を散策する

久しぶりに神戸の森林植物園に散歩に行きました.今年はアジサイを見に行かなかったので,昨年秋からおよそ1年ぶりです.

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土曜日ということもあって駐車場はクルマであふれていました.園内も,メインストリート沿いにある紅葉したカエデの前は人垣ができています.カエデの他にもドウダンツツジやメダセコイヤが見頃になっていましたが,全体に紅葉は来週末くらいがベストではないかと感じました.いつものように歩きながら撮った写真を何枚か載せておきます.

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天気は期待したほど良くはなく,曇りがちでしたが時折雲間からのぞく太陽が紅葉した木々を明るく照らしていました.

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大山山麓と環状道路の秋 -続き

森林公園から人形峠へ向かう林道は,最初ブナの樹冠が頭上を覆う林間を通りますが,やがて視界が開けてきて走りやすい道になります.この日はさすがにほとんどすれ違うクルマもありませんでした. 道はやがてR179の旧道へ至ります.左折してすぐが人形峠.

峠から少し下ると新道と合流します.さらに下ってR482へ左折.交通量の少ない山間の快走路です.蒜山高原・大山方面へはこのままR482を走ると遠回りになるので,県道115号へ右折してさらに県道325へ左折.しばらく行くと再びR482へ出てショートカットできました.右折してR482に乗ると,そこはもう高原の開放的な雰囲気が感じられます.

蒜山大山スカイラインの入り口まで来ました.まだ昼前ですが,朝が早かったので食事にします.人里から少し離れた田畑の中にある蕎麦屋.この時期なら新蕎麦が食べられます.この店で出しているメニューは,温かい蕎麦とざる蕎麦の二種類だけ.それぞれに「玄粉」と「丸抜き」が選べるとは言え,「とにかく俺の蕎麦を食ってみてくれ」という気概が感じられます.実際,その意気に違わず蕎麦も麺つゆも旨かったです.

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昼近くになっても快晴の状態のままで,これからの風景に期待が持てます.実際,蒜山大山スカイラインの鬼女台からは,やはり春夏に来て見える風景とは違ってくっきりとした大山と烏ヶ山が望めました.烏ヶ山の標高は大山よりも300m近くも低いですが,鬼女台からは近くにあるため同じような高さに見えるのと,尖った山容のために大山とは良い対照になっています.
 

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大山のドライブというと,まずこの蒜山大山スカイラインと,続く大山環状道路ということになるのですが,環状道路からは展望はあまりなく,また観光バスも走っているので気持ちよくワインディングロードを味わえることはまずありません.私はむしろ環状道路の外側にある山里で道草するのが好きです.

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これは御机からの大山です.この日は誰とも会いませんでしたが,2年前の遅い春に来たときは,写真を撮っていたらたまたま近くで作業をしていたタバコ農家のおじいちゃんに声をかけられて小一時間話したりしました.今回初めて秋に来ましたが,道ばたの柿の木に実が成り,刈り取りが終わった田では籾殻を焼く煙があがっていて,あたりに懐かしい匂いが漂っています.
 

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しばらくここにいて秋の雰囲気を満喫したので,再び環状道路へ戻ります.最良の展望ポイントはやはり鍵掛峠です.紅葉を見るベストのタイミングではなかったかもしれませんが,快晴の下,荒々しい大山南壁と薄く色づいた木々が良い眺めです.

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二の沢,三の沢には平日にもかかわらずかなりの駐車車両があり,停まることもせず,もちろん写真も撮らずに通過してしまいました.帰路に就きがてらトイレ休憩にみるくの里へ寄ったら,20km先の美保湾と弓ヶ浜がうっすらと見えていました.


大山山麓と環状道路の秋

先週の月曜日,平日に休めることになりました.天気も良さそうだし,これは出かけるしかない.ということで,これまで混雑が嫌で避けてきた秋の大山に初めて行ってみることにしました.紅葉が始まるこの季節,休日に環状道路など走れたものではないでしょうが,平日なら渋滞もないだろうと踏んで一人で大山周辺を巡るドライブに出発.

大山へ直行するのも芸がないので,紅葉情報で「見頃」となっていた岡山県立森林公園へまず行ってみることにしました.自宅を6:30に出て宝塚ICから中国道に入り,休日のようには混んでいない宝塚トンネルを快調に抜け,1回の休憩をはさんで2時間ほどで院庄ICへ.

ここからR179を北上.吉井川と何度か交差しながら20分も進むと県道116号線への分岐に到達.左折して116に入り,山里の間をさらに進むとほどなく森林公園に到着. 人のいない朝の駐車場は紅葉と落ち葉で秋の野趣満点です.

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石碑のある公園入り口から入っていくと,園内の案内板があります.縮尺が書かれておらず,距離がまったくわからない不親切な地図です.まあ30分くらい歩いて引き返してこようと決めて歩き始めました.小道の両側には秋らしい風景が広がっていますが,見頃の紅葉かと言われるとどうかなというところ.葉はかなり落ちてしまっていますので,少し遅かったかもしれません. 標高が900mくらいあるので,秋の訪れは早いのでしょう.

とはいえ, 色づいたカエデやナナカマド,はじけて赤いマユミの実,群生したススキなど,やはり見て楽しいものです.歩きながら撮ったスナップショットを何枚か載せておきます.


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30分近く歩いて「熊押し滝」までやってきました.カメラを持った比較的若い人がいました.もう少し登ってみようかと思いましたが,今日の主題はやはり大山なので,あまり長くここにいることもできません.ここから引き返すことにしました.

駐車場まで戻り,1時間ほどの散策は終了.ここからはさらに林道が北へ延びており,その先は新旧の様々な伝説で有名な人形峠への旧道に接続します.途中で通過する山も「人形仙」なんて,少し不気味ではありますが先へ進みましょう.

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(続く)

民藝運動の日用雑器

大阪・万博公園内にある日本民芸館で,濱田庄司,河井寛次郎の陶芸と芹沢銈介の染色工芸を見てきました.昨年春に柳宗悦の収集品群を見て以来の民藝運動の作家展です.あ,この夏に棟方志功を見ましたね.ただし棟方ははそういった芸術運動を超えたところにいる気がします.

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さて濱田と河井の作品は,バーナード・リーチの作品などとともにこれまでにも何度か見たことがあります.洗練された芸術性を感じる濱田の作品,それに較べると色遣いも濃厚で より骨太な造形の河井.芹沢銈介の作品ははたぶん初めて見るのだと思います.

民藝運動の作家は,日常的に用いられる雑器に美を見いだすところから出発しました.その作品群は日々の生活に彩りを添え,また何気なく見過ごしてしまう日常にひそむ豊かさを再確認させてくれたのだろうと思います.

しかし今回見たような作品群が日本人の日常の中に本当にとけ込むことのできた時代は,おそらくはすでに過去のものになったのでしょう.われわれの曾祖父が,囲炉裏の煙に燻された太い柱や梁がむき出しになった家屋に暮らしていた頃,濱田庄司の陶器は鑑賞の対象としてだけでなく,本当に暮らしの中にしっくりと馴染んだかもしれません.

しかし少なくとも,プレハブ住宅に暮らしている私にとっては,このような重厚な工芸品はやはり鑑賞の対象となる「芸術品」です. かつての民藝運動の推進者達にとっては,それは必ずしも望んだことではないと思いますが,私たちの日常が変化した今,「日用品」の位置づけも変わらざるをえないのだろうという感慨を持ちました.



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choby

Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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