9インチのモノクロディスプレイを見ながら考えたこと

Classic IIの筐体に埋め込まれたモノクロディスプレイはたった9インチです.当時としても小さく,よく「カワイイ」と言われていました.

しかし私にとってこれは遊びのためのマシンではありません.これを使っていくつもの長時間の(ときには数日間にわたる)数値解析を行ない,結果を整理するために図表を作成し多くの報告書を書いた,本気のお仕事マシンです.なによりMacが良かったのは,どんなアプリケーションでも操作のための基本指針が統一されていて,「使い方」に煩わされることなくやりたいことに注力できたところです.

結局,私にとってこうしたコンピュータ利用の根幹部分というのは,昔も今もちっとも変わっていません.マシンスペックが飛躍的に向上したといっても,それに応じて取り扱うデータの規模や複雑さが増していくので,100倍も快適になった実感はありません.

ただ,この時代と現在とでは,通信の環境が大きく変わったことだけは特筆しておくべきでしょう.1990年頃といえば,アメリカでは商用のインターネットが利用可能になっていましたが,日本でそれが一般に利用されるようになるのはもう少し後です.私自身は1996年から利用を始めました.

しかし,どうでしょう.eメールやWWWの活用は確かに私たちの仕事のやり方を大きく変えましたが,それが本当に何か新しいものを生み出す駆動力となっているかは大いに疑問です.1990年代,Apple社はコンピュータの利用を通じた創造性の増進ということを大いに標榜していました.それがipodの成功以後,マルチメディアコンテンツを提供するためのシステム作りへと大きく舵を切り,われわれにはひたすら「享受する」ことを求めるようになりました.すでにコンピュータメーカーであることをやめ,コンピュータ利用者の創造性を支援・補強することにはとんと関心がなくなったように見えます.

私自身は2004年にMacのモトローラのチップに見切りをつけてインテルへ鞍替えし,この時点でAppleとは縁が切れました.このClassic IIは,私にとってAppleが輝かしかった時代の象徴であるとともに,私自身の一つの「いい時代」の象徴でもあります.

初めて買ったパーソナルコンピュータ

1992年に購入した Apple Macintosh Classic II です.
ClassicII

DELLを買い換えることになり,少し懐かしくなって6~7年ぶりくらいに電源を入れてみました.驚くべきことに,内蔵スピーカーからの音が出なくなっている他はまったく何の問題もなく起動しています.18年も前のコンピュータなのに,偉いやつです.

私がコンピュータというものに初めて触れたのは1980年頃ですが,それは大学の大型計算機でした.もちろん「パーソナル」ではありません.1980年代の末にMacを初めて見たときは,噂には聞いていたものの,本当に腰を抜かすほど驚きました.今でこそ当たり前のグラフィカルユーザインタフェースですが,当時はこれでコンピュータとその使い手の距離がぐっと近くなることを実感したものです.

どうしても欲しくて無理して買ったこのClassicII,当時30万円くらいしたと思います.9インチのモノクロディスプレイを持つ一体型.ハードディスク容量は40MB,メインメモリは4MBです.今度買ったDELLは360GBの4GBですから,メモリは1000倍,ディスクは10000倍の容量になっています.CPUの能力の単純比較は難しいですが,それでも浮動小数点演算中心のベンチマークをやらせたら,10の2乗のオーダーで差が出るのではないでしょうか.

こんなに性能向上したパーソナルコンピュータですが,18年前と今とで私自身がコンピュータを使ってやっていることに,「質的」な違いは一体どれだけあるのだろうと考え込んでしまいました.(つづく)

自宅PCは結局・・・

買い換えになりました.トホホ・・・

アマゾンで購入した500GBのハードディスクを組み込み,WindowsXP Professional をインストールし,SP2,SP3を当てるところまでは至極順調でした.ところが,SP3を当て終り,再起動をかけているところで止まってしまいました.今度は最初のDELLのロゴすら出ません.

やはりディスクだけではなかったようです.DELLのサポートに電話をかけ,何とかならないか相談しましたが,購入後6年を経過したワークステーションに部品の在庫はすでになく,修理ができないとのことでした.

故障しているボードをつきとめて代替品を探すという手も可能とは思いますが,さすがにそれをやっている時間はありませんし,結局割高になるでしょう.泣く泣く廃棄・新規購入を受け入れざるを得ませんでした.

DELLのサイトでマシンの選定をします.もう大して計算量の必要な仕事はしないし,今度は通常のデスクトップPCでいいかと思って調査をしました.しかし,やはりCPUのスペックが物足りないとか,グラフィックボードの選択肢が少ないとか,ディスプレイは今のものがまだ使えるのに新品がセットで付いてくるとか,どうもお仕着せ感があって結局ワークステーションのPrecision T3500にして構成を選択することにしました.

OSは32ビットのWindows 7 Proです.メモリは1GB×4.時々は3次元の半透明オブジェクトをぐるぐる回したりすることもあるので,グラボもエントリクラスとはいえまあまあのものを選びました.

Z4を買ってそうでなくても家計が大変な時に,こんなことになって不運です.今回廃棄となったDELLは,元々十分なスペックのものを買っているので,故障さえなければまだまだ現役で行けました.残念です.

注文したマシンは7月上旬に来るそうです.降雨で出かける気がしないうちに,さっさとセットアップを完了したいものです.

森林植物園再び

昨日の土曜,梅雨の合間を見て神戸市立森林植物園に行きました.5月のGWにも行ったばかりですが,六甲山のワインディングロードが走れること,アジサイがそろそろ開花時期になってきたことがあって,また出かけることにしました.

曇っているのでオープンでも暑くありません.それどころか,山を登るにつれて気温が下がり,半袖シャツの上にはおるものを持ってこなかったことを後悔するくらい涼しくなりました.

尾根筋では完全にガスがかかり,視界は10mくらいまで悪化しました.いつも以上にペースはゆっくりです.風もかなり強くなり,時々頭上の木々から昨日の雨の水滴が降ってきます.

1時間20分ほどかかって到着.園内もガスがかかってなかなか幻想的です.相変わらず私の写真では何を撮っているかわからず雰囲気が出ませんが.


幻想的
植物園に降りてきた霧

残念ながら,ここのヒメアジサイは満開にはまだ早かったようです.いつもの年よりだいぶ開花が遅れているという看板が出ていました.もう2週間くらいすればもっと美しい青色が楽しめると思います.

ヒメアジサイ
ヒメアジサイ

1時間ほど滞在して帰路につきました.帰りはさらに風も強まっていましたので,降雨はありませんでしたが途中で一時停止してトップを閉めることに.頭上の木の葉からの水滴でキャビンが少し濡れました.

視界が悪かったのであまり走りを楽しむことはできませんでしたが,今日乗らないと飢餓感がおさまりそうになく,また3週間以上一度もエンジンをかけないことになるので,それも気にはなっていました.Z4に乗ることへの飢餓感はひとまず解消されました.

Z4 35i ハードトップの開閉について

Z4に限らず,可動式ハードトップを持つロードスターの多くは走行中にトップの開閉ができません.Z4の取説にも「必ず停止した状態で開閉してください」と書いてあります.ところが,Z4の試乗記等を読んでいると,「少しでも車体が動くとすぐ開閉機構が止まってしまう」とあるかと思えば,「少しくらいなら動いていても開閉はできて便利」といった記述があったりしてまちまちです.

一体どっちなんだ? というのは購入前からのギモンでした.しかし実際に手に入れたあとは,運転するのに精一杯で,あまりそういったことに気が回らず,時々思い出してもまあどっちでもいいや,くらいになってしまっていました.

ところが先日,暑くなったので信号待ちをしながらトップを閉めようとして,思ったより信号の替わりが早く,ちょっと焦ったことがありました.こんな時,開閉しながらトロトロとでも動き始めることができれば,後ろのクルマの運転者のイライラを緩和できるはずです.

ということで,実験してみました.結果は,「車速が5~6km/h以下ならOK」です.「ちょっとでも動いたらダメ」なことはありません.やはりここらへんは,オープンカー乗りには見過ごすことのできない「性能」だと思います.もっとも,幌のポルシェ・ボクスターは50km/hくらいまでは開閉できるそうです.うらやましいですね.

BMW Z4 35i のエンジン油温について

自宅PCはハードディスクの傷害でした.グラフィックボードには問題なさそうです.現在アマゾンで内蔵ディスクを購入中.データに関しては普段からほぼバックアップを取っていますが,環境設定,アプリケーションのインストールはまたゼロからやり直しです.やれやれ.このエントリはやはりLet's noteから.

さて,Z4 35iのエンジン油温表示についてちょっとメモしておきます.

メーターには油温計が付いており,取説には油温100~120℃で適正とあります.確かに十分な暖機後はこれくらいの油温になっています.

ただ,暖まるまでの時間はずいぶん長くかかります.前にも書いたとおり,無負荷での暖機運転はエンジンにも環境にも有害なので,エンジンをかけたらすぐに走り出しています.もちろん,暖まるまではエンジン回転数3000rpm以下くらいで丁寧に走ります.

このやり方で油温が適正値に達するのに,外気温25℃程度の今の季節で約20分はかかっています.ちょっと時間がかかりすぎではないかと思って担当営業さんに尋ねると,問題ありませんとのこと.高すぎるよりいいだろうみたいな返事でした.こんなもんなのでしょうかね?

35iのエンジンにはオイルクーラーが付いていますが,冷却は強制式ではなく,外気取り入れによるもののようです.また,サーモスタット等で油温が適正値になる時間を短縮するような制御もやっていないようです.

今のところ実害はありませんが,油温が完全に上がりきらない間に高速道路のインターチェンジに着いてしまうので,料金所を出て本線に乗るときの加速を今ひとつ楽しめないでいます.また,まだまだ先ですが,冬場に油温が上がるのにどれくらいの時間がかかるのか(ちゃんと上がりきるのか),注視しておかねばなりません.

自宅PC故障

数日前から様子がおかしいと感じていた自宅PC(DELL Precision Workstation 360)が故障してしまいました.

購入してちょうど6年です.最近,突然画面の表示が乱れることがあっておかしいなと思っていたら,ついに何も表示されなくなってしまいました.ディスプレイには,PCからの信号がないというメッセージが.たぶんグラフィックボードに不具合が出ているのではないかと思われます.

ボードはnVidia Quadro Fx 1000です.インターフェースはAGP.もともとエントリクラスのボードですが,やはり6年経つと古い感じになりますね.もっともまだここが故障しているという完全な証拠はないので,もう少し調べてみないといけません.

今このエントリは,やはり数年前購入で普段はほとんどもう使っていない,PanasonicのLet's noteで書いています.遅いですし,快適でないのでDELLを何とかするまでしばらくここのアップも休業状態となりそうです.

書寫山圓教寺へ向け森林浴ツアー-その2

明神湖からさらに県道411号線を南下します.しばらくは快適なワインディングロードが続きますが,中国自動車道を横切る手前からは開けてきて田園地帯になります.

10.30 書写山ロープウェイの山麓駅駐車場着.無料です.駅の脇にある円教寺の看板がこれです.ちょっと古びていますけど.

書寫山圓教寺全景
書写山円教寺全景

1000年の歴史を持つ古寺です.4月に行った中山寺もそうですが,西国巡礼札所の一つです.標高371mの山上にあって修行道場と呼ぶにふさわしい陣容です.

何度も話に出して申し訳ないですが,私は中学生の時は少し離れた場所から徒歩で登りました.ちゃんとした登山道を歩いたかどうかも定かではありません.イノシシ並ですね.もっともこの頃は真夏に自転車で一日300kmを走る体力がありました.書写山に登るくらいでは息も切れなかったと思います.残念ながら現在では見る影もありません.昔の自分が超人のようです.もちろんロープウェイで上がります.片道約4分,往復券900円也.

ロープウェイの山上駅から円教寺入口の仁王門までも結構歩きます.すこし霞んでいましたが,途中で播磨灘を望むことができました.

参道から播磨灘を望む
参道から播磨灘を望む

仁王門からさらに登り,少し下ると摩尼殿(まにでん)です.

圓教寺摩尼殿

摩尼殿の裏手から大講堂の方へ抜ける道は鬱蒼としていて歴史を感じさせます.苔むした岩や杉の巨木が見られ,ゆったりした気分になれます.

大講堂への小径
大講堂への小径

しばらく行くと視界が大きく開け,正面に食堂(じきどう),右側に大講堂,左側に常行堂の配置された境内に着きます.この三つはすべて国の重文です.写真は一応以下ですが,私の8年前購入のコンパクトデジカメではどうしようもありません.

重文
常行堂,食堂,大講堂

食堂の2階は宝物殿になっていますが,この裏手の縁は大変静かでひんやりとし,目の前には深い緑が拡がって隠れ家のように大変落ち着ける場所です.先に来た年配のおじさんが文庫本を読んでいました.ふーん,やるな.

しばらくそこにいて,それから奥の院へ.ここは修復の工事をしていました.一通り回った感じなので,お腹も空いてきたところで戻ることにします.摩尼殿の前まで帰ってきたら食堂があったので,入ってうどんを頼みました.

再びロープウェイで駐車場まで戻ります.もう暑すぎて屋根を開ける気は起きませんでした.帰りがてら,「ゆめさきの森公園」に立ち寄ってみます.7年前にできたそうで,ボランティアさんによる環境教育プログラムなどが実施されているようでした.

若い職員の方をつかまえて話を聞きます.この公園のすぐそばにも杉林がひろがっています.午前中,上流部で手入れをされていない杉の人工林を見たので,たとえばここで間伐体験でもさせたらいいのに,と言うと,その林の管轄は営林署なので切ることは不可とのこと.子どもに木を一本切らせることで,切ることの意味,切った木の用途,輸入材との価格競争などなど,非常に多くのことをセットで知ってもらうことができると思います.利用できないのは残念ですね.

また福崎ICから中国道へ.いつものように宝塚TNの渋滞につかまりますが,それほどひどくはありません.ただ,ずいぶん歩いた上に渋滞でアクセルとブレーキを何度も交互に踏んでいたら右足がつってしまいました.昔はイノシシであった男のナレの果てがこの有様とは,情けないにもほどがあります.

自宅へ戻ったのは4:30頃,走行距離約200km.ボードコンピュータによる本日のトータル燃費は12.5km/L.地味な訪問先ばかりでしたが,どこも緑豊かな場所でリラックスできました.

書寫山圓教寺へ向け森林浴ツアー-その1

6月6日,もう来週は梅雨入りかという日曜に森林浴を兼ねて出かけました.


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7:50ルーフを閉じた状態で出発.私は開けた状態でないとドライブした気がしないのですが,さすがに日差しが強くなってきて,助手席の人のことも少し配慮します.

いつものように中国道宝塚ICから入り,加西SAで小休憩してルーフを開け,福崎ICに着いたのは9:00.ICといってもここは播但道とのジャンクション的な位置づけらしく,降りた後の一般道への接続があまり快適ではありません.ここから,直接圓教寺に向かうのではなく,回り道して雪彦山周辺を目指します.

しばらくは中国道と並行して走っている県道23号線を西へ.前之荘西の交差点を右折して県道67号線に出てこれを北上します.道は夢前(ゆめさき)川の上流部に沿って走っており,のどかな風景がひろがります.この地域は先月行った砥峰・峰山高原の少し南側にあたります.

山之内まで行ったら左折して県道411号線へ.この区間はカーナビにも表示されない1.5車線道路です.民家の間の路地を抜けていくとすぐにつづら折れの急坂路になります.両側は杉の人工林ですが間伐がされておらず,たいへん薄暗く怖いほどです.

数十年も前の話で恐縮ですが,私は中学生の頃は自転車でのツーリングが趣味で,ここを走ったことがあるのです.そのときは一人でした.もちろんこんな林道を走るクルマはほとんどなく,あの時も怖かったことを思い出しました.数十年経てば杉の木も成長するはずですが,間伐されない状態で放置されている今の方がさらに暗いかもしれません.

峠へ着くと,ひっそりとトンネルがあります.

峠のトンネル
峠のトンネル

この時初めて気づきました.オープンカーというと,明るい日差しの中で乗るイメージがありますが,こうしたシチュエーションでは怖さ倍増です.しかも,トンネルの中を半分くらいまで進むと,向こう側の出口付近に人影がぼんやりと.こっこんなところに一人で立ってる人がいるなんて何かヘンじゃない? とさらにぎょっとします.

しかし,ちゃんと本物の人間でした.トンネルを出たところに「地蔵の水」という清流水の水場があり,そこへ水を汲みに来ていた地元のおじさんでした.私もZ4を停めて少し話をします.このトンネルのさらに上に旧道があるが今は誰も使う人がいないだろうこと,ここでも林業はほとんど成立していないこと・・・

しばらく話して,そこを辞します.どうも寄り道が多くなります.ここからは下りで,上ってきた道ほどには樹木が密生しておらず,明るい印象です.下りきって丁字路を左に.ここからは菅生川に沿った片側1車線道路.両側には明るい森林が広がり,ドライブしながらの森林浴といったところです.

菅生川上流部
菅生川上流部

川沿いにゆっくり下る道路は曲率もちょうどよい加減のワインディングロードです.すぐに菅生ダムに堰き止められた明神湖着.はるか昔に自転車で来たときは,このあたりの道路はちょうど舗装工事をする直前だったようで,砂利が敷かれた状態でした.自転車では泣きたくなるぐらい走りにくかったことを覚えています.よくこんなところを一人で走ったものです.

菅生展望台
明神湖展望台

展望場所からの眺めはそれほどでもありませんが,湖畔に下りている人が見えます.釣りでしょうかね.さて,ここからは書写山に向けてさらに南下します.ちょっと長くなったので後は次に回すことにします.(つづく)

スイングジャーナル休刊

過去には私もずいぶんお世話になったジャズ雑誌「スイングジャーナル」が休刊となるという報道がありました.「休刊」という言葉に惑わされますが,実質「廃刊」です.63年もの歴史に幕を下ろすことになります.

63年前というと1947年.モダンジャズの歴史で言うとビバップの時代で,チャーリー・パーカーやバド・パウエルがドラッグ漬けになりながら自分の命を削るような即興演奏を繰り広げていた頃です.日本では1960年代までは若者がジャズを聴いたので(タモリなんかの若い頃),ジャズ喫茶という世界的にも稀な文化が生み出されたりしました.

しかし,その後は若者が聴く音楽の新しいジャンルが多く生まれてきたのと並行して,ジャズ自身も多様化が進みました.このことがジャズ・リスナーの人口を相対的に減らしていった理由であると思われます.それでも「スイングジャーナル」誌は,その後のきわめて長い期間を生き抜きました.関係者の方々には満腔の敬意を表するところです.

ただ私自身について言えば,この数年は購読を停止していました.おそらく,モダンジャズにおいて「記事になる」時代はとうの昔に過ぎ去っており,重要な事柄は「歴史」として語られるようになっています.「スイングジャーナル」の特集記事も,1950~1960年代のジャズ・ジャイアンツを繰り返し取り上げるしかない状況であったのではないかと推察されます.

コアなジャズファンの人口は全国規模の月刊誌を維持できるほど残っているとは思えませんし,仮に彼らを相手にするとしても,再発アルバムの紹介記事が大半を占める紙面構成ではもたないでしょう.一方で,BGMとして聴くジャズというのは,誰にでも受け入れられやすいかもしれない反面,批評・評価の対象にはなり得ないでしょう.このへんが,雑誌としての成立意義の構成を難しくしましたね.

ジャズは芸術的側面を強くもつ音楽ですが,基本的にはポピュラー音楽です.クラシック音楽とは違って,純粋音楽として単体で成立するのは難しいかもしれません.逆に言うと,古いジャズを聴くことに関して,何らかの現代的「物語」(そんなものがあればの話ですが)を提供する強力なメッセージの出し手が現われれば,多少状況が変るのかもしれないとも思います.

いずれにしても,最後の数年間は不義理をしましたが,大変長い間お世話になりました.

夏用暫定ドライバーズグローブ

紫外線が強いです.5月GWのドライブあたりから,Z4でのオープン走行時の日焼けが気になり出しました.顔はつばの付いた帽子である程度防ぐのですが,問題は手です.手の甲がやたらに焼けてしまってひりひりします.

やはりこれは手袋をしよう,ということでドライバーズグローブを探すことにしました.しかし,自動車用品店で売っているドライバーズグローブは大抵指が切ってある上に,指の付け根の関節のところや手の甲の部分に穴が空いてます.確かに「いかにも」なカタチはしていますが,ロードスター乗りの日焼け防止や防寒にはあまり向いていないようです.

ということで,先日の淡路島では,私は妻のススメに従って下の手袋をしていました.

夏用暫定ドライバーズグローブ

ダイエーの婦人服売場(!)の隅っこに「男女兼用」として置いてあるUVカット手袋です.布製,1380円也.

スポーツカーに乗っている人のブログなど拝見すると,カッコいいグローブをオーダーで作ってもらったりしていて,私もそのうちに,と密かに思ってはいました.そんな「兼用手袋」なんか,意地でもするもんじゃない,というご意見はごもっともと拝聴いたします.

しかし,これがどうして上の手袋,効果大ありなんです.快晴の下で,高速道路の走行も含めてかなりの長時間のオープンドライブでも,手の甲が日焼けしすぎるようなことはありませんでした.また指先はステアリングホイールを握っていて巻き込んでいるので,それほど直射を浴びていないのか,覆われていないにもかかわらず無事です.

今のところは実用本位でこれでしのぎます.そのうちに革製のグローブを.それにしても,オープンカー乗りの皆さんはどうされているのでしょうか.教えていただけるとありがたいです.

淡路島南端ツアー

一昨日の5月30日(日),久しぶりのドライブに出かけました.目的地は淡路島南端です.


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そこまで行ったら船にでも乗ってうずしお見物をすべきところかもしれませんが,Z4で走ることが主目的なのでできるだけ下道を選びます.船に乗るのはまた別の機会にします.

さて,例によって7:30出発.今回はもっと早く出るつもりだったのがこの時間になりました.最初からオープンにするかどうかちょっと迷いました.明石海峡大橋をオープンにして走りたいのは山々なのですが,その手前の4kmのトンネルがネックです.結局クローズドで発進.

阪神高速神戸3号線に乗ります.日曜のこの時間だとそんなに混んではいません.50分ほどで神戸淡路鳴門自動車道の入り口の淡路SAに到着しました.その必要はないのですが,やはり大橋を渡ったらこのSAに入って今渡ってきた橋を遠望したくなります.

明石海峡大橋

一休みしたらここでオープンにして南下を開始.気温は20℃ほどです.ここで一般道へ降りると淡路花博のメイン会場前を通ることになり,混雑しているのではないかと思いましたので東浦ICまで行って降りることにします.よく晴れて乾燥しています.もうすぐ6月とは思えません.自動車道は比較的標高の高いところを走っていて見晴らしが良く,オープン走行は大変快適です.

巡航速度は100km/h未満です.オープンだとそんなにスピードを出す気にならず,結果的に走行車線を走ることになります.車間距離を空けずに後にぴったりくっついてくるような異常者の乗ったクルマは基本的に追い越し車線を走っていますから,そんなのに悩まされることもなく精神衛生上きわめてよろしい.おかげで燃費も良く,東浦ICを降りるときにはここまでの数十キロの計測で13.8km/Lを示していました.

洲本付近
洲本付近

ICから洲本までは国道28号を走ります.交通量は多いですが,ちゃんと50~60km/hで流れています.左側に海を見ながら,1時間ほどで洲本着.ここで28号とは別れ,さらに海沿いの県道76号を南下します.由良あたりから山間部へ入っていき,つづら折れの1.5車線道路になります.立川水仙郷周辺は,「水仙郷」という淡い春を想起させる名称とは裏腹に「ナソのパラダイス」とか「UFO神社」といった濃そうな施設が.黙礼して通過します.

下りきると海に出ます.ここから黒岩水仙郷を経てしばらくは,片側1車線の快速路.交通量もきわめて少なく,明るい太陽を満喫しながらの走行でした.まだ午前10時頃で気温はさほど高くありませんが,日差しで膝がかなり熱いです.

灘黒岩
灘黒岩付近

しばらく進むと一旦海からは離れますが,このあたりの山道は道幅も十分で,かつ適度に曲がっていて楽しめます.途中福良港あたりでウロウロしたのでやや時間がかかりましたが,11:20に目的地の「道の駅うずしお」に到着.

ここは大鳴門橋の淡路島側の取り付きにあり,レストランからも橋の下部構造を仰ぎ見ることができます.レストランで食事をしてから周辺散策.海までは降りられませんが(テトラポットに飛び移る気なら別ですが),施設内を海面の近くまで降りていけます.

私は自動車のような大量生産される人工物の生産については多少の知識があるつもりですが,こういった橋梁のような巨大な一品生産品を見ると,こんな仕事も面白かっただろうなあと素朴に感じてしまいます.ただし,私は高所がかなり苦手で,実際には使い物にならなかったでしょうけど.

鳴門大橋
大鳴門橋

道の駅を出て,とりあえず淡路島西岸を北上してみます.しかしすぐに食後のお茶でもということになって阿那賀にある「ホテル アナガ」へ寄ることに.ほぼ3週間ぶりのZ4なので走り倒すつもりだったのですが,ついついこんな調子で時間を遣ってしまいます.

ホテルアナガ
ホテルアナガ

ロビーに置かれたソファに飲み物を持ってきてもらってまた休憩.先ほどまで我々がその足下にいた大鳴門橋が遠望できます.天気もロケーションもよくてのんびりしました.結局ここを出たのは14:00.県道25号線は1.5車線区間も多いようだったので西海岸を走りきるのはあきらめ,湊まで行ってから右折して西淡三原ICへ.オープンのまま淡路SAを目指します.

上でも書きましたが,この自動車道は高速道路としては快適ですね.展望がよくて楽しめます.北淡ICあたりで左側に播磨灘が見えていたと思ったら,しばらく行くと今度は右側に大阪湾が見えてきます.

淡路SAでトイレ休憩して,すぐに明石海峡大橋を渡ります.渡りきってトンネルに入ったら少し渋滞しています.前方でランボルギーニとおぼしき(私にはよくわかりませんでした)黄色のイタリア車がまさにレッカー車に積まれているところでした.よりによってこんなところで故障とは.

帰りの阪神高速がやや混雑していたこともあって,自宅に戻ったのは16:00過ぎでした.本日の走行距離約250km,高速:一般道=60:40,トータルの燃費12.6km/L.最高気温は25℃程度だったと思いますが,かなり暑く感じ,日焼けもそれなりにしました.いつまでオープンで走れるものか,夏にかけて探りなからのドライブを続けるつもりです.


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Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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