映画 『I Called Him MORGAN』

モダンジャズ・ハードバップ期最大のスタープレーヤーの一人といっていいリー・モーガンの絶頂期から死に至る時間を,関係者、特にリーを射殺した本人のインタビューを交えて当時の映像で.十三・第七藝術劇場.

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邦題は「私が殺したリー・モーガン」.いつもながらちょっとひどいですね.「私」-パンフレット写真の右側,ヘレン・モーガン(法的な婚姻関係にはなかったとされる)は,1960年代初頭にドラッグでぼろぼろになったリーを救って再び表舞台に送り出した人物です.そのヘレン自身が1972年,ニューヨークのクラブ『スラッグス』でリーを射殺するという悲劇的な事件を起こします.そのヘレンはインタビューの中で,「リーという名前が好きではなかったのでモーガンと呼んだ」と言っており,原題『I Called Him MORGAN』はこの事実を踏まえていますが,邦題はあまりにもスキャンダルの方に傾いています.映画館の呼び込みのお兄さんは(おそらく意図的ではなかったと思いますが)「私が愛したリー・モーガン」と言っていました.うん,そのほうがはるかにマトモです.

このドキュメンタリーは,ヘレンが刑期を終えて出所し,静かに余生を送ったあと,亡くなる直前自ら申し出て1996年2月のインタビューに応じたことで成立することになりました.死期を悟っていたのでしょう,ヘレンは翌3月に死去.

映画はリーのオリジナル曲『サーチ・フォー・ザ・ニュー・ランド』をバックに始まります.リーがドラッグ禍から復帰した後,それまでのストレート・アヘッドなハードバップが行き詰まる中,それを脱してさらに前進しようと様々な試みをしている時期に作られたきわめてシリアスな音楽です.やはりその死に焦点が当てられたドキュメンタリーなので,リー・モーガンの代表的演奏としては通常あまり挙げられることのないこうした曲が最初から前面に出てきて少々面食らうことになります.

リーが18歳ですでにほぼ完成されたトランペッターとして登場するところから,多くの関係者が登場してインタビューに答えています.中でもつきあいの長かったウェイン・ショーターからは,リー自身の生活ぶりや,親分のアート・ブレイキーが演奏中のリーをプッシュした言葉など,印象的な話が多く聞けます.

一方で当時の映像はそれほど豊富ではなく,リー自身の生前のインタビューも短時間です.しかし演奏シーンはさすがに濃厚で,特にジャズメッセンジャーズ時代の『ダット・デア』や『モーニン』では,映画館の大音量も手伝って,確信に満ちたリーのラッパに痺れまくります.話はやや逸れますが,これらの映像は1961年のメッセンジャーズ日本公演の時のもので,日本人がこの時代の黒人ジャズを熱狂的に支持したからこそ,こうしたトリハダ級の映像資産が今に残されているわけです.この来日公演を終えて帰途につく際,ブレイキーは「アフリカを別にすると,世界中で日本だけが我々を人間として歓迎してくれた」と言っています.彼らが本国で受けていた扱いを思わせる言葉です.

そのブレイキー自身がリーにヘロインを教えてしまうのが何とも闇ですが,年若く制御の効かなかったリーは抜け出すことができず,やがてすべてを失ってジャズ界から半引退状態になります.そこへ手をさしのべたのが年長のヘレンで,妻であると同時に母親兼マネージャーの役割をこなしていたようです.

やがて息苦しくなったリーは他の女と過ごすことが多くなり・・・というパターン.それにしても何故射殺までしなければならなかったのか.この時代のジャズのファンなら皆知りたいところですが,ヘレン自身もインタビューの中でそれを完全に説明できたとは言えなかったと思います.おそらくは衝動性の高い事件で,銃を撃った本人にも理由はよくわからないのでしょう.

事件当日のニューヨークは大雪で,スラッグスに向かうリーと直前まで一緒にいたジュディス・ジョンソンの話は,今聞いてもとても緊迫感があります.積雪量が刻々と増えていって二人の乗ったクルマが進むのに難渋する様子が,何かリーの運命を象徴するように感じられて胸が痛みました.

私はこうした事件にそれほど関心を持っていたわけではなく,少ないけれども貴重な演奏シーンと様々な証言によって,一人の天才的なトランペッターが生きた時代の息吹を感じられることがこのドキュメンタリーの価値だと思っています.

映画 『ジャコメッティ 最後の肖像』

アルベルト・ジャコメッティ最後の肖像画のモデルを務めた文筆家による記録を映画化.TOHOシネマズ西宮.

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私は多分過去にジャコメッティの肉筆画を見たことがありません.私にとっては基本的に彫刻家という認識で,ざらざらとして極端に引き伸ばされた人体彫刻はこれまで何度か美術館で見ています.近いところでは2015年のチューリヒ美術館展.活動の場はパリでしたが,スイス出身ということでチューリヒ美術館にも多くの作品が所蔵され,あの時も一つのブースを設けて彫刻作品が展示されていたと記憶しています.

しかし今回この映画を見て,ジャコメッティが数多くのデッサンやリトグラフの下絵を描いており,それらが生前から極めて高額で売買されていたことを知りました.この映画は1964年,そのジャコメッティの友人である若いアメリカ人文筆家ジェイムズ・ロードが,「まあ夕方までには終わるから」と肖像画のモデルを依頼されてから,実際に創作が打ち切りになるまでの18日間の間に画家とロードの周辺に起きる様々な出来事を描くことで,ジャコメッティの人間と芸術そのものに迫ろうとするものです.

ロードをモデルとして椅子に座らせ,自分で頼んだくせに「極悪人の顔だな」「横から見ると変質者だ」などと言いながら細かく香の向きや姿勢を調整します.そして,描き出したかと思うと“Fucking!”を連発してすぐ止めてしまいます.調子良く描いているかに見えても,やがてまた“Fucking!”でせっかく描いたところの多くをグレーの絵の具で消してしまうの繰り返し.「見たままなど描けない」.「完成などしない」と言い放って行く手に暗雲が立ち込めます.

アトリエには愛人である娼婦がしばしばやってきて,その都度ペースは乱されます.この娼婦にジャコメッティは車(オープンカー)を買い与えますが,それに乗って3人でドライブに出たあと,ジャコメッティが体調を崩したりしてさらに製作は遅れます.ちなみに,このクルマはBMW 503 のカブリオレだったように思います.もっともこの車は1950年代中期の生産で,舞台である1964年パリとは少し時期がずれている気がします.私は古い車のことはよく知らず,帰って来てから記憶をたよりに調べたものなので,間違っている可能性は大いにあります.

若き美術評論家として,偉大な芸術家の作品のモデルになれることを誇りに感じているロードは,最初二日後にはニューヨークに帰ることにしていた予定を延期し続けます.そのため,ニューヨークで彼の帰りを待っている女友達とも大喧嘩をする羽目になります.

またジャコメッティの方も,愛人の存在を妻に隠そうともしないので当然揉めることになります.「普通の暮らしをしてちゃんとした家庭にしたい」とまっとうな訴えをする妻に,札束をばらまいて投げつけながら「カネが欲しいならやる,この低俗な物質主義者め」みたいなことを叫ぶ場面は凄惨です.

普通こんなことまで口にしたらもう人と人の関係は終わりですが,やはり芸術家を見る周囲の目は暖く,ジャコメッティ自身が「スイス系イタリア人だ」というように,どこか陽性で憎めないところがある描かれ方をしていました.

結局ジャコメッティ自身がこの肖像画を完成したと言うことはありませんでしたが,18日間かけて画家の動きを把握したロードが,ようやく完成したかに見える肖像画を画家が消しにかかったところで止めて終わりになります.

芸術家の創作とはどういうものかを考える上でとても価値のある記録で,それを極めて達者な俳優達が演じていて見応えがありました.この映画を見ながら,私はミケランジェロが若い頃,「ピエタ(バチカン)」とか「ダヴィデ」といった完璧という以外に言葉の見つからない作品を完成させながら,晩年はのみの彫りあとも露わで,あまつさえ石から掘り出しきってさえいない未完成作品を残していて,そしてその中には「ロンダニーニのピエタ」のように現在非常に高く評価されている作品があることを思い出していました.芸術において完成とは何か,そもそも表現しようとしているものは何なのか,そうした本質的な問いは,500年後の今でも確かに受け継がれている気がします.

なお,この映画のもとになった著作は日本語訳されています.表紙にはこの時描かれ,後にロード自身に寄贈された肖像画か掲げられています.ただし,現在は品切れ中.古本には相当な値段がついていて手が出ません.


ジャコメッティの肖像

映画 『ゴッホ 最期の手紙』

ゴッホ最期の手紙の受取り手を探して旅をする若者の物語.大阪ステーションシティシネマ.

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ゴッホの死因は,拳銃で自分の腹を撃ったことによる自殺とされています.しかし目撃者はおらず,使用した拳銃も当時は見つかっていなかったことから,その死にはこれまで他殺説も含めていくつかの異論が唱えられてきました.この映画はその謎を下敷きに,ゴッホ自身が描いたアルルの郵便配達人ジョゼフ・ルーランの迷える息子アルマンが,弟テオ宛てに書いて出せなかったゴッホの手紙を託されて,受け取るにふさわしい相手を探して旅をするという筋立てです.

この作品の特徴は,何と言ってもその映像化手法です.役者が演じるシーンを実写し,それをベースに,ゴッホ風に描ける訓練をうけた画家125人が6000枚を超えるシーンを1枚1枚描いています.動くゴッホ世界が目の前に展開し,最初はその独特な映像に圧迫感を覚えましたが,次第に慣れてきて世界がそうしたものに見えてきます.

主人公の旅は,アルルからパリ,そしてゴッホが死去した地オーヴェルへと続きます.郵便配達人ジョゼフ・ルーランの肖像から始まり,『星月夜』,『夜のカフェテラス』,『アルルの跳ね橋』,『オーヴェルの教会』,『夜の白い家』,そして『カラスのいる麦畑』といった名作群が,アニメーションの中に登場するのはじつに嬉しい.重要な登場人物であるオーヴェルのガシェ医師一家や,宿屋のアドリーヌ・ラヴー,パリの画材屋タンギーなど,いずれもゴッホによる肖像作品をもとにイメージされています.

主題はゴッホ最期の日々の謎解きで,その意味では映画の広告の言うように「アート・サスペンス」なのかもしれません.しかし,生きる目的を明確に持てなかった若者が.ゴッホのひたむきな生涯と向き合うことで変わっていく過程を描くという点では,むしろ古典的なロード・ムービーの性格の方が優っているように感じました.


映画 『セザンヌと過ごした時間』

ポール・セザンヌとエミール・ゾラの交流を描いた作品.シネ・リーブル梅田.

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ゾラはフランスの有名な小説家ですが,私のきわめて乏しい読書歴には登場したことがありません.少年期,イタリア人の父が亡くなって経済的に困窮し,それがもとでいじめられていたところをセザンヌに助けられてから親友になったということらしい.一方でセザンヌは裕福な家庭に育ちますが,銀行家である父との折り合いが悪く,絵描きとして身を立てようとするもののその作品は生前ほとんど評価されませんでした.

セザンヌは強烈すぎる自我をもった人格で,必然的に他者との関係をまともに築けません.パリではルノワールやモネ,ピサロ等と付き合うものの,誰かと会えばすぐに口汚く罵りはじめ,5分後には喧嘩になっているという繰り返しです.画風も初期には暗い色調で,後の時代には後期印象派に分類される画家となりますが,当時流行していた印象主義とは一線を置き,「オレは印象派じゃない」が口癖です.

そういえば,この夏見に行った『怖い絵』展では,セザンヌの『殺害』を見て驚いたものでした.このような画題も,彼がこれほど先鋭的な性格の持ち主であったとしたら,納得がいくように思えました.女性にも手が早く,ゾラの妻とも若い頃には関係があったとされていました.

そんなセザンヌを,小説家として成功したゾラは何とか受け入れようとします.一つにはセザンヌの芸術を信じていたのでしょうし,また少年時代の感謝もあったとして描かれます.しかしセザンヌの方ではそれを素直には受け入れられず,ゾラとの友情を望みながらも口をついて出るのは悪口雑言ばかり.こういう西洋人特有の自我の暴風を描き,またそれを本当に理解するのはわれわれには難しいようですが,それにしてもセザンヌの姿は痛々しい.

結局2人の関係は最後には修復不能となります.セザンヌがゾラに対して持つ愛情は決してなくならなかったようですが,ゾラの方はどうだったか.両者の決別の理由は,実際にはよくわかっていないようです.

セザンヌは晩年プロヴァンスに戻り,そこでサント・ヴィクトワール山を題材に多くの作品を残します.映画はセザンヌの死後,アトリエに残された多数の作品を画商ヴォラールが買い取るところで終わりますが,そのアトリエ近くから見えるサント・ヴィクトワール山の映像にセザンヌの作品が被せられる場面は秀逸でした.タッチは粗く素早いものの色使いは優しくて明るく,ここにこんな色があったのだと改めて気付かされるところもありました.荒々しく限りない衝動の嵐を土台に,セザンヌの絵画は見る者の心を平穏にする力を得たように感じました.

映画 『グレート・ミュージアム -ハプスブルク家からの招待状』

ウィーン美術史美術館内美術収集室の改修工事のドキュメンタリー.シネ・リーブル梅田.もう2月も下旬か.見てから随分時間が経ってしまいましたが,メモを残しておきます.

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有名美術館の舞台裏を記録した映像というと,2年ほど前に見たロンドンのナショナル・ギャラリーについてのドキュメンタリーが思い出されます.あれも力作でしたが,本作も見所の多い作品であったと思います.

ウィーン美術史美術館はもともと歴代ハプスブルク家が蒐集した美術・工芸収蔵品を展示するための施設で,内部はいくつかの部屋から構成されているようです.本作は,2012年にそのうちの中核たる「ヴンダーカンマ-(美術収集室)」が改装されていく過程を中心に,美術館内の様々な活動を追っています.

これだけの歴史ある美術館でも,そのブランド価値の維持向上のために会議が開かれ,厳しい議論が継続されていることに感銘と,ある種のやるせなさを感じます.「持っている」だけではやっていけないのだと.美術収集室の改装もそうした美術館改革の一環のようです.

経営上の活動と同時に,もちろん美術館本来の作業も淡々と続けられています.ルーベンスの絵画の鑑定の現場にカメラが入っていましたが,修復家の推論の過程に説得力がありました.その修復活動については,現代科学技術が大きく関与するので,上述のナショナル・ギャラリーに関するドキュメンタリー以来興味があるのですが,ここではそうした側面よりは修復家たちの地道な活動の方により焦点が当てられていたようです.

「職場」としての美術館にも触れられています.新たな収蔵品獲得のために担当者がオークションに出向きますが,結局予算不足で目当ての作品を逃してしまう場面など,自分とはまったく異なる業種とは言え,何となく身につまされるものがあります.またどこの企業にも言えることですが,一般に専門性が高いとみなされる職員と,必ずしもそうは考えられていない職員が働いていて,多くの場合支払われる給与も異なるのが普通です.ここでも,いわゆる「お客様係」の女性が,「自分たちの仕事も等分に重要であって下っ端ではない」と主張するシーンが捉えられていました.

ナレーションも音楽もないダイレクトシネマで,まあ地味すぎるほど地味な映画ですが,馬齢を重ねて経験だけは積み重なってきた者には,却ってこういう余計な脚色が一切ないもののほうが心に触れる部分が多いかもしれません.


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Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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