『怖い絵』展

「怖い絵」シリーズで有名なドイツ文学者・中野京子監修による,恐怖をテーマとした絵画展.兵庫県立美術館.

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展示は肉筆画と版画で,次の6部に分けられていました.

1.神話と聖書4.現実
2.悪魔,地獄,怪物5.崇高の風景
3.異界と幻視6.歴史

1.は古代ギリシャ神話と旧約聖書.ルドンによるオルフェウスの首は怖いと言えば怖いテーマだけど,描写はリアルではなく神話の霞に覆われて想像力を刺激します.オデュッセウスとキルケーやセイレーン.エロティックな美女は古今東西を問わずいつでも怖ろしいもののようで.同じセイレーンでも,20世紀に入って描かれたドレイパーの作品はまるでルネサンス期の画風だし,同時代のモッサのセイレーンは猛禽の足爪を持ち,口からは船乗りを食った血を滴らせています.

2.ではフューズリの『夢魔』やダンテの『神曲』からの題材など.ギュスターヴ・ドレの『神曲』挿絵など見ていると,映画『エイリアン』の最初の方のシーンを思い出しました.キリスト教圏の人々が不気味と感じる造形として,感受性の奥底に沈殿しているイメージなのかもしれません.あとはゲーテの『ファウスト』やオスカー・ワイルドの戯曲によって現代的な意味を強化されたと言っていい『サロメ』など.

3.は何と言ってもムンクの『死と乙女』,『マドンナ』の2点.虚ろな眼をしたマドンナの周囲に精子が描かれているのは知りませんでした.アンソールの作品も3点.この画家については,ちょうど1年前,姫路で見たベルギー近代美術の精華展で初めて知りました.やはりどこかひねくれているというか,権威に対する反骨・反発といった態度が感じられます.ピラネージの描く廃墟のような牢獄や建築物は,エッシャーの無限階段をさらに荒廃させたようで陰鬱です.また,ルドンのリトグラフが3点.この画家の幻想を好んだ故・武満徹が,モノクロのリトグラフに惹かれると語っていたことを思い出しました.

4.では一転して戦争や貧困による惨禍をリアルに.芸術作品と言えるが微妙な気がしますが,写真がまだ発明されていない時代,絵画による現実の告発活動として意味があったのだろうと思います.驚くのはセザンヌ.後に色彩や構図,タッチといった,絵画の基本要素のみに着目して近代絵画の基礎を築く画家の一人となったあのポール・セザンヌが,殺人のシーンを描いています.もちろんまだ自身の画風を確立する以前の作品ですが,こんな闇もあったのだと再認識.また,ムンクの版画がここでも2点展示されていました.

5.は今回私にとって最も“気づき”のあったパートです.絵画を見るのは好きでも,美術史や体系的な美学にはまったく疎い私は,「崇高(Sublime)」という概念が,美術において重要なカテゴリーを構成していることにこれまで気付きませんでした.もっとも崇高という訳は本質の一部しか示しておらず,雄大とか荘厳,荒々しさなども含んだ語のようです.人間にとって危険で,であるからこそ畏怖を感じるような対象.考えてみれば,整って安心できる風景よりも,荒涼としてこちらを寄せ付けないような景観に惹かれて怖いもの見たさで近寄りたくなるようなところは誰しもあるのではないでしょうか.

ここでは,英国王室における権力闘争の沈鬱を象徴的に描いたターナーの『ドルバダーン城』,火山の噴火によって滅亡した『ポンペイ』,ギュスターヴ・モローによる旧約聖書の『ソドム』などが眼を引きますが,もっとも印象的だったのがクリンガーのエッチング『死の島』.この原画はベックリン作で,アドルフ・ヒトラーが好んで別荘に飾ったとのことですが,前衛芸術を退廃と断じてあれほど嫌ったヒトラーが,こんなテーマを好んだのはどうしても受け入れられず不思議でした.ラフマニノフの交響詩『死の島』もまさにこのクラインガーの作品からインスパイアされて作曲されたとのことで,非常に興味深い画題です.

そして「史実」がテーマの6.ここはやはり上のパンプレットにも一部が採用されている,ポール・ソラルーシュ『レディ・ジェーン・グレイの処刑』が圧倒的です.250×300cmの大作.英国王室の政争に巻き込まれ,16歳で女王に即位して9日後に処刑されるという,まさに斬首直前のシーンです.光沢のある白い衣装,それにもまして若々し姿態とつややかな肌.美しい両手が首を置く台を探しています.まだギロチンが発明される前のことで,パンフレットではトリミングされていますが,画面右端には屈強な執行人が巨大な斧を持って待機しています.

陰惨さと無垢な美しさの対比が痛々しい.夏目漱石もロンドン留学中にこの絵を見て感銘を受け,小説『倫敦塔』にジェーン・グレイを登場させています.私は昔見た『1000日のアン』という映画を思い出しました.ジェーン・グレイ処刑のほんの20年ほど前,イングランド王妃であったアン・ブーリンがやはりこのロンドン塔で斬首されています.こちらは処刑時30代後半で,グレイにくらべてアン自身にずっと深い闇があります.

中野京子は,文学者としての立場から感性のみに訴える美術教育は間違っていると考えたことが,『怖い絵』を書いた動機の一つであるとしています.今回見たような絵画は,神話,文学,歴史上のコンテクストを知って初めて理解できる作品ばかりで,鑑賞者は時間・空間をはるかに隔てられていることにより相対化された危機や恐怖をある意味愉しむという側面が強いでしょう.もちろん,そうした文脈を一切排したところで追及される純粋絵画も軽視されるべきではない.そんなことは氏にとっては自明であるということでしょうね.

蛇足ですが,鑑賞に来ていた人の少なくとも7割は若い女性でした.いつにも増して女性比率の高い美術展であった印象です.

甲山大師・神呪寺の蓮

六甲山の東側をクルマで走っていると,時々この寺の名を見かけました.何しろインパクトが強い名前なので以前から気にはなっていました.今夏,境内に蓮池があると聞いて行ってみることに.ただしもう3週間も前の話です.自宅からは遠くありません.

ところで神呪寺は「かんのうじ」と読みます.この「呪」という字にひっかかるわけですが,これは寺のHPから由来を引用させてもらいます.要するに「呪」はマントラを意味するようです.

 「仲哀天皇の御代(時代)、神功皇后が国家平安守護のために、山に如意宝珠・金甲冑・弓箭・宝剣・衣服等を埋めたと伝えられ、このことから甲山と名付けられた」という説が有力だが、他にも「(山の)形が甲に似ているから」という説もある。
 また、当山の寺名の神呪寺は「かんのうじ」と読む。これは、「神の寺」→「かんのじ」→「かんのうじ」となったようだ。神呪は本来「じんしゅ」と読み、「神秘なる呪語」「真言(仏様のお言葉)」という意味であり、「じんしゅじ」の時代もあった。
 ただ、開山当時の名称は「摩尼山・神呪寺(しんじゅじ)」で「感応寺」という別称もあったようだ。山号も後に「武庫山」と変わり、先代・光玄のときに現在の「甲山」となっている。


阪神間,特に六甲山東部ならそのカブトに似た山容がどこからでも見えるので「甲山」は子供でも知っています.たぶんほとんどの人が「形が似ている」からカブト山だと思っていて,上記のような伝承を知る者は少ないのではないかと思います.私も恥ずかしながら今まで知りませんでした.

広い駐車場から階段を数段上がったところに小さな蓮池がありました.カメラをもった人が何人か.私もそのうちの一人です.撮った写真を何枚かメモとして貼っておきます.

さらにそこから階段を数十段上ると,本堂や寺務所のある境内に出ます.この寺のご本尊はとても有名な秘仏らしいですが,詳しいことは私の知識の外です.眺望が良く,西宮市街からその向こうの大阪湾までがよく見渡せました.

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世界報道写真展2017

第60回世界報道写真コンテストの結果を受けて開催されている報道写真展.大阪梅田・ハービスHALL.

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毎年お盆休みの時期に開催されていることが多いこの写真展.興味はあったのですが,比較的開催期間が短いことに加えて,この時期は用があったり旅行に出かけたりしています.そんなわけでこれまで見たことはなかったところ,今年は諸事慌ただしい中遠方へは行けず,そのおかげでというべきか初めて会場へ.

「一般ニュース」,「スポットニュース」,「現代社会の問題」,「日常生活」,「人々」,「自然」,「スポーツ」,「長期取材」という8部門に対して,約5千人のプロカメラマンによる8万点の作品の応募があり,そこから審査を経て選ばれた45人,62点の作品を今回見ることができました.

その中で今回の「大賞」となったのは,アンカラの美術展で註トルコ・ロシア大使が当日非番であったトルコ人警察官に射殺されたシーンを撮影した写真です.あまりにクリアに撮れていて,かえって現実感がないほどです.到底信じがたいことが実際に目前で起こったときには,誰しもこんな感じを持つのかもしれません.

パンフレットの表側に使われているアカウミガメは,放置された漁網に絡まって動けなくなっているところを撮影されました.これも非常に美しい写真でしたが,美しすぎでウミガメに起こっている悲劇がかえって伝わりにくいのではとさえ思えました.

すべてに感銘を受けたわけではなく,たとえば「スポーツ」の部でウサイン・ボルトがゴール間近で首を曲げて笑いながらこちらを見ている図.流し撮りでボルトの表情がしっかり捉えられており,写真として一級なのはわかりますが,私自身が持っている快さの感覚からははるかに遠いです.

やはり報道写真展ということで,世界各地で起こっている社会問題に焦点を当てた作品が多く,見所もそこにあります.ただ,8万点の中からの62点ということで,被写体に偏りがあるのは致し方ないとは思います.イラク,シリアなどでの難民の状況,ウクライナの状況を捉えた作品も選ばれていました.ただ,アジアからはフィリピンの麻薬犯罪取り締まりの状況くらいで,深刻な状況はあちこちにあるにもかかわらず採り上げられていないのは,やはり民主的な報道が欧州に偏っているためだろうと思います.

特に,21世紀になっても国内10億人以上の人権を抑圧し,そうした状況に異を唱えた人々(ノーベル平和賞受賞者含む)を拘束して間接的に処刑しているといっても過言ではないような国家がいまだ存在するにもかかわらず,そうした状況を伝える作品が皆無であったのは残念です.

1956年から続いているというこの報道写真展.今後も報道にかかわる人々の視線が困難な状況に公平に注がれ,かつ受賞作品の選考にも中立性が維持され続けることを願います.

伊藤 恵 ピアノ・リサイタル

これも3週間が経ってしまいましたが,すばらしい演奏会でした.川西市・みつなかホール.

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ここ何年か,シューベルトのピアノソナタが胸に染みるようになってきました.わずか31歳で世を去った若者の音楽が私のように高齢者の仲間入りに近い年齢になってから理解できるようになるというところに,芸術の持つ不思議な力を感じます.

私の妹は十代の頃までピアノを習っていて,モーツァルトやベートーヴェンのピアノソナタを練習していました.その頃の教則本がまだ家に残っているのですが,最後のほうのページに印刷されているリストを見ると,シューベルトのピアノソナタなんて1曲も見当たりません.たぶん40年以上前には一般人が練習用に弾くという需要などほとんどなかったのかなと思われます.

しかし最近では日本人ピアニストでも内田光子のような大家がシューベルトのピアノソナタ選集(完成曲全集)を録音したりして,現代にも通用する普遍的音楽としての認識は完全に定着したと言えます.今回聴いた伊藤恵もまた,とりわけ熱心にシューベルトの音楽に取り組んでいる演奏家の一人です.この日はそのうち,第20番のピアノソナタが聴けるということで出かけました.演奏曲目は以下.

シューマン:アベッグ変奏曲 op.1
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第20番 D.959
- 休憩 -
ショパン:24の前奏曲 op.28

1曲目のシューマンは作品番号1番.まだ20歳のシューマンが書いた若々しく開放的な曲です.架空の伯爵令嬢の名をタイトルにしたというだけあって,若い女性の屈託ない笑い声が聞こえる気がしました.15年後,精神障害に悩まされて交響曲第2番の苦しいアダージョを書く人の片鱗はまったく見えません.

そしてシューベルト.この作曲家はとりわけベートーヴェンを意識した人であり,生きた時代もそれを意識せざるをえなかったわけですが,ピアノソナタで言えば特に第19番とこの第20番はベートーヴェン的な香りが濃厚な作品のように感じます.作曲されたのはシューベルトが亡くなる2ヶ月前.病状が進行し,絶望的といえる状況の中でシューベルトは後の時代に傑作と見なされるようになるピアノソナタを3曲完成させました.そのうちの一曲がこの20番です.

第1楽章は雄々しく立派に始まります.出だしからベートーヴェンの影響は明らかなようです.時折シューベルトらしい憂愁が顔を出す場面もありますが,それが支配的になることはなく,私には絶望の音楽には聞こえません.第2楽章アンダンティーノはさすがに沈痛で足取りが重く,このままどこへも行けないのではないかという無力感に苛まれます.

しかし第3楽章のスケルツォでは,苦難に満ちた状況においてユーモアのもつ力に気づき,精神の力を得て再スタートを切る意思を明確にするような音楽となり,そのままフィナーレへ.伊藤はゆったりめのテンポで,句読点のはっきりした演奏.前を向いた主題で,切迫感を持ちつつも生きようとする意思が伝わってくる気がしました.特に後半では間をたっぷり取って,今まで私が録音でこの曲を聴きながら聞き逃してしまってきたことをたくさんわからせてくれました.感動的で,終曲部分では涙が出ました.

休憩をはさんでショパン.前奏曲については,第15番の「雨だれ」が有名ですね.私はといえば,あまり言及されているところを見たことがない第13番嬰ヘ長調一択で,特にこの曲の後半部は身を固くして聴きました.ショパンがこの曲集を書いたのは30歳頃で,すでに肺疾患による体調悪化が深刻になっていました.軽い曲も多く含まれますが,込められた想いの痛切さではこの13番が一番だと思っています.

アンコールで登場した伊藤の話は,人柄の誠実さも感じられてとても好感が持てました.興味深かったのは,シューベルトの20番を絶望の歌と呼んだことです.上にも述べたように,私にはこの曲がそんなふうには聞こえず,特にフィナーレは憂いを含みながらも表明された生への賛歌のように響きました.私が楽天的すぎるのか,耳がおかしいのか,まあ両方なのかもしれないけれど,なんていい曲なんだろうと感じたことは確かです.弾き手の意図とは違っても,聴き手がハッピーになったのだから,すばらしい演奏だったに違いありません.

海北友松展

これももう一月以上前に見に行ったのですが,メモを書きかけのまま放置していました.桃山期,武家出身の絵師として権力者たちからも重用された海北友松の作品展.京都国立博物館.

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同時代の絵師にはライバルとも言える長谷川等伯がいます.2010年春にここで等伯の『松林図屏風』を見ました.今回の友松展は,あの時見た国宝『松林図屏風』の価値に匹敵するとさえ言われる,友松最晩年の最高傑作『月下渓流図屏風』がアメリカから60年ぶりに里帰りして展示されているのが話題になっています.

展示の構成はかなり細かく分割されていました.

1.絵師・友松のはじまり -狩野派に学ぶ-
2.交流の軌跡 -前半生の謎に迫る-
3.飛躍の第一歩 -建仁寺の塔頭(たっちゅう)に描く-
4.友松の晴れ舞台 -建仁寺大方丈障壁画-
5.友松人気の高まり -変わりゆく画風-
6.八条宮智仁親王との出会い -大和絵金碧屏風-
7.横溢する個性 -妙心寺の金碧屏風-
8.画龍の名手・友松 -海を渡った名声-
9.墨技を愉しむ -最晩年期の押絵制作-
10.豊かな詩情 -友松画の到達点-


友松は近江の大名・浅井家の家臣であった海北綱親の五男でしたが,その父の戦死を契機に出家することになります.しかし,兄たちも次々に信長との戦で亡くなるに及び,家名再興を夢見て還俗しました.しかしその夢はかなわず,絵師としての道を歩むことになります.武門の生まれであることから,絵師としての生業にはまったく満足しておらず,自ら「誤まりて芸家に落つ」とさえ言っています.

このような経歴から狩野派の絵師として遅い出発をしますが,やがて頭角を現し,京都・建仁寺の塔頭や方丈に描けるまでになります.禅居庵『松竹梅図襖(梅図/松に叭々鳥図襖)』は,たっぷり取った余白による叙情性と鋭い筆致による厳しさが同居しています.大方丈障壁画の『竹林七賢図』も,人物や衣服の輪郭線を描く運筆の冴え冴えとして見事なことと,前景の樹木の穏やかさとに感銘を受けます.これ以外の方丈障壁画四点もすべて重文です.

貴族,特に八条宮智仁親王との交わりの中で生まれた諸作品の中では,『浜松図屏風』が美しいと思いました.浜に打ち寄せる波は銀で描かれていて,現代ではその部分はもう酸化して茶色っぽく見えますが,描かれた当時はきっとキラキラ輝いていたことでしょう.まったく違った絵に見えるでしょうね.

京都・妙心寺に残された晩年の作品四点は,うち三点が重文です.『花卉図屏風』は絢爛豪華な金碧の背景に彩られています.一転して『寒山拾得・三酸図』は清々しい水墨画.この辺りまでくると,まさに自在の境地です.

友松が得意とした『雲龍図』はこれだけで一つの区画が与えられ,照明も落として雰囲気満点でした.個人的には日本画の龍や虎は,絵師がいかに達者であってもマンガみたいで感心したことはなく,海外でも評価の高いとされる友松の龍でもそれは変わりませんでした.ただ,墨が垂れるがままにして背景とし,それが凄みある空間を構成しているところはさすがに秀逸と感じました.

しかし,以上の作品をずっと見てきて,最も美しく,かつ愛すべき作品はと問われたら,やはり最後の『月下渓流図屏風』ということになります.早春の夜明け,月が渓流を照らしている光景を,六曲一双の屏風に描いています.右隻は雪解け水なのか,やや速い流れの左岸に老梅が描かれ,上部に置かれた鋭い葉をもつ松の印象を川岸の土筆が和らげています.左隻では川幅の広がりとともに流れがやや緩くなり,丸みを帯びた岩とともに,色づけされた白梅の葉が何とも鮮やかです.それらに取り囲まれた中央部には大きな空間が置かれ,水音が響き合っているかのよう.

武家出身の絵師として若い頃,「誤落芸家」と自嘲した自意識はもはやなく,穏やかで澄んだ境地がうかがわれます.全体の構成もゆったりとよく考慮され,最後はこちらも暖かい気分で見終わることができましたが,この『月下渓流図』が米国にあるのはやはり残念です.

1980年代のバブル期,日本企業は盛んに海外の名画を買い込みました.特に日本人に人気の高い印象派画家の作品は大いにその経済的価値を高められたわけです.もちろんそれらの作品群は私も大変好ましく感じているわけですが,翻ってこの『月下渓流図』のことを知ると,こうした作品群こそ第一に買い戻すべきであったと思わざるを得ませんね.

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Author:choby
最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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