映画 『セザンヌと過ごした時間』

ポール・セザンヌとエミール・ゾラの交流を描いた作品.シネ・リーブル梅田.

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ゾラはフランスの有名な小説家ですが,私のきわめて乏しい読書歴には登場したことがありません.少年期,イタリア人の父が亡くなって経済的に困窮し,それがもとでいじめられていたところをセザンヌに助けられてから親友になったということらしい.一方でセザンヌは裕福な家庭に育ちますが,銀行家である父との折り合いが悪く,絵描きとして身を立てようとするもののその作品は生前ほとんど評価されませんでした.

セザンヌは強烈すぎる自我をもった人格で,必然的に他者との関係をまともに築けません.パリではルノワールやモネ,ピサロ等と付き合うものの,誰かと会えばすぐに口汚く罵り初め,5分後には喧嘩になっているという繰り返しです.画風も初期には暗い色調で,後の時代には後期印象派に分類される画家となりますが,当時流行していた印象主義とは一線を置き,「オレは印象派じゃない」が口癖です.

そういえば,この夏見に行った『怖い絵』展では,セザンヌの『殺害』を見て驚いたものでした.このような画題も,彼がこれほど先鋭的な性格の持ち主であったとしたら,納得がいくように思えました.女性にも手が早く,ゾラの妻とも若い頃には関係があったとされていました.

そんなセザンヌを,小説家として成功したゾラは何とか受け入れようとします.一つにはセザンヌの芸術を信じていたのでしょうし,また少年時代の感謝もあったとして描かれます.しかしセザンヌの方ではそれを素直には受け入れられず,ゾラとの友情を望みながらも口をついて出るのは悪口雑言ばかり.こういう西洋人特有の自我の暴風を描き,またそれを本当に理解するのはわれわれには難しいようですが,それにしてもセザンヌの姿は痛々しい.

結局2人の関係は最後には修復不能となります.セザンヌがゾラに対して持つ愛情は決してなくならなかったようですが,ゾラの方はどうだったか.両者の決別の理由は,実際にはよくわかっていないようです.

セザンヌは晩年プロヴァンスに戻り,そこでサント・ヴィクトワール山を題材に多くの作品を残します.映画はセザンヌの死後,アトリエに残された多数の作品を画商ヴォラールが買い取るところで終わりますが,そのアトリエ近くから見えるサント・ヴィクトワール山の映像にセザンヌの作品が被せられる場面は秀逸でした.タッチは粗く素早いものの色使いは優しくて明るく,ここにこんな色があったのだと改めて気付かされるところもありました.荒々しく限りない衝動の嵐を土台に,セザンヌの絵画は見る者の心を平穏にする力を得たように感じました.

過去記事『キング・クリムゾンの海賊盤LP』に関するコメントについて

だいぶ前(2012年4月)の記事について,コメントをいただきました.何せ古い話についての記事なので,コメントを下さった方も記憶がさだかではないとのことですが,私の記憶が間違っていた可能性が十分あると考え,その内容についてアップしておこうと思います.該当記事は次の2件です.

『キング・クリムゾンの海賊盤LP』
『キング・クリムゾンの海賊盤LP(続き)』

これはそもそも40年くらい前の話です.当時FMラジオで放送されていた渋谷陽一氏の番組で,キング・クリムゾンの1974年アムステルダムでのライブ音源が紹介されました.私は記事中で,この時の音源として海賊盤のレコードをかけていたということを書いたのですが,いただいたコメントでは,放送された音源はその海賊盤のもとになったBBCの放送ではなかったかというご指摘です.

おそらくはその際渋谷氏が,海賊盤の存在にも言及されたのだと思います.そうでなければ,まだ10代でBBCなんて知らず,海賊盤という流通形態のレコードのことも知らなかった私が町に探しに出るはずがないからです.BBCが録音・放送した音源だというところをすっとばして,海賊盤だけが耳に残った可能性は大いにあります.

やはりそのようなレコードを公共放送や大手民間放送が(たとえ40年前であったとしても)番組の中でかけていたという話は,どうも真実ではない可能性のほうが高い気がします.現時点で私には真偽の判断ができませんので,もとの記事は残しつつ,このコメントを追加することにしたいと思います.コメントを下さった方には,改めてお礼申し上げます.



20世紀ハンガリーとロシアの作曲家を聴く -コダーイ,バルトーク,プロコフィエフ

「東欧・ロシア音楽の魅力」と題された演奏会.兵庫県立芸術文化センター.

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ヨエル・レヴィの指揮,ピョートル・アンデルシェフスキのピアノで,曲目は以下.

コダーイ:ガランタ舞曲
バルトーク:ピアノ協奏曲 第3番
- 休憩 -
プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」組曲

ハンガリーの作曲家と言えば,この2月にフェニックスホールでクルターグのピアノ曲を聴きました.最初の曲は,クルターグより45年ほど前の時代のコダーイです.『ガランタ舞曲』は勇壮さと哀調が渾然とした冒頭.土臭い民俗性.テンポも目まぐるしく変化し,コミカルな場面も.大小の打楽器が活躍して文句なく楽しい曲です.いったん沈んだ気分を吹っ切るような激情で曲は締めくくられます.

2曲目はバルトーク.上で触れたクルターグが同期のリゲティとともにフランツ・リスト音楽院で教わろうと期待していたバルトークですが,彼らが入学したときにはすでにアメリカへ亡命してしまっていたのでした.3曲あるバルトークのピアノ協奏曲のうち,そのアメリカ亡命中に作曲されたのがこの第3番です.

私個人のことを言うと,バルトークについては弦楽四重奏曲群が少しわかりかけてきて喜んでいたのですが,管弦楽曲はどうも曲想の「屈曲性」みたいなものになかなか馴染めないままここまできました.実はこの第3番のピアノ・コンチェルトは録音でも聴いたことがなかったのですが,予想に反してこの日一番の大収穫曲となりました.

第1楽章冒頭が聞こえてくるなり,若き日のハービー・ハンコックやチック・コリアが盛んに録音していた即興的ソロ・ピアノ曲群の曲想が耳に蘇ってきました.安直な叙情性は排されてドライですが,にもかかわらず胸が熱くなります.ピアノは打楽器的な使われ方をする部分が多いけれど,これはジャズでは当たり前でまったく違和感はありません.

そして第2楽章の静謐さ.宗教的な香りがしますが,どこか異界的で苦悩の影はそれほど濃くありません.時々「いま弾き間違ったんじゃないか」と思えるフレーズやちょっとイラッとくる和音が現われるものの,それが独特のアクセントになっています.バルトークが病没する1945年に作曲された最後のピアノ・コンチェルトですが,諦念と言うより達観といったほうが相応しい精神で書かれた曲だと思います.

フィナーレでは再びピアノが多彩な打楽器と共演します.これがものすごくかっこいい.場面の切換えも速く,ピアノ-管弦楽-打楽器のダイナミックな対話に最後は私も脳内が沸騰しました.コンサートホールでこれほど興奮したのは久しぶりです.心の中でブラボー.大名曲の大名演でしたね.

アンコールはやはりバルトークの『3つのチーク県の民謡』.即興で弾いたような曲でしたが,現代的な歌謡性が新鮮でした.

後半のプロコフィエフ.「ロメオとジュリエット」第1~3組曲から曲順を入れ子にして抜粋演奏されました.スタートは第2組曲第1曲の『モンタギュー家とキャピュレット家』.何といっても日本では『のだめカンタービレ』の挿入曲で有名になりました.ただ,こうした魅力的なテーマがあるにはあるものの,どうしてもバレエ曲というのは純粋音楽としての密度感に欠ける気がして,私はラヴェルの『ダフニスとクロエ』全曲版などを聴いてもすぐに退屈してしまいます.これらと比べると,やはりストラヴィンスキーの3曲は抜きんでて素晴らしいと思います.

アンコールはチャイコフスキーの「白鳥の湖」より『ハンガリーの踊り』.

ブリューゲル 『バベルの塔』展

ロッテルダムにあるボイマンス美術館所蔵のブリューゲル「バベルの塔」を中心に.国立国際美術館.

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本ブログを始めてから私が見たオランダ絵画展は,フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が来たマウリッツハイス美術館展と,やはり同時代のフェルメールとレンプラント-17世紀のオランダ絵画展.今回は彼らより100年ほど遡った時代の美術展です.

Ⅰ 16世紀ネーデルランドの彫刻
Ⅱ 信仰に仕えて
Ⅲ ホラント地方の美術
Ⅳ 新たな画題へ
Ⅴ 奇想の画家 ヒエロニムス・ボス
Ⅵ ボスのように描く
Ⅶ ブリューゲルの版画
Ⅷ 「バベルの塔」へ

Ⅰでは主にキリスト教聖書に題材を求めたものや,著名な宗教者を顕彰する目的で作成されたと思われる彫刻が展示されています.作者不詳の作品も多数.人物の立像でも正面からのみ彫られたものが多く,そうした作品の後側は平面になっています.壁面に設置されることを想定して制作されたのでしょうか.正面と言えば,『受胎告知の聖母』では本来床面と平行であるべき聖書台の天板が手前に傾けられて表現されていて,当時は独特の空間表現が受け入れられていたことがわかります.

ⅡではⅠよりさらに古い時代の作品も含んだネーデルランドの宗教画が中心です.やはり作者のわからない作品が多く展示されています.1500年頃の作とされる『聖カタリナ』の衣服の刺繍の細密描写が見事です.Ⅲは北海に面したネーデルランド西部地域の美術.やはり宗教画題が主です.

ここまでは旧約・新約聖書の有名場面や聖人の肖像画が主でしたが,続くⅣでは画家の目が次第に人々の暮らしや風景,室内の静物に向けられていった過程の作品が示されています.同じ宗教画題でも背景描写に注意が向けられるようになり,肖像画も貴族・良家に限られるとはいえ無名の人々を描いた作品が登場します.

Ⅴはヒエロニムス・ボスの区画です.本展示会の目玉は表向きブリューゲルの『バベル』ですが,影の主役はまぎれもなくこのボスとその奇想が後世へ及ぼした影響であるといえます.展示されるボス自身の作品は『放浪者(行商人)』と『聖クリストフォロス』および続くⅥでの『樹木人間』の計3点だけでしたが,そのⅥの展示作品をみると,後のオランダ絵画へのボスの影響がいかに大きかったかを知ることができます.ボスの作品については会場に解説ビデオが流されていて,ボスが描いたグロテスクかつユーモラスな数々のキャラクターが詳細に見られるようになっていました.500年以上も前の画家のもつ,極めて現代的なポップアート性に驚きます.

戯画的でおそらくは大衆的な人気もあったのでしょう.ボスの奇想を継承する多くの画家が出現したようです.ブリューゲルもその例外ではなく,Ⅶでは様々な現世的教訓や格言を戯画化した題材の作品が多数展示されていました.それらが版画という形態であるのは,やはり大衆的な人気があったことを示しているように思われます.

そしてⅧの『バベル』.旧約聖書の「創世記」に著わされた有名な物語です.象徴的とはいえ非現実的な神話を画題としつつ,細部にはおそろしくリアルな描写を試みています.建設に携わる労働者たちの姿,滑車で吊り上げられる過程の煉瓦が粉をまき散らした筋.上層の新しい煉瓦は赤く,下層では時間が経って変色しています.塔の内部に見える調度からは,そこにいる人物たちの身分までが暗示されています.

こうしたディテールは現代の芸術家たちの想像力を刺激するようで,『AKIRA』の大友克洋はこのブリューゲル作品をもとに塔の内部を描く試みを行い,また東京藝術大学COI拠点はこの作品の精密な複製画を制作し,さらに3DCG化映像まで作ってしまいました.この作品のもつある種の劇画性は,われわれ日本人にはとても受け入れやすいのかもしれません.

蕎麦の花開く -京都・美山

やっとドライブしたいような気候になってきました.美山で蕎麦の花が満開と聞いたので久しぶりに出かけました.いつものようにR477を北上します.今回は初めて嵯峨越畑の棚田に寄ってみました.大阪府下では十分な道幅があったのに,京都府の山中に入ってからは400番台国道の雰囲気全開.

越畑には国道から府道50号を少し入ります.あたりにオミナエシがたくさん咲いていたのは秋らしかったけれど,どこを歩けば棚田を俯瞰できるのかよくわからず,結局短時間滞在しただけでした.そのまま50号を辿って日吉ダム方面へ.このあたりは交通量少なく快走路です.

道の駅スプリングス日吉からは府道19号を北上.神楽坂トンネルを越えてからの下り道は,特にどうということはないかもしれませんがのびやかな風景が味わえて好きです.いったんR162に出て道の駅美山ふれあい広場から府道38号へ.かやぶきの里は確かに蕎麦満開でした.ここ全部そば畑だったんですね.内地(本州)でこれだけ広い面積に蕎麦の花が咲いているところは初めて見たかも知れません.ヒガンバナもまだ盛りです.季節が進んで,景色に色が出てきましたね.

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R477沿いに咲き乱れるコスモスを見つけて寄り道.畦にZ4を停め,車外に立って眺めていると,近くの農家のおじさんが「入っていいよ」と.16品種の種を蒔いているそうです.遠慮なく畑に入らせてもらい,秋の風情を愉しませてもらいました.


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最悪想定する傾向はあるでしょうね.でも石橋叩いているだけの人生はつまらない.

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